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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第四章:出世しやすい職業
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99 ランクA昇格②

 「ユイ!」

 焦り、倒れたユイの元へ駆ける。

 押し退けた花々が澄んだ音色を次々と発すのに構わず、四方八方から飛来してくる健康に悪そうな塊は障壁を作って防御して進んでいき、

 「いや!来ないで!」

 中途でユイにそう叫び返された。

 ホッ、無事だったか。

 「死んでないな?」

 「え?ええ。とにかく、こっちに来ないで!」

 酷いや。

 「よ、よし、ならさっさとここから離れるぞ。っと……ここじゃ良い的だ。俺が声をかけたら走り出せ。」

 「分かったわ。」

 ユイの返事を確認し、ルナの元へと走って戻る。

 「ご主人様、ユイは……」

 「大丈夫そうだ。まずはここを離れるように言っておいた。俺達も逃げるぞ。」

 「そうですね、ここからでは明暗の違いで敵の姿も確認できませんし。」

 「ああ、その通りだ。ベルフラワーの袋はルナが持っていてくれ。俺は防御に徹する。……行くぞ!」

 「はい!」

 俺とルナは同時にユイのいる方向とは逆の方向に駆け出す。

 リリリリーーーンと音が響き、茶色の塊がこちらへ飛んでくる。

 「……ユイ!走れ!」

 例のようにそれらを防ぎつつ、声を張り上げて合図。

 ユイがこちらへ走り出したのを確認し、俺は察知できる気配の少ない方へと進んでいく。

 しかし気配のいくつかはこちらに追随し、そのせいで襲い来る飛道具はなかなか止んでくれなかい。

 「くそ、あいつらは何なんだ!?」

 気配察知で位置は大体分かるものの、そちらに目を向けたところで敵の姿は見えない。

 「のわっ!?」

 突然、足が何かに引っかかった。

 体が凹凸の激しい地面を叩く。

 「ぐぅっ……。」

 呻き、足元を見れば太い木の根が張り出している。どうも上を一瞬でも見て足元を疎かにしてしまったのがいけなかったよう。

 すぐに障壁を俺の真上に作成。

 「ご主人様!?ハッ……キャァッ!」

 あ、しまった。

 敵さんも馬鹿ではなく、防御手段のある俺ではなく、それを持たないルナへ狙いを定めたのだ。

 そのルナはというと、飛んできた最初のいくつかを避けたものの、やはり全てをとは行かなかった。

 美しかった着物が茶色に汚されていく。

 「くさっ!?……うぅ、いやぁぁぁ……。」

 そしてついに集中砲火が終わり、泥だらけになり、地面に崩れ落ちたルナがその場に残された。

 すすり泣きと共に、いや、とか、死にたい、とか言う声が彼女から漏れ聞こえてくる。

 「お、おい、大丈夫か?」

 「ひぐっ、大丈夫じゃない……。酷い、あんまりです。」

 今更ながら立ち上がって聞くと、悲壮感漂う返事が返ってきた。

 やはり、無事ではあるらしい。

 「なぁそれ、何なんだ?」

 見る限り、毒や酸の類でもないし、爆発する様子もない。

 「来ないでください!」

 恐る恐る近寄ろうとすると、ルナはユイと同じように声を上げ、俺を止めた。

 「わ、分かった。でもそれが何なのか教えてくれないと、俺も何もしてやれないぞ?」

 「………………糞、です。」

 は?

