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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第四章:出世しやすい職業
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104 念話

 「ネル久しぶり!元気?」

 [ヘアッ!?]ドンガラガッシャーン。

 セシルの、普段からは想像もできないような声音、ネルの奇声、そして何かの崩壊音が連続して聞こえる。

 ただし俺のいる場所は満腹亭の隅のテーブル席。ゲイルには取り合えず水を出して貰った。

 「ネル、ネル、大丈夫?」

 [あぁ、ボクのお昼御飯がぁ。うぅ……ん?この声は……セシル?]

 「そうだよ。」

 [っ!コテツはどうしたの!?もしかして……ねぇ!何でセシルがそれを持ってるの!?]

 「私はネルと話したくて……」

 [っ!やっぱり、死んでしまって]

 「おい、勝手に殺すな。」

 流石に聞き捨てなら無いので口を挟む。

 [あ、良かった、生きてたぁ。]

 「当たり前だ。……はぁ、元気にしてたか?アリシアに無駄遣いさせてないか?」

 [もちろん。]

 「そりゃよかった。」

 「ネル、ファーレンでの生活、キツくない?」

 [アハハ、大丈夫だよ。それよりもさ、どうしてセシルとコテツが同時に念話できてるの?イヤリングを外したら念話の内容が聞き取れないと思うんだけど。]

 あー、それを聞いてしまうかぁ。

 ま、気になるわな。

 「俺がセシルと直接耳をくっ付けてるだけだ。」

 「そう、髭が刺さって痛い。でもネルと話すためだから我慢してるよ。」

 「一応これでもちゃんと剃ってはいるんだぞ?」

 [待って待って、じゃあ今セシルとコテツはお互いの頬をく、くっつけてるの?]

 「まぁそうなるな。」

 「ネル、大丈夫、取ったりしない。」

 取る?

 「何を取るんだ?」

 「[はぁ。]」

 俺が聞くと、何故か二人にため息をつかれた。

 何か間違えたか?

 「と、とにかく、俺がお前に連絡したのはな、来月Sランク昇格のレイドがあるってことを知らせるためだ。」

 「私はネルとただ話したかっただけだよ。」

 [うん、セシル、ボクも話せて嬉しいよ。それでさ、対象は何?]

 セシルの言葉はあっさり受け流された。セシル、強く生きろ。

 「ボルカニカ、だったよな?」

 聞くと、セシルはコクッと頷き、

 [駄目!絶対に駄目!]

 その途端ネルが強い口調で断じた。

 「えーと、一応理由を頼む。」

 [ボルカニカ、別名炎獄竜はね、火山に住む火竜で、吐き出される激しい炎は岩をも溶かし、顎の双角は軽い一振りで岩を切断する上に硬い鱗は岩をも砕く。そんな奴なんだよ?命がいくつあっても足りないよ。]

 ネルの言葉にコクコクと頷くセシル。

 こいつ、ネルの言うことは全て正しいとでも思ってるんじゃないだろうか?……思ってるんだろうな、たぶん。

 「その竜、岩に恨みでもあるのか?」

 [茶化さないで!]

 へいへい。

 「ネル、お前が俺の勧誘に乗ったのはSランクになれると思ったからだろ?どうしてここで危ないとか言うんだ?」

 [あのね、Sランクに昇格するには特定モンスターのレイド戦に参加、成功しないといけないんだ。]

 「ああ、そうみたいだな。」

 [それで、昇格レイドには数種類あってね、そこから自分達のパーティーと相性の良いモンスターを選んで参加するのが基本なんだよ。]

 「つまり、ボルカニカは俺と相性が悪いのか?」

 [だってコテツは接近戦が得意でしょ?ボルカニカは硬い鱗を持ってるんだよ?]

 「……剥がせば良い。」

 「はぁ……。」

 「フッ。」

 苦し紛れに答えると、ネルのため息が聞こえ、そして追随するようにセシルは鼻で笑いやがった。

 [それにコテツだけじゃないよ。ルナは赤の魔法しか使えないでしょ?炎に炎をぶつけたって大した効果は得られないんだから。]

 「まぁルナだって基本剣士だし。あいつは獣人なりに腕力もあるからな、鱗も剥がせるんじゃないか?」

 [……あれ?そう言えばルナはどこなの?]

