101 ランクA昇格④
単身で木の上を飛び回りながら、周りに浮かべた20の剣と2枚の盾を魔力で振り回し、双龍も両手で直接操ってクソザル共を殺していく。
初めの内は、降ってくる糞を俺が防いでルナとユイがクソザルに火球を打ち込む、というチームワークっぽいことをしていた。ただ、あまりのクソザルの数に、結局切り込んだ方が早いと言うことで今や俺達は森の中で散開し、それぞれ各個でクソザルと戦っている。
「ルナ!ユイ!無事か!?」
「大丈夫、よ!」
「問題ないわ!ご主人様は?」
一応の生存確認のために叫ぶと、ちゃんと二人分の返事が返ってきたので一安心。
「おう!こっちも余裕だ!よし、二人とも、この際だ、魔法を思いっきり使え!周りが燃えるのを気にするな!あ、ドラゴンロアは無しな。」
そして俺が大声で言った次の瞬間、暗い夜の森の中の二ヶ所で茜色の光が見えた。
……二人とも魔法をぶっ放したくて堪らなかったんだろうな。
炎に焼かれた尻尾が売れるかどうか分からない。それでも既に規定数の尻尾は手に入っているから、昇格だけなら確実にできる。
「さて、こっちも終わらせるか。ブレイドダンス!」
両手の剣を霧散させ、俺の周り、前後左右上下を隙間なく剣が並ばせる。端から見れば怒ったフグに見えるかもしれない。
しかし、日々の成果がここまで現れてくるのには本当に快感があるな。
ニヤけているのが自分でも分かる。
「行け。」
呟き、俺は残り少なくなったクソザル共に、一匹一本、剣を襲わせた。
「アンジェリカァー!……くっ、良かった、間に合った。はぁはぁ……グッ……。」
「そんな、カートッ!うぁぁっ!?」
「おい、やめてくれよシン、変な冗談はよしてくれよ!」
「皆、今まで、あり、が、とう。」
「シータ、シータァー!」
「逃げ、て。」
「おい、逃げるな!背中の傷は男の恥だ!ぐあぁ、卑怯な、背後か、ら。」
相変わらずあちこちから聞こえてくる敵方の悲痛な声は無視。爺さんの嫌がらせにはもう流石に慣れた。
「ふぅ、俺の所は終わったな。……っ!?」
しかし息を吐き、安心して木に背中を預けようとした瞬間、慟哭の声が大音量で聞こえてきた。
……キャンプの方からだ。
「ああああああああああああああああああ!」
急いで戻ると、そこではクソザルと同じ白い毛並みを持った、全長約4メートルの巨大なゴリラがいた。
両手に何かを抱え、上を向いて叫んでいる。
「あれは?」
「もしかしてクソザルのボス、と言うところかしら?」
さてどうしようか、と思っていると、同じく対処に困ったらしいルナとユイが俺の隣に来て身を潜めた。
「どうする?もう討伐数は稼いだからあれをやり過ごすってのも一手だぞ。」
「そう?私にはあれを倒すしかないようにしか見えないのだけれど?」
あらら、ユイがバトルジャンキーに……。
「どこがだ?指摘してみろ。」
論破して嫌でもやり過ごさせてやる。
そう思って聞くと、ユイははぁ、とため息をつき、ゴリラの足を指差した。
「あなたの冒険者プレートが足の指に引っ掛かっているわ。」
は!?
慌てて自分の首の周りをぺたぺた触る。
……無い。
「マジかよ……。ていうかお前、よく見えたな。」
ここは一応木の上だぞ……。
「昔から目は良いのよ。」
「そうか。……再発行、してもらえるかね?」
「もちろん再発行はさせてもらえるでしょうけれど、たしかGランクからやり直しよ?」
それは勘弁願いたい。
「……取り合えず、俺が奇襲を掛けてみるから、失敗したら二人は援護を頼む。ルナは呼んだら来てくれ。ユイは援護に徹しろ。大事な回復役に倒れられたら堪らん。」
「「(コクッ)」」
二人が頷いたのを確認しつつ片手剣を作成し、それを逆手に持って跳ぶ。
サックリと殺りたいので、声は出さず、隠密スキルも発動させてある。
狙いはゴリラの頭頂、ど真ん中!
