103 ランクA到達
「確認した。これでコテツ、ユイの二人はAランク昇格。……ったく、朝から変な臭いを嗅がせないでほしい。」
シュバルトから数日かけ――その間のほとんどを寝て過ごしたものの――俺達はイベラムに帰還した。
早速冒険者ギルドで討伐証明部位を入れた袋をセシルに渡すと、相変わらずの無表情で彼女は机の上に群青色のプレートを置いた。
「そりゃあすまんかった。で、これがAランクのプレートか……。材質は何なんだ?Bランクの方が豪華に見えるぞ?」
「最硬の金属アダマンタイト。」
「へぇ、ほらユイ、お前の分だ。」
いろんな角度から眺め回しながらユイにその金属を手渡す。
「ありがとう、これでAランクね。」
「ああ、次はSだな。」
「まだ。」
ユイとそう話していると、若干怒りを含んだ声でセシルに止められた。
「「え?」」
「まずは一旦返す。」
言いながら、トントンと受付の机を指で叩くセシル。
俺とユイは大人しくプレートをそこに返した。
「で?」
「パーティーの名前を決めて、それをプレートの名前の下に彫る。」
「俺達が?」
「できる?」
聞くと、聞き返された。
もちろん、俺にそんな技術はない。
「いいや?」
「じゃあ馬鹿な質問をしない。名前はこれで彫る。だからさっさと名前を決める。」
机の下から両手に収まるぐらいの機械を取り出して見せつけながら、俺を睨み付けて言うセシル。
何故かイライラしているようだ。
「そういえば、たしかパーティー名ってBランクになったら決めるはずだよな?何で俺達はAランクになってからなんだ?」
ふと気になって聞いてみる。
「あなたがBランクになったのはイベラムじゃない。おそらくヘーデルのギルドの手違い。」
「俺とユイがパーティーを組んでいて、そのパーティーに名前が無いことはお前も気づいていたはずだろ?」
「さっさと決める!」
端から見れば何事もそつなくこなすように見えるセシルだが、やはりミスをすることはあるらしい。
「見落としたのか?」
「良いから早くする!」
そう思って、ついついニヤッとしながら問い続けると、語気を荒げられた。
「ユイ、ルナ、何か良い案はあるか?」
「私は何でも良いわ。」
「ご主人様の思う通りで構いません。」
それが一番困るんだが……
「じゃあ、〝青の翼〟で。」
長考なんぞは全くせず、俺はパッと頭に思い浮かんだ名前を言った。
「少し待つ。」
セシルは俺にそう言って机の下に頭を突っ込むと、そこからところどころ薄汚れた紙の束を取り出した。
それを開き、
「青の翼、青の翼……」
とぶつぶつ呟きながらその紙をめくりだした。
「あった。〝青の翼〟はもう存在している。別の名前を選ぶ。」
「はぁ、名前が被ったら駄目なのか……。」
一気にハードルが上がったぞ。
「そうしないと後々の整理が大変。何かあってギルドに呼び出すときに混乱されたら困る。」
ギルドとしてはそうなんだろうが、俺としては悩みが増えるだけだ。
「要は違う名前を考えろってことなんだよな?」
「そういうこと。」
「ユイ、ルナ。」
助けを求めて二人を見る。
「私は何でも良いわ。」
「ご主人様の思う通りで構いません。」
すると、さっきと全く同じ言葉が吐き出された。
こいつら、考える気が最初っからこれっぽっちも無いな……。
「お前ら、後悔するなよ?」
最後に少し脅すように言うも、とても良い笑顔が返された。
対抗して俺も笑顔を浮かべて見せる。
そのまましばらく睨み(?)合い。
「……いい加減、とっとと決める。」
しかし俺の口角がひきつり始めたところでセシルが催促し、俺はもう一度二人を見る。
「「(ニッコリ)」」
「はぁ……、ま、一年間もしないうちに解散するんだ。何でも良いか。セシル、名前は〝パーティー〟で頼む。」
〝パーティー〟という名のパーティー、うん、中々に洒落てるじゃないか
『本気か?』
爺さん、分かってて聞くな。
こんなアホみたいな名前なら、どこかと被ったりはしないだろう。
「で、セシル、ランクSに昇か……「駄目、〝パーティー〟もある。」……嘘だろ?」
俺は長考に入った。
「これでよし。はい、これで二人はAランク。二人のパーティー、〝夜の化け物〟もランクAパーティーとして登録した。」
機械からプレートを取り出し、セシルは俺とユイにそれらを渡した。
「ねぇ、このパーティーから抜けたいって気持ちが芽生えたのだけれど、どうすれば良いのかしら?」
目を細めながらプレートを凝視していたユイが俺に聞いてきた。
「理由を聞いても?」
「名前がダサいと思うわ。」
この野郎。
「ほほう?じゃあ名付けはお前に任せ……「それでセシルさん、ランクSになるにはどうすれば良いのかしら!?」……。」