 「隣でユイと何か話し込んでる。何の事に関してかは知らん。」

 ときどき漏れてくる単語は酒、とか、間違い、とかなので、おそらくユイが酒類に興味を持ち始めたのではないだろうかと俺は予想している。

 [ユイ!?え、ユイもそこにいるの?何で?ボクは連れていってくれなかったのに……。]

 「やむにやまれぬ事情があったんだ。」

 [……ねぇ、本当にこっちに帰ってくるの?]

 「ああ、もちろん。……で、ボルカニカ討伐、させてくれないか?」

 [止めても行くんでしょ?]

 「いや、今回は先輩の意見を聞こうと思う。」

 [じゃあ!「あ、もしかしたら次のレイドが来年になってファーレンに戻れないかもなぁ。」え?あ、うぅ、別にSランクにならなくても「まさかかわいい後輩に先を越されるのが怖いなんてことは」可愛くない!格好良い…………かなってところは結構あるけど、全然可愛くない!]

 あ、はい。

 [じゃあさ、危なくなったらコテツは一目散に逃げてよ。約束して。]

 「分かった。危なくなったら必ずルナとユイを逃がす。」

 [ちょっと!]

 「はは、もちろん俺も逃げるよ。」

 [本当に?]

 「そういやネル、お前、お土産に何がほしい?」

 [あのさ、そこで話題を変えないでくれるかな?断言して欲しかったんだけど。]

 「はいはい。」

 [もう!]