 「フン?聞いたことないな。何だそれ?」

 「うぅ、言わせないでください。」

 察してくれと言わんばかりに、ルナがこちらを涙目でジッと見つめてくる。

 「すまん、今のでいっそう謎が深まった。」

 「えっと、あの、お、大きい方です!」

 あーなるほど、分かった。

 「えーと……ルナ、気にするな。」

 「気にします!」

 うん、だよな。

 「まぁその、なんだ、取り合えず水場を探そう。何故か糞の雨あられが止んだしな。ほら、こっちに来い。」

 おそらく御者さんが森に川が通っていることを教えてくれたのは、こうなることを予想していたからだろう。

 あの哀れみの籠もった目も、今ならよく理解できる。

 「嫌です。今の私、絶対に臭いです。」

 「はぁ、じゃあ後から付いてこい。ユイと合流してから水場を目指そう。」

 「……お願いします。」

 爺さん、案内は頼んだ。



 「ぷはぁっ!あぁ、スッキリした。」

 「ふぅ、ご主人様が川の場所も的確に見つけてくれなお陰ですね。」

 「ええ、本当。始めはたださまよっているだけだと思っていたけれど、見直したわ。」

 「そりゃどーも。」

 黒い壁の向こうから聞こえてくる声に、素っ気なく返す。

 「ッ!あなた、見てないでしょうね?」

 「見てない見てない。……ったく別に見られて減るものなんて無いだろうに。」

 「何か言った!?」

 「いや何も?」

 怖い怖い。

 爺さんに案内され、川に辿り着くなり、我がパーティーの女性二人は身着のまま透明な水へと飛び込み、気を利かせた俺がすかさず黒魔法でしきりを作って、今に至る。

 二人の立てる水の音や、念入りに洗った衣服を乾かすため起こされた、焚き火の木の弾ける音が壁越しに聞こえてくる。

 「ご主人様、あれは何だったのか分かりますか?」

 と、暗幕越しにルナが問い掛けてきた。

 「あー、あれがクソザルだ。」

 情報は爺さんからのもの。

 先に教えてくれよとは思ったものの、聞かれてないと言われて反論できなかった。

 にしてもクソザル、クソを投げてくるサルの略ってことで良いのかね?