相手がこちらに気付いた様子は無し。黒い片手剣の刃は綺麗にゴリラの頭に吸い込まれ……そして鈍い音とともに弾かれた。
「嘘だろおいッ!?」
「「ブレイズアロー!」」
不意打ちの結果を受け入れられないまま、俺が地面を転がってゴリラから距離を離した直後、何本もの燃え盛る炎の矢がゴリラを襲う。
その間に立ち上がり、片手剣を消し、代わりに双剣を構える。
「あづい、いだい。けんどごの悲しみには敵わねぇ!ぁぁあああああ!」
そして一頻り火矢が放たれ終えると、舞い上がった砂煙の中から大声が上がり、ゴリラは慟哭しながら砂塵の外へ飛び出した。
その頭は無傷のまま。
くそっ、どうなってる!?今さっきの攻撃は完璧だったはずだ!
……取り合えず今度はスキルの恩恵を借りてやってみるか。
数メートル先でまだ泣き叫んでいるゴリラへと駆ける。
しかし、数歩も行かないうちに左から強打された。
「ぐぉッ!?……鉄塊!」
飛ばされながら、何とか後頭部に手を当た直後、俺はそのまま木にめり込んだ。
木がえぐれ、木片が弾ける。
体はその右半分を木に埋めた状態で止まり、握っていた双剣はどこかへ飛んでいってしまった。
「お前がぁ!」
見ると、ゴリラが左手に白い塊を抱いたまま、その場で右腕を高く振り上げていた。
何だ?あそこから拳が届くわけ……あれ?右手が木の葉にかぶって、ミエナイゾ?
「くそ!」
悪態をつき、体を木から抜こうとよじり、左手で木を思いっきり押す。
さっき俺を吹き飛ばしたのはあの無駄にリーチの長い腕か!
ふと頭上を見ると、巨大な拳がかなりの勢いで近づいてきていた。
「「フレイムグレネード!」」
その拳を俺から逸らそうとルナ達が魔法を打ち込むも、それは何事も無かったかのように、いや、むしろ火を纏って降ってきた。
……これ、間に合うか?
「……あ、間に合うな。……パージ!」
ロングコートのを勢いよく弾けさせ、木を破壊して体の自由を取り戻す。
そして俺が真横に飛び込んだ直後、傾き始めた木に拳が激突。
木は真っ二つにへし折られ、拳が地に着弾すると地面が揺れた。
なんつー馬鹿力だ。……下手な障壁で防ごうとしなくて良かった。
「よぐも、よぐもあだいのアンドニーをォォ!」
と、長い腕が素早く折り畳まれ、即座に2発目の拳が放たれた。
立ち上がろうとしていた俺は再び地を転がってこれを避ける。
「逃げるなぁ!」
やなこった。
ゴリラの周囲を円を描くように走りつつ、次々放たれる拳を跳んで避け、転がって躱していく。そのせいで防御力なんぞ皆無な俺の下着は木の根や石ころに引っ掛かって、擦れ、破れていく。
早くロングコートを作り直したい。ただ、集中を途切らせて拳を避け損ねるなんて事態は御免だ。
飛んでくる拳の着弾点が木ならばそこが粉微塵となり、地面だとそこを亀裂が走る。拳が空を切ったら切ったでその拳圧で小さな石やら枝やらが吹き飛んで、俺に細かな切り傷を刻んだ。
……このままじゃ埒が明かない。
ワイヤーを木の枝の一つに向かって飛ばし、引っ付け、もう何度目か分からないメガトンパンチを避けると同時にその拳にもワイヤーをくっつけさせる。
結果、猛威を振るっていた拳の動きが滞った。
「ぐ、がぁぁ!ごのぉぉっ!」
自由を得ようと無理矢理腕を引っ張るゴリラ。
魔力的な感覚からして、ワイヤーは長くは保たない。ただ、まだ数秒は耐えられそうだ。
右足で自身にブレーキをかけつつ、槍を右手に作成、それを肩に担ぎ、毛むくじゃらの白い腕へと大きく飛び上がる。
「オラァッ!」
そして気合いの声を上げ、俺は力んで震えるゴリラの腕へと槍を叩き付けた。
できればこれで腕を地面に縫い付ける、もしくは大怪我を入れることでで使用不能に追い込みたい。
しかし、槍は血に濡れるどころか、何かを貫くことも無かった。
最初の片手剣のように防がれたのである。
「アガァァ!」
ただ、使用不能にするできた。
長い凶器は手首の辺りがねじれ、あらぬ方向に曲がってしまっている。
俺の込めた力が槍によりピンポイントで骨に伝わってくれたらしい。……日々の筋トレの成果かね?
激痛のせいか、ゴリラは今までよりも格段に遅く腕が折り畳む。
攻めるなら今しかない!
