10 職業:冒険者④
注文通り、ローズが水を持ってきてくれた。
ちなみにこの世界では、水は井戸から汲み上げ、それに教会でエスナをかけてもらってから流通しているそう。
これで寄生虫なんかも除去されるんだから凄いもんだ。
教会で処置をすることから聖水かな?と思ったものの、聖水というものはまた別にあり、同じくエスナをかけた水にさらにホーリーエフェクトという最上級の白魔法を使って聖属性とやらを付与されたものがそうであるらしい。
そんな、聖水一歩手前の物を俺達は飲んでおり……
「……だからこそ、水は安くても大切に利用しないといけないんです。」
と、アリシアはそう言って話を締め括った。
まぁ、最終的な考え方は大事だと俺も思う。
「そのホーリーエフェクトって魔法を覚えれば誰でも聖水を作れるのか?」
「原理的にはできると思いますけど、まず無理ですね。使う魔素が多すぎるんです。数千数万の信徒が一緒に協力することでやっと大鍋一杯出来るものなんですから。だから聖水を作るのは大神殿の大々的な行事の一つで、二〜三年に一度くらいなんです。あと、死霊系の魔物が大量発生したときなど緊急のときですね。」
この世界、死霊なんてのがいるのかよ……。
「あと、勇者様専用の武器も聖水を使って作られたもので、中でも聖剣なんて50年間も聖水に浸されていた剣なんですよ。そういえば確か首都ティファニアで勇者様が召喚されたんですよね。」
ッ!いや、大丈夫だ。俺はもはや勇者ではない。
公式には勇者であったこともない。
ていうか聖剣なんて物があったのな。
「ああ、そういう噂だな。その聖剣ってのは何本あるんだ?」
「聖武具は勇者様の戦い方によって臨機応変に対応するため、剣、槍、弓、双剣、槌が1本または一組ずつ揃えてあるんです。ですから、1本ですね。」
「へえ。普通の武器に直接ホーリーエフェクトを付与したりはしないのか?」
「それでもたしかに聖なる力を付与することはできますけど、それはメッキみたいなもので、簡単に効果が切れてしまうんです。本物にはそんなことはありません。それに、聖剣にはそれぞれ固有の力もあるんです。それぞれの独自効果は忘れましたけど、どれもが白の魔素を込めることで折れた刃を再生させられることは有名ですね。」
「それも故郷の教会で習ったのか?」
「はい、教会の神父様がそういう文献を集めるのが趣味で、それを読んでいました。」
「すごいな。」
「ふふ、もっと誉めても良いんですよ?」
「さすが神童だな。」
「もう!」
頬を膨らませ、プンスカ怒るアリシア。
一応、神童って褒め言葉だぞ?
「はい、コテツにアリシア、ゴブリン丼。特別に大盛だよ。」
と、やってきたローズがドン!と丼を俺とアリシアの前に置いた。
ゴブ……リン、だと?
「あいつら……ゴブリンって食えるのか?」
「うん、味は淡白だけど、うちのタレを使えばすっごく美味しくなるんだよ?それにゴブリンは結構よく獲れるから安いの。ま、食べれば分かるよ。召し上がれ。」
「お、おう、ありがとな。」
俺の内心の葛藤を知るはずもなく、ローズはさっさと厨房へ戻っていく。
さて、これが今日一番の難題かもしれんな。
「すぅぅ、はぁぁぁ。」
大きく深呼吸。
勇敢なる戦士達よ……いただきます!
まずはタレのかかっていないゴブリン肉を一口。
……うん、不味くはない。が、おいしくもないな。食感は鶏肉みたいでも、進んで食べようとは思わない。
でも、不味くないだけマシ、か。
今度はタレの付いた肉を食べる。
!?
なんだ、これは!?
ゴブリン肉の淡白さとタレの濃い味わいが絶妙に絡み合い、鶏肉のような食感がそれにしっくりとくる。
この肉をタレの付いてない状態で食べていなかったら、それが元から美味しいものだと心から信じてしまっていたに違いない!
しかし、そこであの生き生きとしたゴブリン達を思い出した。思い出してしまった。
……ぐっ、食いづらい。
美味いから、食いたいんだ。どうすればいい?