 『概ね正解じゃ。』

 「あれが、クソザル!?」

 俺の言葉にユイが驚きの声を上げ、

 「そうですか……殲滅、ふふ、妥当な表現じゃないの。」

 ルナは不気味に笑い始めた。

 「え?ルナ……さん?」

 戸惑ったようなユイの声。

 そういやユイが戦闘口調のルナを見るのはこれが初めてか。

 「ユイ、それがルナの素だぞ。戦闘になると大体そうなる。」

 「へ!?あ、違います!こっちが素よ。……え、あれ?」

 慌て、何とか取り繕おうとしたルナは、焦りすぎて結局俺の言ったことを肯定しただけに終わった。

 「で、上がったか?」

 「ええ、そろそろ上がるわ。全部洗い流したつもりだけれど、ルナさん、どうかしら?」

 「大丈夫ですよ。ユイ、私はどうですか?」

 「ええ、何も問題無いわ。……でも、念の為、えい!」

 「ひゃ!い、いきなり何するんですか!はあ!」

 「きゃっ!」

 そんなやり取りと共に水を掛け合う音と笑い声がしばらく聞こえ、それが収まると、遅れて体を拭いたり衣服を着たりする衣擦れの音が聞こえてきた。

 やっと上がってくれたらしい。

 「そろそろ暗幕を消すぞ?」

 「ええ、良いわ。」

 確認を取って魔法を解除、消え、黒い煙を昇らせる焚き火の側の二人の所へ歩いていく。

 「はは、災難だったな。」

 「本当にね……はぁ。」

 「……次に会ったときは仲間もろとも殲滅して見せるわ。」

 笑って言ってやると、ユイは深ぁいため息を吐き、ルナは眼光を鋭くして残虐な笑みを浮かべた。

 「落ち着け。取り合えず今日はここまでだ。夜営の準備をするぞ。……とは言っても俺が作るだけだけどな。」

 言い、肩を竦める。

 「あなたって便利ね。」

 おいこら人を道具みたいに言うんじゃない。

 「取り合えず、そんな訳だから二人は何か食べられそうなものを探してきてくれないか?」

 ベルフラワーを入れたのとは別に袋を作り、ルナに放ってやれば、彼女はそれを片手で握り締め、大きく頷いてくれた。

 「はい、お任せ下さい。ユイ、行きましょう。」

 「……ごめんなさい、私にそういう知識はないわ。」

 しかし早速出発しようとしたところで、ユイが頭を下げてそう謝ってきた。

 「なに、俺にだってそんな知識はほとんどない。ルナがそこの所はかなり詳しいから、ユイ、お前はルナの手伝いみたいな感じで大丈夫だ。」

 「へぇ、ルナさんって凄いのね。」

 「私はご主人様の奴隷ですから、戦闘以外の面で役に立たないと私の役割がありませんので。」

 「はは、そんなこと言いながら戦闘以外の全ての面で俺に勝ってるけどな。」

 「あら、あなたが役立たずというわけ?」

 「そうならないためにも俺はテント作り励むんだよ。ほら、さっさと行ってこい。また糞を当てられたりするなよ。」

 茶々を入れてきたユイにそう返し、二人が行ったのを確認し、テントの作成を始める。

 とは言え、球形の8分の1をイメージして骨組みを作り、そこに暗幕をピンと張って骨の部分と同化させ、固定化すれば完成するので大した苦労はない。

 ちゃっちゃかテントを作り、次いで釣竿とバケツを作成。

 さて、ここからが本番だ。

 「ここの川魚は食えるのかね?」

 川の横に小さな椅子を作って座り、気配察知を行った。



 「あなた、何をしているの?」

 「わぁ!ご主人様、魚を捕まえられたのですか?」

 座ったままのんびりと釣りを楽しむこと約一時間、ユイとルナが帰ってきた。

 遠目では川の前でただ黄昏れているように見えたのか、ユイがそう訝しげに聞き、次いでルナが俺の簡素な釣り道具を目敏く見て取り、駆け寄ってきた。

 「正解。ちなみに、今のところの釣果は二匹だ。二人は確実に食べられるから安心しろ。」

 ちなみに釣れたのは、側面に縦長の楕円模様が三つぐらい付いた魚。

 爺さんによると、魚の名前はドラウトと言い、体の側面の模様が主な特徴的な、この世界では広く食べられている魚らしい。

 冷たく綺麗な水に住み、秋に産卵、卵は冬に孵化し、春になると泳ぎ始める。寿命は4~6年。産卵は生涯一度ではなく、何度も行われるらしい。

 ……やけに詳しかったけれども、まぁ要は食えると言うことだ。

 『完全鑑定を使えと暗に言ったんじゃよ……。』

 回りくどいわ!しかもそんな意図、全く伝わって来なかったぞ!?

 ったく、そもそも魚一匹のためにだらだらと蛇足しかない長文を読もうとは思わないしなな。

 「別に食べられるかどうかは心配していないわ。ただ、あなたがテントを一つしか作っていない理由を知りたいだけよ。……まさか人目につかないのを良いことに襲おうって事じゃないわよね?」

 「アホか、俺にそんな度胸はない。」

 あんまりな推測に思わず脱力してしまう。

 「その魚に睡眠薬でも仕込もうってことかしら?二匹しかいないのも怪しいわね。」

 俺何かしたか!?

 「はぁ、お前はどうしてそこまでして俺を性犯罪者に仕立てあげたいんだ?」

 「釘を刺しておきたかっただけよ。」

 はたして本当かね?

 「……そうかい、一応説明しておくけどな、テントはお前ら二人用だ。俺の分は後で作る。そして魚は……まぁ、あんまり釣れなかっただけだ。」

 苦笑しながらそう言うと、ユイはホッと表情を緩めた。

 俺の信用は一体どこでここまで落ちたのだろうか?