ゴリラの元へ駆け、懐に入りながら両手に双剣を作り出す。蒼白い軌跡を描きながらそれらをゴリラの腹に向かって振るう。
「ざぜねぇ!」
しかし折れた右腕を間に入れることで俺の攻撃を防ぎ、ゴリラは大きく飛びずさった。
そして斬撃を防いだ腕は無傷、と。……防いだ?ああ、そうか。
退いていくゴリラを追いかける。
狙いは毛の生えていない腹部。理由は簡単、そこなら刃の通る可能性が大きいから。
何せ折れた腕でわざわざ守ったのだ。斬れると見て間違いない。
にしても頭や腕と腹との違いはなんだろう。……毛か?剛毛過ぎて刃が通らないなんてあり得るのかね?
「ハァッ!」
ゴリラに追い付いたところで黒龍一閃。
「うがぁ!」
しかしそいつはこちらに背を向け、俺の双剣を毛皮で弾いてしまった。
「じねぇッ!」
すかさずゴリラは右腕でなぎ払おうとし、
「ブレイズアローッ!」
無数の火の矢を顔面に受けた。
「がぁぁっ!?あづいぃっ!?」
「ご主人様、大丈夫?怪我はない?」
そして、ルナが俺の隣に降り立った。
「心配すんな。それに怪我をしたってユイがいる。そういやユイはどうした?」
「……木の上で援護に徹するように言ったわ。」
ならいいか。
「ルナ、あいつの毛は刃を弾く。毛の無い所を狙って斬るんだ。」
「ええ、分かったわ。」
しっかしあの毛皮、ズルいな。
『何をいっておる、お主のズボンも同じようなものじゃろうが。』
あ、確かに。
……それならこっちが正解かもしれん。
黒龍と陰龍を霧散させ、鉄塊を発動させる。
「よっしゃ、行くぞ、挟み撃ちだ!」
「はい!」
簡単な作戦を言い、駆け出す。
ルナはちゃんと反対側へと走ってくれた。
そして二人でゴリラを挟んだ所で、真っ直ぐに標的へ駆ける。
「う、くぅ。」
顔への攻撃が効いたのか、呻き声を上げたゴリラは左手を大事そうに腹の辺りに抱え、うずくまった。
「ルナ!構えろ!殻は俺が開く!」
走りながら指示を飛ばし、右手を引く。
「黒銀!」
拳を黒く染め上げ、右足を踏み込みながら腰を右に捻り、左足を前に振り出して、捻りの力も乗せた渾身の殴打をうずくまったゴリラの脇腹にねじ込む。
「グフゥッ!?」
よし、利いた!
ゴリラの防御姿勢が緩む。それを逃さず、ルナはすれ違い様に魔刀不死鳥でその胴体に斬撃を入れた。
「よし!」
「うぅ、う?あ、あぁぁぁぁあ!?」
喜んだのも束の間、ゴリラがまた叫び声をあげ、二人して距離を離し、警戒する。
「ご主人様ごめんなさい、浅かったわ。」
「大丈夫だ。あの防御の攻略法は分かったんだし、もう勝ったも同然だろう?」
笑って返す。
「アンドニーーーーーー!」
ゴリラはそう叫び、呆然と左手の中を見ていた。
辿ると、そこには体を焼かれた上に、真っ二つに斬られた子供のクソザルの死体があった。
アントニーという名前だったらしい。
「息子か?」
「私が最初に殺した子供ね。ずっと抱えていたみたい。」
「で、その上から斬ってしまったと。」
「そうみまい……。」
「あのゴリラもこうなると可哀想だな。」
自分の子供の死体を傷付かないように抱えていたというのに、結局、自分の盾として機能したのだから。
「よぐもよぐもよぐもよぐもよぐもよぐもよぐもよぐもぉぉぉぉ!」
ゴリラが充血した目でこちらを睨む。
「そうも言ってはいられないみたいね。」
「そうだな。ルナ、もう一度行くぞ。 ……ユイ!雷の魔法を頼む!」
俺は叫び、いつでも走れるように、そして不意の打撃を避けられるように身を屈める。
「サンダーボルト!」
ジグザグの閃光が走り、ゴリラに雷が直撃。
「今!」
「はい!」
前と同じようにゴリラを挟み込むように走る。
その間、ユイの正確な雷の射撃がゴリラを襲い、その動きを鈍らせていた。
「ビリ、ビリ、ずるなぁ!じっぐ!」
瞬間、ゴリラの蹴りが蒼白い軌跡を描いて俺を襲ってきた。
スキル!?