結果、俺は思考を放棄し、黙々とゴブリン丼を食べることに専念した。美味いのに……美味いのに!
そしてそうこうしているうちに完食。
ああ、もう少し味わいたかった……。
「コテツ、お代は合わせて6シルバーだ。」
厨房から声。
……あのゴブリン達の命の値段は6シルバーか。それも二人分で。
少し虚しく思いながら、金をローズに渡し、アリシアを連れて部屋に戻った。
今日は肉体的にはもちろん、精神的に物凄く疲れた。
こういう日はさっさと寝るに限る。
いそいそと床に寝そべる。
あ、ヒンヤリしてて気持ちいい……。
「あの、コテツさん。」
「ん、なんだ?」
木の床に寝たまんま、首だけ回してアリシアを見上げる。
「今日はコテツさんが頑張ったので私が床に寝ます。」
「いや、別に良いぞ。」
俺は寝相が結構悪いので、極々たまに(ここ重要。)ベッドから落ちることがある。だからむしろお布団や床の上の方が安心して眠れるまである。
「ダメです。」
「おやすみ。」
アリシアの要請は無視。問答無用で寝る。
一瞬良い匂いを鼻先に感じたが、すぐに意識は吹き飛んだ。
翌朝、目を開けると、すぐそこにアリシアの顔があった。
しばらくそのあどけない寝顔を眺めた後、彼女を起こさないように起き上がった俺は、黒魔法でアリシアをゆっくりと持ち上げ、ベッドに寝かせた。
よしよし、こんな細かい操作もできるぐらい、魔法を使い慣れてきたな。
……そろそろ負荷を増やすかね。
中二装備を展開。
これももう簡単に作って、維持できるようになったし、パーツをいくつかさらに装着して魔力鍛練のレベルを一段階上げることにしよう。
それに、新たに作ってみようと思っていた物がある。
ポケット付きのベルトだ。
これには回復ポーション、という物を入れようと思っている。
ポーションというのは、様々な薬草や魔物の一部を使われた液体の薬で、筋力や魔力の増強から怪我の治療まで様々な種類があるのだそう。
そして回復ポーションは、傷口にかけたり飲んだりすることで怪我を治すことができる物らしい。
ちなみにそれにはゴブリンも使われている……。
ポーションには下級から最上級まであり、階級が上がるごとに値段や効果に天と地ほどの差が出るそう。最上級の回復ポーションともなると、1つ10ゴールドもする代わり、体の先天性の欠損を治せるとか。
何はともあれ、昨日のようにアリシアが何らかの理由でいなかったり、魔法が使えなかったりすると危ないので、ポーションの携帯は必要だろう。
「さてどんな物を買ったものか……安物はいざという時頼りにくいし、高いと目標が遠ざかるからなぁ……。」
……悩み、結論が出る前にベルトが完成した。
色は安定の黒。まあ、そもそも他の色は作れないけれども。
それでもなかなかの出来だと自分でも思う。
「んんっ。」
と、アリシアが起きてきた。
「おはよう。」
「死んじゃ、ダメ……。」
いや、寝返りを打っただけでまだ寝ている。ていうかなんつー夢みてんだ!
早く生き返りたいので、立ち上がり、彼女を揺すって起こしにかかる。
「おーい、起きろー。」
「はっ!」
アリシアは緑の瞳で俺の顔を見るなりガバッと勢い良く抱きついてきた。
勝手に殺されたのは頂けない。が、今回は特別に許してやろう。
「コ、コテツさん。私、何か言いましたか!?」
「いーや、なにも?ほら、ギルドに行くぞ。あんだけ回収したんだ、目標金額50ゴールドまであと少しかもしれない。」
「あ、覚えていてくれたんですね。ありがとうございます。」
「おいおい、当然だろ?それじゃあ俺は先に下で朝飯を食っとくから。」
「分かりました。」
「じゃあ俺を解放してくれ。」
言うと、抱きついていたことを忘れていたのか、アリシアは真っ赤な顔で俺から体を離し、ベッドに潜ってしまった。
心配してくれたことに関してはうれしい限りだ。
朝飯を食べた後、ギルドに向かった。
ちなみに朝飯はただの焼いたパンだった。シンプルながら、朝にはこれがありがたい。
ギルドに近付くほど、色々な装備をした冒険者が多くなってくる。中には大道芸人も真っ青な物を着ている奴もいる。
……一度、この光景をゆっくり眺めるだけでゆっくりと一日を終わらせてみたいものだ。
そんな冒険者達全員が慌てたようにギルドに向かっており、歩いているのは俺達だけとなり、二人して訳も分からず小走りになって進む。
「なんなんだろうな。」
「さあ?ドラゴンでも出たのでしょうか?」
へえ、ドラゴンっているのか。
じゃあアレもいるかな?
