100 ランクA昇格③
「こんの、クソザルどもがぁぁ!」
怒りに任せて叫び、白い毛皮の塊を追う。
事の発端は今日の昼。
今朝、ユイやルナとどう動くかを話し合い、結果、二手に分かれてサラマンダーやクソザルを探しだして狩り、目標を達成、未達成にせよ、夜になったらキャンプに集合ということになった。
班分けはユイとルナの二人組と俺一人。
その際、何故かユイが俺とルナの二人で行くように何度も反論し、ルナもそれに同意していたけれども、キャンプに戻ってこれるのは俺とルナの二人だけだと説明したら大人しくなった。
実際、ルナは森での散策は得意で方向も感覚で分かるし、俺の方は高性能ナビゲーションシステムKAMIが付いているから問題ない。
そうして別れたあと、俺は爺さんの指示に従うことで昼前にサラマンダーの角を規定数集め終えた。
ルナ達はおそらくクソザルへの怒りに燃えているだろうと考えた結果である。
ちなみにサラマンダーというのは、火を吹くコモドドラゴンとでも言った方がしっくりくるような、側面の赤い模様と立派な角が目立つ、ぶっちゃけ黒いトカゲだった。
爬虫類であるがために朝は体温が低いのか、俺が見つけた奴等は皆動きが鈍く、大した驚異ではなかった。
角を取るだけなら殺す必要がないのではないかと最初は思っていたものの、母体が生きてる内に切り取った角(思っていたよりもあっさり切り取れた。)は、その後、段々と熱を帯びてきて最後には破裂し、辺り一面にその破片を突き刺す危険物だった。
熱を帯び始めたときに何かがおかしいと思って木の影に隠れた俺の行動は、今思えば英断だったと言えると思う。
たぶん角は、元より敵に突き刺した後切り離し、敵を撃破するための物なのだろう。実際、角を切り取られたサラマンダーは程なくして新たな角を生やし直していたし。
恐ろしいトカゲもあったもんである。
……あと、間違えてその背を踏んづけたとき、その口から激しい炎が吹き出たときはかなり焦った。
ともかく、やることをやった俺はさっさとキャンプに戻り、昨日ありつけなかったドラウトの串焼きを食べようと思って、魚を釣ったり、魚の内蔵を抜いたり、苦労して火を起こしたりと我ながら真面目に頑張った。
そして、ようやく全ての準備が整ったのは昼、丁度腹が減ってきた頃合いだった。
釣果である二匹のドラウトを、起こした焚き火で慎重に、丁寧に、心を込めて焼き、途中で面倒になったので魔力で串をゆっくり回し、暇つぶしにベルフラワーの澄んだ音を楽しむこと数分、ジュージューとくすぶり、ところどころに少し焦げ目の付いた、食欲を大いにそそる一品が出来上がった。
しかし弄んでいたベルフラワーを、その音を響かせながら袋に投げ入れ、片方の串を地面から抜いた直後、近くの木の上から気配を感じたのである。
気配はルナやユイではなく、3匹のクソザルのもの。
こちらがそちらを向くやいなや、飛来してくる糞、糞、糞。
全てが正確に俺に向かって飛び、対して俺は障壁を作ってそれらを防御。
すると今度は俺の手の串焼きに向かって投げられ、俺が咄嗟に串焼きを宙に軽く投げあげながら糞を避けた瞬間、その串焼きはクソザルの一匹にかっさらわれた。
しかし俺はその程度で怒り狂いはしない。
何せ串焼きは二本あるのだ。
そう思いもう一つの串焼きを見ると、それは丁度二匹目のクソザルに盗まれるところだった。
どうやら俺への敵意がなかったために気配察知が遅れてしまっていたらしい。
それでも何とか心を落ち着け怒りを抑えて、もう一度魚を釣れば良いじゃないか自分に言い聞かせていると、クソザル達が喧嘩を始めたのである。
どうも三匹いるのに獲物が二つしか無かったせいで、取り合いが始まったようだった。
正直どいつが食おうがどうでも良いので、早く別の所へ行ってくれないかなぁと思ってそれを眺めていたところ、そこでなんと喧嘩の拍子に串焼きが両方とも地面に落ちてしまったのである。
俺を含め、その場にいた霊長類全てが硬直。
次の瞬間、クソザル達は串焼きを親の仇でもあるかのように踏みつけ、潰し、唾を引っかけ、糞を投げつけ、森の奥へと逃げていった。
俺の堪忍袋の緒がそこまで優秀ではないことが分かった瞬間だった。
「こんの、クソザル共がぁぁ!」
で、場面は戻る。
矢を弓につがえ、逃げていく白い毛皮に覆われた背中に向かって放つ。
キッキッキー、と鳴き声を上げて逃げ続けるクソザル共。
何を言っているのかは分からない。ただ、おそらく俺を馬鹿にしているのだろうことは分かる。
「へっ、どこ狙ってんだ下手くそぉ。」
「兄貴の言う通りだ、下手くそぉ!」