「こんの、黒銀!」
慌てて黒銀を発動し、腕と足を使って蹴りを受け止め……きれず、数十歩分地を滑らせられる。
「炎閃!」
「剛力!」
ルナの炎の刀を剛毛で防ぎ、そのまま押し込み、ゴリラはルナを吹き飛ばした。
「ネット!」
ルナの進行方向の木の間に網を張る。
そこにルナが無事受け止められたことを確認。黒銀を発動させたまま、俺は再びゴリラへと駆けた。
肉弾戦、やってみるか。
「じねぇ!ズダンブ!」
左の平手が上から降り下ろされる。
俺は右腕の肘から先を上に向けてそれを防ぎ、手の位置を下げることで作った肘から先の傾斜で、その衝撃をある程度後ろに流しながら走る。
「避げるなぁ!」
「あっはっは……無茶言うなよ。」
真横から折れた右手が無理矢理振られる。
悪手だな。
走りながら左手で拳を握って右の脇腹まで引き、遠心力で力を得たゴリラの手の部分に俺の拳を思いっきり叩き付ける。
手首が折れた状態だというのに腕を酷使し過ぎだ。
「アガァァァ!」
痛みで呻き声を上げるゴリラ。その伸ばされた両腕を掻い潜って懐に入り込み、俺は右の拳を腰だめに構えて膝を曲げる。
「じっぐ!」
ゴリラの足が振られた。
一拍遅れ、ゴリラの顎に目掛けて飛び上がる。
「ビーストクロー!」
手袋の先端を鉤爪状に尖らせ、振られたゴリラの足を上下からひっ掴む。
鉤爪を食い込ませ、吹き飛ばされるのを防ぐ。そしてゴリラの足が地に付いた瞬間、それを足掛かりにして再び飛び上がり、俺は今度こそゴリラの顎にアッパーを決めた。
「がっ!」
ゴリラは一瞬上を向き、すぐに顔を戻して俺を睨む。
……力が伝わりきっていない。
やはり俺はまだ黒銀を使いこなせてないらしい。
そして空中にいた俺はゴリラの左手で真下にはたき落とされた。
「カハッ!」
肺から息が抜ける。
「あだい達はだだこごで生ぎてただけだ!なんで、んなごとする!アンドニーを、あだいの息子を焼ぎ、ギり、仲間もざんざん殺じて、まだ足りねぇがぁ!」
「……仕事、だ。」
「ごどばが……ふざげるな!」
返すとさらに激昂し、ゴリラは左手を振りかぶった。
両足を上げ、肩倒立。
「ごどばが通じるならなおざらだ!なぜながまを殺ず!あだいだち達は人間に危害をぐわえてぇとは思っでねぇ。だがらこの森だげでも自由にざぜてぐれ!」
そして振り下ろされた拳骨を両足で受け止め、俺は膝をゆっくり曲げることで衝撃を緩和。
「……フン!」
息を一気に吐きながら拳骨を押し返し、横に転がって逃げながら立ち上がる。
「俺に言われても困る。ま、運が悪かったと思ってくれ。」
「思えるがぁ!」
ゴリラの怒号に反応し、防御の構えをとって相手の左手を警戒。
するとゴリラの右手が俺に叩きつけられ、咄嗟に反応できなかった俺は真横に吹き飛場される。
まだ右手を使えるのか!?骨が折れてるはずだぞ!?
空中で姿勢をただし、着地。
視線を戻すと、ゴリラはこちらを睨み付けながら、左手を自分の尻付近にかざし、かと思うとそれを振った。
飛来する巨大な茶色の物体。
やっぱりこいつとクソザルの一種ではあるらしい。
とっさに障壁を展開、斜めに傾けて糞の軌道を逸らす。
「サンダーボルト!」
そしてここぞとばかりにユイの援護が真上からゴリラにクリーンヒットした。
「うるざい!」
左手がまた尻にかざされる。
「ユイ!降りてこい!」
「もう降りたわ。」
真後ろから返事が来て驚いたものの、無事なことにはホッとした。
「そうか、ルナは?」
「気絶してしまっているけれど、無事よ。」
「そうか……良かった。」
「ちょっと、前!」
ユイの警告に従い、目の前に障壁を作って糞の豪速球を防ぐ。
「本当に便利ね……。」
「まぁな。……ふぅ。」
息を吐き、黒銀を解く。
スキルへの昇華をできると思ったんだけどな。……やっぱり難しかったか。
ま、そろそろ決めよう。
「防御を捨てるつもり?」
と、ユイが怪訝な目で聞いてきた。
俺の体が黒く染まっているときは体が馬鹿に丈夫なことを傍から見ていて分かったらしい。
「そうでもないさ。……魔装。」
頭から足先までを鎧兜で覆う。
イメージはゲイルの倉庫にあった格闘家用全身鎧だ。……ゲイル、金は払ってないくて悪い。でも良いものをありがとう。
「鎧なんて作れるの?」
「まぁな。ユイ、ルナを頼む。後は俺に任せてくれ。」
「ええ、分かっ……」
最後まで聞かず、俺は思いっきり地面を蹴った。