怒りを抑え、ユイに命名権を押し付けようとするも、彼女は少し焦ってセシルに向き直り、早口でそう捲し立てた。
「今回のランクS昇格依頼は、〝ボルカニカ討伐レイド〟への参加。参加条件は、Aランク以上の冒険者であること。」
「じゃあ俺達は両方満たしているんだな?」
「そう。受ける?」
どうしよう、ネルに受ける前に一言入れろって言われてるしなぁ。
「レイドへの参加ってことは相当量の人数を集めるんだろ?締め切りみたいなものはあるのか?」
「期限は来月一杯まで。」
「そうか、なら少し待ってくれ。ネルと話さないといけないか……ぐわっ!?」
言いきる前にセシルが受付から飛び出し、俺に掴み掛かってきた。
「今、何て言った!?」
「〝ぐわー、やーらーれーたー〟?」
『そんなこと言っておらんじゃろ。』
ちょっとセシルが怖いから冗談を入れてみたんだよ。
「その前!」
効果は薄い、か。
『いや、無いじゃろ。』
うっさい。
「〝ネルと話さないといけないから〟?」
「そうそれ!どういうこと?ネルと話せるの?」
ガクガクと俺を激しく揺さぶり、鉄仮面を脱ぎ捨てたセシルが詰問してくる。
もし俺の胃の中身を調べたいのならば、とても良い仕事ぶりだ。それも惚れ惚れするほどに。
「どうなの!?」
「わうわうわうわう……」
本当に気分が悪くなってきたので、止めろと声を出そうとするも、あまりに激しくて言葉がちゃんとが出ない。
「答える!」
「ご主人様から離れてください!そんなに揺らしたらご主人様も話しにくいです!」
口の奥に甘いような苦いような味の液体が登ってきたところでルナが俺を後ろから引く形でセシルから剥がしてくれた。
うっぷ、危なかった。
「で?」
また俺に飛びかからんとしているセシルに、慌ててイヤリングを叩いて見せる。
「ほら、こいつだ。冒険者ギルドに勤めてるなら分かるだろ?」
「毎日連絡を取っている……許さない。」
「取っとらんわ!」
勘違いを即座に否定すると、セシルは今度は俺を責めるような表情になった。
「……ネルが可哀相。」
どうしてそうなった!?
「いや、向こうはファーレンで色々習っているんだぞ?連絡したら迷惑だろ。なぁ?……あれ?」
ファーレンが休みに入っているとしても、何か補習や補講をしているかもしれないし、意欲的な学生なら個人的に指導をしてもらっているかもしれない。それを邪魔してしまうのはやはり申し訳ない。
そう思って同意を求めて後ろを向いたものの、ルナは目をそらし、ユイはセシル同様、中々キツい視線で俺を刺してきた。
逃げるように前へ目を戻す。
「ネルも同じ気遣いをしてる。」
「そうかぁ?」
すると言われた自信満々の言葉に頭を掻いてそう聞き返すと、セシルは大きく頷いた。
「ん。冒険者は危険な仕事。その仕事中に念話をしてしまって相手を殺してしまうこともあり得なくない。」
なぁるほど。
「じゃあ昼間は忙しいだろうし、夜に……「昼食の時間があるはず。」……はぁ、分かった。昼に念話をしてみるか。」
「そのときは私も呼ぶこと。仕事は心配ない、新入りに任せる。」
「はいはい、分かったよ。」
なんか色々と突っ込みたいけれども、どうせ無駄になるんだろうなぁ。
「うん、それで良い。」
満足そうに頷き、セシルはようやく自分の席に座り直してくれた。
本当にネルが大好きだな、こいつ。
「それで、来月までは昇格できないんだよな?」
「そう言っている。」
さて、どうしようか。
俺としては神の武器探しをしたい。ただ聖剣を盗むという代替案があるからやる気があまり起きない。
『これお主!聖剣というても神の武器程の神威は込められておらんのじゃぞ!?』
あーそうかい。それでもまぁもうしばらくはゆっくりして良いだろ。
「ユイとルナは何かやりたいことはあるか?あ……。」
聞きながらルナ達の方を振り返ると、さらにその後ろに男が一人並んでいるのが見えた。
「おい、後ろを開けて……「すみません、ここはしばらく使えません。申し訳ありませんが、他のカウンターが空いているのでそちらに回ってくださいませんか?」……え?」
「チッ……分かった。」
彼に道を開けてやるよう言おうとしたところで、セシルが今まで彼女から聞いたことのない優しい業務的口調でその人を別の列に移動させた。
「良かったのか?ちょっと怒っているように見えたぞ?」
「ネルと話す前に逃げられるよりはマシ。」
「いや、逃げないからな?」
「信用できない。」
「少しはしてくれないか?」
「ネルと話させてくれたら考える。」
「考える、ね。」
「ん、考えようとはする。」
行動のランクが下がったぞ?