「キッキ、やっぱり人間ってアホだなぁ!」
……爺さんが余計な気を効かせたのは分かった。
しかし、今はそんなことはどうでもいい。予想通り俺を笑っているのが分かっただけで十分だ。
弓の弦をを引き絞り、憎しみを込めて矢を放つ。
「俺達三兄弟が人間なんかにやられるわけねぇだろこのボケぇ。」
「兄貴の言う通りぃ、キキキッ!」
「うっ、二人ともごめん、僕は、ここまで、みたい、だ。」
「「トニィーーーーーー!」」
仲間(おそらく兄弟)がやられたのに動揺したか、無事なクソザル二匹の動きも鈍る。そんな彼らの後ろに音も無く回り込み、俺はその片方の腹を、片手剣を作り出して突き刺した。
「グゥ!?」
「さぁあと一匹だ。」
剣を突き刺したまま、横に振って猿の腹を切り裂き、その中身を外気にさらす。
「ア、アガ……ァ……。」
「あ、兄貴ィィ!……なんでこんなことをするんだ!この、くそやろう!」
「黙れ!」
「カ、ヒュッ。」
そして容赦なく最後の一匹の首を突き刺し、絶命させる。
「ふぅ。」
息をつき、心を落ち着ける。
……なんか、殺しに戸惑いが無くなってきた気がする。
『今更じゃな。去年ファーレンに勤め始めた時点で侵入者殺しはできておったろう。』
はぁ……それもそうだな。
新たに袋を作り、三匹の尻尾を切り取ってその中に放り込む。
ぐーと腹が鳴った。
「くそぅ、腹減ったな。もう一回串焼きに挑戦してみるか。」
……焚き火が消えてませんように。
パリパリになったドラウトの皮を破り、その肉に歯を突き立てる。
そして匂いを嗅いだ瞬間から口を満たしていた、溢れそうな程のヨダレを飲み込み、ドラウトの背を食いちぎる。
ああ、ほどよい塩気と魚の味がよく合う。
小骨と違って食べられない背骨はブドウの種を吐き出す要領で横に吐き捨て、止まらない唾液を飲み込んでもう一口。
「ふぅ、到着しました。あ、ご主人様は先に食べていたのですか。」
「はぁ、私達があれだけ苦労したというのに……まさか、サボっていたんじゃないでしょうね?」
頭と尾っぽだけを残して食べ終わり、もう一本の串を手に取る。
昨日と今日の昼と違い、今度こそ俺はドラウトを三匹捕まえることができた。ユイとルナの分として残しておこうと思ったものの、我慢できそうにない。
仕方がないだろう?クソザルのせいで昼を抜いてしまったのだから。
……後でまた釣って誤魔化そう。
「ねぇ、聞いているのかしら?」
「ユイ、無駄ですよ。ご主人様はこうなると食べ終わるまで意識が食べ物に集中してしまうのです。」
「そう……はぁ、なら私達は木の実を食べましょう。」
「え、ええ、……じゅるり……そうですね。」
「ルナさん、食べたいのなら聞いてみたらどうかしら?あ……いない。」
ハフハフ言いながら味を楽しんでいると、いきなり背中に何かが乗っかってきた。
背中から伝わる柔らかい感触から、それが木や無機質等ではないことは分かる。
……またクソザルか?
「ご主人様、あの、私も一つ食べても良いでしょうか?」
聞き覚えのある声。
「なんだ、ルナか。えーと、魚は二匹しか釣れなくてな……」
「あなたが一匹食べ終えたのは見ていたわよ。」
後ろからユイの声が掛けられた。
うわ、マジか。いたことにすら気がついてなかったぞ。
なんか話し声がするなぁとは意識の隅で思っていたけれども。
「あー、なんと言うか、すまん。ただ一つだけ言い訳してもらうと、昼飯を食えなかったんだ……。」
「ふふ、ご主人様は好きなようになさって構いませんよ。私はそれに従いますので。」
俺の頭に顎を乗せ、ルナが言った。
「そうね、ならあなたのその食べかけと最後の一匹をルナさんにあげるのなら許して上げるわ。」
「おいおい、最後の一匹は良いとして、食べかけなんて要らないだろ?」
言い返すと、はぁぁ、と盛大なため息をつかれた。
「いいからルナさんに渡して。」
「いや、ほら、食べかけなんて身はもう少なくなってしまってるし、必要ないだろ?それに、だ。俺の食べかけだぞ?汚いじゃないか。」
必死で言い訳を捲し立てる。
正直、ドラウトの串焼きをもう少しだけでも食べたい。
たしかに二人に黙って三匹共食べようとしたことがいけなかったことは分かる。だがしかし、二匹ぐらいは食べさせてほしい。
というよりも、ぶっちゃけ俺は途中で食事を強制終了させられたくないのである。
あの、食事を無理矢理終わらせられたときの物足りなさ、虚しさ、物足りなさは何としてでも味わいたくない。
「ルナもそう思うだろ?」
「私は、……食べたいです。」