 俺の返事が不満だったか、またもや怒りを含んだ声が飛んでくる。ただ、さっきまでの心配の色は消えていた。

 胸よりも頬を膨らませたネルの姿が脳内に浮かんできたのは言わないでおいた。



 「ご主人様ぁ、大好きぃ。」

 「はいはい、ありがとな。ほら、ベッドだぞぉ。」

 酔ってしまったルナに肩を貸しながら俺の宛がわれた部屋に入り、そう言ってベッドに彼女を放り投げる。

 「ふぁー。」

 ……楽しそうだなおい。

 さて、何故俺が酔ったルナを自分の部屋に入れたのか。

 事の発端は夕飯のとき、ルナにお酒を一緒に飲むようにせがまれたこと。

 初めは断ったものの、シュバルトで飲めなかった分を飲みたいと言われ、仕方がないな、と了承したのだ。

 それからが酷かった。

 ルナは一度に大量の酒類を、安いなら何でも良いと思ったのか、ジュースみたいなものから度数の高そうなものまで、むやみやたらに頼んだのである。

 もちろん消費しきることなぞできず、仕方なく俺も手伝うこととなった。

 今思うと、元から飲む気の無かったユイが興味本位に色々頼んでいたを止めるべきだったな。

 ったく、味見する気すらないのなら頼むなよな。

 それに気のせいか、度数の高そうなものがどんどん俺に回ってきた気もしないでもない。

 そして結局、ルナが酒臭いから今日は別の部屋が良いとユイに言われ、今に至る。

 「ご主人様ぁ、尻尾ぉ。」

 甘えたような声を発し、ルナはうつ伏せのままモゾモゾ動いて着物をずらし、出てきたふさふさの尻尾をフリフリと振って見せる。

 「はぁ……どっこいしょっと。ほら、乗せろ。」

 ため息をつき、ベッドの端に座って膝を叩くと柔らかい銀毛の、ルナの日頃の努力の賜物である感触が手に伝わってきた。

 「これ、手入れの必要あるか?」

 「ん……ご主人様が撫でてくださるだけでも、はぁ、構いません。」

 「そうなのか?」

 そう言い、確認の意味で振り返ると、ベッドの上で動いたからか、着物が半ばはだけさせ、身をよじってこちらを見るルナの姿があった。

 着物は着崩れて肩からずり落ち、しかし胸に引っ掛かっているお陰でギリギリ落ちていない。ただ、酒を飲んで体が火照っているので余計に艶かしい。

 つい見惚れそうになる。

 「ご主人様、私をお好きなように……「ま、まぁ何もしないのもあれだし、取り合えず櫛を入れてみるか。」……あぅ、お願いします。」

 その格好のまま上気した顔で俺にすり寄ってきたルナに理性をぶっ壊されるのを必死で耐え、再び尻尾に集中。

 「櫛は何にしようかなぁ。」

 敢えて声を出し、わざわざ櫛の形を一つずつ作り上げながら気をそらす。

 「私も選んでもよろしいですか?」

 と、ルナがそう聞いてきた。

 同時に背中に弾力のある何かが当たる。

 「あ、ああ、好きなのを選んで良いぞ。」

 「はい。」

 返事と共に尻尾が俺の膝から離れて行き、同時に後ろからルナに体重を預けられた。

 おそらくベッドに膝立ちになり、俺にしなだれかかっているのだろう。

 俺の右肩に顎を乗せ、ルナが俺の手元を覗き込むと、火照り、赤く色づいている彼女の横顔やうなじが視界にチラチラ入ってくる。

 滑らかな髪はルナの動きに従って揺れ、俺の首をくすぐってくる。

 ちょっと深呼吸。

 すぅぅ、あ、良い匂……違う!……はぁぁ、落ち着こう。

 努めて視線を手元に向け、先が鋭いもの、平坦なもの、柔らかいもの、硬いもの、歯の数が多かったり少なかったり等々、様々な形の櫛を作り、見やすいように宙に浮かべる。

 「そら、どれが良い?」

 「私は、ふふ、こんなにあると悩んでしまいますね。どれも気持ちいいですから。」

 聞くと、ルナは軽く笑みを浮かべ、体重をさらに掛け、頬をすり寄せてきた。

 彼女は酔うとかなりの甘えん坊になるらしい。

 「前も色々変えてたんだけどな。どんな感触が気持ち良かったとか、毛並みが良くなったときの感覚って分かるか?」

 「私はご主人様に……[コテツさん!こんばんは!]ひゃんっ!?」

 いきなり聞こえてきた声にルナが奇声を上げてビクッと跳ねた。

 「ん?アリシアか。どうした?」

 [コテツさん、今の声ってルナさんですか?]

 「おう、そうだ。今、しっ……おっと。はぁ、あー、ルナが酔ってしまっていてな、俺がその看病みたいなことをしてる。」

 尻尾、と言いかけたところで口を塞ぐために後ろから飛んできたきたルナの両手を掴み、尻尾の事を言ってはいけないことを思い出してアリシアにそう伝える。

 [お酒、ですか?]

 「ああ、ルナは少し弱かったみたいだ。」

 とは言ってもあれだけ大量に飲んだのにこれくらいで済んでいるのだから強いとは思う。

 「くふ、こんばんはアリシア。」

 [はい、こんばんは。ルナさん、お酒は飲み過ぎると毒だと聞いたことがありますよ。体は大事にしてください。]

 「ええ、ありがとうございます。」

 「それで、何か要件があったんじゃないのか?」

 [むぅ、コテツさんが悪いんです!]

 何故に?

 [ネルさんから聞きましたよ!私にも念話してくれると思ったのに、いつまで経っても来ないので私の方から連絡したんです!]

 「あーなるほど、すまんな、お前は補習に忙しいだろうからと思って遠慮していた。それに、今はもう良い子は寝る時間だぞ?」

 [子供ふぁ……子供扱いしないでください。]

 おい待て、今欠伸が聞こえたぞ。

 ……見逃してあげよう。

 「はは、すまん。で、補習はやっぱりまだやってるのか?」

 [うぅ、すみません。]

 「謝らなくて良いから、真面目にやれよ?あ、そう言えば新しくできる回復コースには飛び入りで参加できないのか?」

 [はい、私もそう思ってツェネリ先生に聞いたんですけど、駄目だそうです。あ、で、でもツェネリ先生が言うには私はあと少しで回復魔術は免許皆伝としても良いそうです!]