「はぁ、それで良いさ。で、二人とも、何かやりたいことはあるか?」
「私は今も強くなっているでしょうカイトのために、もっと力を付けたいわ。」
「ほうほう。ルナはどうだ?」
「私は、ご主人様と、その、一緒にいられれば……何も。」
相変わらずカイト一直線なユイの発言の後、ルナははにかみながら、消え入るような声でそう言った。
するとユイは驚いたように目を見開き、かと思うととても穏やかな表情でルナの背中を優しく撫で始めた。「よく言ったわ。」とかなんとか小声で言ってルナを励ましている。
……あ、奴隷からの解放に反対するってことか。思い返せばシュバルトでそう言ったときは二人して微妙な表情をしていた気がする。
「でもなぁ……奴隷の身分ってのは色々と制約があるし、辛いだろ?」
「「え?」」
言うと、キョトンした顔が返ってきた。
そんなに的外れな指摘かね?
訝しげに思いつつも取り敢えず続ける。
「それにほら、お前の周りにいる奴らはほとんどが人間だろ?俺もそうだし、ユイもそうだ。ネルとアリシアだってな。つまり敵国の奴らに常に囲まれてる訳だ。……やっぱり多少は居心地悪んじゃないか?」
「そんなことは……「それに、だ。」……。」
反論しようとするルナを手で制す。
俺が同情を押し付けてしまっているのは分かってる。でもルナをラダンに帰したいと考えている理由は伝えておきたい。
もしかしたら俺の言葉の中にルナが無意識の内に我慢していた事もあるかもしれないし。
「スレインには、いやファーレンにだって、お前には家族みたいに頼りにできる場所が無い。そういうところは不安じゃないか?ていうか、家族がお前のことを心配してるんじゃないか?」
ルナは戦争で捕まって、奴隷に落とされたらしいし。
「それは違います。」
しかし彼女は俺の言葉を全て聞いた上で頭をしっかり横に振ってみせた。
「まず、奴隷の制約はその奴隷の主人が作るものです。そして、ご主人様は、その、ご主人様ですから。私は一般的な奴隷よりずっと自由なんですよ?」
「でもやっぱり多少は邪険にされたりとかするだろ?」
シュバルトの宿屋の店主みたいに、奴隷嫌い、というか異種族嫌いは確かに存在しているんだから。
「う……そ、それぐらいは我慢できます。」
「あのな、俺はお前がそんな我慢をしなくて良いように「そ、それに!居心地悪さなんて感じていません!」……そ、そうか?」
盛大に誤魔化したなおい。
「確かに、昔の私は確かに人間が憎くて仕方ありませんでした。実際、私が奴隷となったとき、私を買う条件を〝私より強いこと〟としたのは一人でも多くの人間を殺してしまいたかったからですし。」
「……物騒だな。」
思わず呟くと、ルナは同意するように頷いた。
「ですね。でもご主人様は楽々と私を買ってしまい、そして私は、ご主人様と出会って気持ちが変わり……いえ、変われました。」
「へぇ、どうな風に?」
「ふふ、秘密です。」
「そう、か。」
本人は笑ってくれてるし、それにわざわざ変わ〝れ〟たと言ったんだ。悪い変化じゃ無いのだろう。……うん、そう信じよう。
「そして、私の家族のことですが……心配要りません。」
……ん?
「えーと、家族は生きてはいるんだよな?」
「はい、生きています。でも心配要りません。」
「もう少し詳しく……「心配要りません。」……。」
いきなり話から勢いが無くなったぞ。……まぁ出だしもコケ気味だったけれども。
「えーと、なら……。」
「それでも私には頼りになるご主人様がいます!」
「あ、ああ、ありがとな。」
いきなりそう捲し立てられ、照れくさくて頬をかく。
「ですから、考え直してくれませんか?」
「でもなぁ、やっぱりお前の家族が心配してるんじゃないのか?」
「うぅ……。」
やはり自分の家族に関しては、俺を納得させられるだけの説明を思い付けなかったらしい。
それをはぐらかすために俺をおだてるとは、策士め。
「はぁ……、まぁ分かったよ。お前を奴隷から解放するのはもう少し様子を見てから、てことで良いか?」
「というと、どういうことですか?」
「ラダンに行って、家族と会って、その後、自分の身の振り方を自分で決めろ。」
「ラダンに行く、ですか?でもどうやって……。」
「ま、何とかするさ。」
方法はおいおい考えよう。
「そんな話をここでする……馬鹿?私もギルド職員、報告する義務が……「バラしたらネルとの念話は今後一切させないからな?」国際交流はとても大切。うん。」
……セシルの存在を忘れていたとは言えやしない。
にしてもこいつ、ネルが好きにも程があるんじゃないだろうか?
「えーと、私はそれに同行することになるのかしら?」
と、ユイが見るからに“行きたくない。”という風に聞いてきた。
「嫌なら師匠達の所にいさせてもらうと良い。お前のことを気に入ってたみたいだし、断られはしないと思うぞ。」
でもユイは信頼を置ける戦力だし、唯一の回復役だから、できれば付いて来てほしいのが本音だ。
……よし。
「そう、なら……「そういえばルナ、獣人族って皆獣耳だよな?」「え?ええ、もちろんですよ?」……もう少し考えさせてもらうわね。」
俺の周りのルナ以外の女性は何でこんなに欲望に忠実なんだ?
……ま、こっちとしては話を進めやすくて助かるからいっか。