しかし俺の心からの願いはルナの小さな、遠慮がちの声に打ち砕かれた。
「で、収穫は無し、と。」
「ええ、クソザルは一匹も見つけることができなかったわ。ごめんなさい。」
夕飯が一段落し、俺達は焚き火を囲んで今日の探索の結果報告を行っている。
「申し訳ありません。」
二人して謝ってこられ、元から怒る気など毛頭無かった俺は、罪悪感すら感じてきた。
ぺたんと伏せられていているルナの耳等もそれを助長する。
「はは、まぁそういう日もあるさ。気にするな。」
笑って言うと、今度はユイが口を開いた。
「それで、あなたの方は何か成果はあったのかしら?私達よりも随分先に戻ってきてくつろいでいたようだけれど。」
「ん?ああ、規定数のサラマンダーの角とクソザルの尻尾三本だ。」
もちろんこの尻尾は、俺の昼御飯を奪ったばかりか、それを食いもせずにただただ無駄にしやがったあいつらのものである。
「クソザルの見つけ方のコツを教えてくれないかしら?このままだとあなたにおんぶに抱っこになってしまうわ。」
たしかにこのままだとユイは気まずいよな。
「とは言われても、クソザルを見つけたのはほぼ偶然に近かったしなぁ。ま、強いて言うなら、魚を焼いて誘き寄せたってところか?」
確信はない。ただ、他に原因は思い付かない。
「そう、なら早速やってみましょう。」
「いやいや、流石にもう遅い。明日にしよう。」
川の上、森の切れ目から見える空はもう暗くなってるし、焚き火の光が俺達の影を周りの木に写している。
良い子は寝る時間だろう。
「それでも試してみましょう。実際、戦って負けることはないでしょう?それに私はなるべく早く町に戻りたいの。」
「そうか、よし、じゃあこれを使え。ほら、ルナも。」
俺がドラウト釣りに何度も使ってきた簡単な釣りざおを作って二人に渡す。
……ただ釣るってだけじゃ面白味がないな。
「誰が一番釣れるか競争するか?」
「そうね、望むところよ。」
数時間後
「……来ないわね。」
「ああ。」
焚き火を見ていると幻想的な気分になるのは何故だろう?
「私の勝ちでしたね。」
「ああ。」
「……ご主人様、隣に座っても良いでしょうか?」
「ああ。」
いかんな、眠い。
「ご主人様の膝に座っても?」
「ああ。……うぐぉっ!?」
焚き火を見てうつらうつらしていると、ルナがいきなり膝に乗ってきた。
「ルナ?何を……」
「ご主人様自身に許可は貰いました。」
俺の方を振り向き、ニッコリと笑うルナ。
「本当のことよ。あなたが人の話を聞かないのが悪いわ。」
「はぁ、そうか。……にしても来ないな。」
焚き火の周りに刺してある5本の串焼きを眺めながら愚痴る。
ちなみに釣り勝負の結果はユイ2匹、ルナも2匹である。俺は……この森に来てから累計8匹だ。
「これで誘き寄せられて来る筈なのよね?」
「さぁ?まぁそうなってくれると願おう。」
「真面目に考えて。他にしたことは?」
「他、ねぇ。……あ。」
少し考え、答えが分かった。
ていうか、何であれだけのヒントがありながら2択で間違えるかね?
「何よ?急に押し黙って。」
怪訝な目でユイが聞き、俺は苦笑いして頭を掻く。
「あー、その、な?たぶん……ベルフラワーだ。あの音にクソザルが誘き寄せられてるんだと思う。」
「あなた、『ベルフラワーについてはファーレンで学んだから任せろ』って言っていたわよね?」
返す言葉もない。
「と、とにかく、魚はさっさと食べ……速いなお前ら。」
言いかけると、二人は早速焼き魚に喰らいついていた。
それじゃあ俺も……
「いただきます。」
一人一つずつベルフラワーを持つ。
「準備は良いな?」
「「(コクッ)」」
「ここから先、最低でも17匹は殺るぞ。」
「殲滅します。」
「ええ、生きて返しはしないわ。」
昨日糞まみれにされただけはあり、二人の気合いは十分以上。
正直少し気圧された。
「そ、そうか。じゃあ行くぞ!1、2の3!」
リリリーーーーーン
掛け声と共に花を振れば、済んだ音色が暗い森の中を響き渡った。
俺は弓を構え、女性陣は刀を片手に、もう片方の手に火球を浮かべる。
もちろん炎の魔法は森を燃やさないよう、加減するように言ってある。
ベルフラワーの音は暗い森の中へと消えていき、しばらくして件の魔物の気配が近くに来た。
場所は……木の上!
そう思った瞬間、にルナの魔法がそこに炸裂した。
燃え上がる木の枝。そこから落ちてきたのは小さな白い人型の物体。
子供のクソザルだ。
「まずは一匹か。」
「ふふ、ご主人様、数える必要なんて無いわ。私が全部殺してやるもの。」
「おう、期待してる。」
「ええ、任せて。」