 「そう、なら良いの。私達の方はかなりの収穫があったわ。……私はただ袋を持っていただけだけれど。」

 「なんだ、役に立てなかったのが嫌なのか?」

 言っている内にどんどん声から元気が無くなっていくのを見かねて聞けば、彼女は小さく頷いた。

 「ええ、申し訳ないわ。」

 案外律儀な性格だったらしい。

 好都合。

 「じゃあ焚き火役を頼めるか?」

 「焚き火?」

 「そりゃな、魚を生で食べるのはさすがに怖いだろ?」

 寄生虫に当たったら事だ。

 「そう、分かったわ。任せて。具体的に何をすれば……」



 燃え、パチパチと弾ける乾いた枝葉。

 焚き火の周りには塩をたっぷり掛けられたドラウトが、地面に突き立てられた黒い串に貫かれ、炙られている。

 「アチチチ。」

 串をゆっくりと回し、焼けてない面を火に向ける。

 「ねぇ、私の思っていた焚き火とは違うのだけれど?」

 その火に手をかざしているユイがもう何度目かとなる問いを口にし、

 「仕事って言ったってなぁ、準備はほとんど俺がやったし、食料調達も終わったんだ。後は火を起こす役しかないだろ?」

 俺はもう何度目かとなる答えを返す。

 ユイには新たな焚き火の火起こしを頼んだのである。火起こしとは言っても集めた葉や枝に着火するだけの簡単な物だ。

 魔法で火をつけ終わり、その他に仕事が無いかと聞いてきた彼女に対して「無い」と答えた結果、焚き火の火力調整を担ってくれている。

 もうユイが火球でも作って維持してくれるだけで良い気がしないでもない。

 でもまぁわざわざ言いはしない。

 本人が進んでやってくれるのだから好意に甘えるべきだろう。

 「ご主人様、本当に私達だけでドラウトを食べてもよろしいのですか?」

 と、俺の隣に座り、魚の焼ける様子を眺めながら取ってきた木の実を袋からつまみ食いするルナが落ち着か無げに聞いちきた。

 「ああ、三匹獲れなかったのは俺の責任だからな。ま、お前とユイの分を獲れただけでも俺もしては上々だよ。」

 そう答えると彼女は黙り込み、おもむろにリンゴのような、赤い果物を手元の袋から取り出すと、それを半分に分け、片方を差し出してきた。

 「ご主人様、どうぞ。……あむ。」

 もう半分にはルナがかじりついた。

 「お、ありがとう。」

 受け取り、俺もルナにならってかじりつく。

 ……梨だ。

 リンゴだと思っていたので、その粗い粒が固まったような触感に違和感がし、一瞬不味いと思ってしまった。ただ、梨だと理解するとおいしく食べられた。

 人間って不思議だなぁ。

 貰った果物を再び半分、一口サイズに割り、ユイの方へと差し出す。

 「ユイ、上手いぞ。見ての通り、こいつはリンゴだ。」

 『お主は……。』

 なに、遊び心は大切だろ?

 「今は忙しいの。後で食べるわ。」

 「大した仕事じゃないだろ?ていうか必要か?」

 「……ええ、もちろんよ。」

 強情な。

 「そうかい、悪かったな。ほら、口開けろ。このリンゴを入れてやる。」

 「……。」

 ユイはしばらく逡巡した後、口を控えめにだが、開けた。

 俺はリンゴ(梨)の欠片をそこに放り込んだ。

 「……うっ!……(モグモグ)……んくっ。これ、リンゴじゃないわ。梨、よね?」

 予想外の事態に思わず口の中の物を吐き出しかけるも、なんとか堪え、しばらくして梨と気付いたユイは、それを味わい、嚥下し、睨んできた。

 「正解。美味かったろ?」

 「そうね、あなたが変な事しなければきっともっとおいしかったわ。」

 恨みがましい目を一度俺に向け、彼女は揺れる火へ目を戻す。

 「ご主人様、リンゴ、ナシとは何ですか?」

 「ん?ああ、元の世界の果物でな、今の奴と似ていたんだ。味は梨って果物と似ていたがな。……っと、焼けたか。ユイ、お疲れさん。火はもう調整しなくて良いぞ。」

 ルナの問いに答えつつ、ユイに声をかける。

 「そう。」

 それにまだ少し不機嫌そうな声音で返事し、ユイは手を下ろした。

 「アチチ……ほら、二人とも食って良いぞ。」

 串を地面から抜いて二人に手渡す。

 「……ありがとう。」

 やはり不機嫌そうにボソッと礼を言い、ユイはドラウトの串焼きにかじりついた。途端、その顔が綻ぶ。

 ……チクショウ、なんて美味そうに食いやがるんだこいつは。

 「ご主人様、半分食べられますか?」

 「ありがとうな、でもそれはルナが食べてくれ。俺が食べられないのは俺のせいだから。」

 物欲しげな俺に気付いたルナの好意をやんわり断り、俺はルナの持つ袋から黄色い、湾曲した形の果物を取り出し、そこですかさずルナがしてくれたアドバイス通り、皮を剥いて食べた。

 バリッ!

 うぉ!?この触感と味は……アーモンド?

 でかいアーモンドだ。見た目は完全にバナナなのに。

 皮を剥いても中身が固いのは予想外だった。

 いやはや他にどんな木の実があるのやら。これはこれで楽しみだ。

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