 そりゃ凄い。

 「じゃああとは魔法だな。」

 [はい!そうしたらまた一緒に冒険者を頑張りましょうね。]

 「そうだな、俺がそっちに帰ったときは驚かせてくれよ。」

 [頑張ります!]

 グッと拳を握るアリシアの姿が目に浮かぶ。

 「おう。あ、そうだ。なぁアリシア、お前の故郷の村の名前って分かるか?」

 [え……本当に私の故郷によるんですか?]

 「ああ、ちょうど一ヶ月ぐらい余裕ができたんだ。だからお前が無事ファーレンに入ったっていう報告もかねて、な。」

 [……ヌリ村、というところです。えっと、海沿いの町で、村の大半の人が船作りをしています。]

 へぇ、船か。

 「ようし、ならアリシアのあーんなことやこーんなこと、しっかり仕入れてネルに教えてやろう。な、ルナ。」

 「……はい。」

 ルナの声が不機嫌だ。

 ……取り合えず尻尾を撫でてあげると、彼女は気持ち良さそうに身体を震わせ、熱い吐息を漏らした。

 [うぅ、コテツさんの意地悪!]

 「まぁまぁ、ネルの恥ずかしい話も頑張って仕入れて見るから。」

 [……楽しいですか?]

 「はは、俺はアリシアとネルがいてくれていつも楽しいと思ってるぞ。」

 「ご主人様、私は?」

 「ああ、もちろんルナ、お前もだ。」

 右手をルナの頭に置き、撫でる。

 「あ……ありがとうございます。」

 [うぅ、コテツさん酷いです。あ、あとルナさん、私がいない間に変なことをコテツさんにしないでくださいね?]

 「ふふ、はい。」

 「とは言ってももう手遅れじゃないか?」

 [ええ!?]

 あー、ビックリした。アリシアがいきなり大声を出すから心臓が跳ねたぞ。

 「だってあんなに酒を飲むんだから。自分の飲める量は覚えないとな。」

 元の世界の成人式で二日酔いが多発するのはそういう理由であることが多い。

 冒険者は健康な体が何よりも大切だしな。

 「すみません。」

 [コテツさんはお酒に強いんですか?私と一緒にいたときはあまり飲んでいませんでしたよ?]

 「ああ、俺はかなり強いぞ。ただ酒自体はそこまで好きじゃあないんだ。」

 基本的にはお茶が好きだ。そして特に好きなのは烏龍茶。ただ、この世界で出会えたことはまだ一度もない。

 ったく、翻訳スキルが付与されてるはずなのに商品名とかはそのまんま入ってくるから探しにくいったらありゃしない。

 あるのかどうかすらも分からん。

 ま、あの爺さんあってこのスキルありってことかね?

 [コテツさん、まだまだ子供ですね。]

 「ほう、アリシアは酒が飲めるのか?」

 [きっと飲めるようになります。それに酔ったときは回復魔法で……。]

 「そうかぁ、魔法、頑張れよぉ。」

 [うぅ、そんなにしみじみと言わないでください。これでもファ、ふぁー……はむ!ファイアランスはある程度できるようになったんです!]

 心外だと強く言おうとしただろうに、途中で欠伸が出たため、なんとものほほんとした調子しか伝わってこない。

 「なぁ、眠いなら寝て良いんだぞ?」

 [んん、まだゃです。]

 「きーらーきーらーひーかーるー、おーそーらーのーほーしーよー……」

 [くー。]

 ……寝たか。

 フッ、俺の歌声もまだまだ捨てた物じゃないな。

 「おやすみ、アリシア。……さて、おっと!」

 聞こえていないであろうアリシアに最後にそう言い、ルナの方を振り返ると、彼女の頭が俺の膝の上に落ちてきた。

 慌てて手の平で支え、衝撃を緩和する。

 「すぴー、すぴー。」

 ……寝た、か。

 ゆっくりとルナの体を動かし、尻尾を手の届く位置に移動させる。

 毛先を細かく、柔らかくした、櫛というよりもブラシを作り、俺はふわふわの尻尾をさらにふかふかにすべく、ブラシ掛けを始めた。

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