「それはないだろう。精々ワイバーン位じゃないか?」
「それならここまで慌てないと思いますよ?」
あ、いるのね。
「大きな群れかな?」
「それならあり得ますね。ワイバーンはランクCからの討伐対象ですから私達とは関係ありませんけど。」
そう話しながらギルドの建物に入った。
やはりギルドの中も前に来た時よりかなり多くの冒険者でごった返していた。
しかし俺達は関係ないからとそのままネルのところへ行く。
「2日ぶりだなおねーさん。」
「あ、おにーさん。君達無事だったんだね。良かった。これでも結構心配してたんだよ?」
「わぁ!ありがとうございます!」
静かだったアリシアが急に大きな声を上げ、俺とネルは同時にビクッと肩を跳ねさせた。
「お、おいアリシア、社交辞令だからな?」
見ろ、接客に慣れてるはずのネルも驚いてるじゃないか。
「え……そうなんですか?」
さっきまでの輝くような元気はどこへやら、アリシアは一気に萎れてネルを上目遣いに見やる。
「え!?あ……そ、そんなこと無いよ!本心だよ!もう!下手な嘘にも程があるよねぇ!?」
こいつ、本心をあっさり曲げやがった!?
そして自然、「嘘なんですか?」とアリシアの目がこちらに向く。
っ!これは!?……なる、ほど、な。
ネルの気持ちは大いに理解できた。この子を悲しませる訳には行かない。
「嘘じゃない、断じて嘘なんかじゃないさ。い、いやぁ、ごめんなネル。もっと冷たい奴だと誤解してたよ。」
「あははー、良いって良いってー。」
結果、お互い白々しい芝居を打ち、この話題を終わらせた。
「それで、婿探しは順調か?」
聞くと、ネルの目が据わった。
「君には関係ないでしょ、全く。……それに、ボクくらいになると相手なんて選び放題なんだよ?今は選んでる途中なだけ。」
関係ないと言いながらささやかな胸を張って強がるあたり、やっぱり結構気にしてはいるらしい。
「途中経過は?」
「まだボクを満足させられるような人はいないね。ボクが結婚したい人はねえ……」
「依頼を完遂したから来たんだ。どうすれば良い?」
「聞こうよ!」
「お前の性癖に興味はない。」
「性癖じゃない!もう、君が言い出したのに。……で、依頼を完遂したって?証明する部位を見せてよ。二人合わせてゴブリンの耳を10個と薬草を10枚だよ?」
「おう、分かってる分かってる……」
頷きながら声を少しだけ潜め、囁く。
「……なあ、神の空間って知ってるか?」
「ボクはこのギルドの花、受付嬢の一人だよ?高位の神官が使える技でしょ?もちろん知ってるよ。」
自分で花とか言うか?普通。美人なのは文句無しで認めるけれども。
「それをな、アリシアが使えるんだ。」
「え!?」
「そんでそこに殺したゴブリンをわんさか入れててな、ここに出せば良いのか?」
そう言った瞬間、花の顔が恐怖かそれに近い感情で真っ青になる。
「待った待ったぁ!そんなものここに出さないで!臭いにおいに限ってなかなか取れないんだから!えっとそうだね……じゃああそこの解体修練場って部屋に持っていって。ボクも事情を説明しておくから。」
ガタリと慌てたように立ち上がり、彼女はそう言うなりカウンターを助走なしで飛び越えてきた。
「鍛えてるのか?」
「逃げるための脚だけはね。ボク、美人だから。」
ふふん、と得意げな笑み。
「捕まえに来た相手に求婚すれば良いじゃないか。成功するぞ、俺が保証する。」
「この!」
と、ネルがいきなり俺の顔に鋭い蹴りを放ち、対する俺は少し屈んでそれをかわした。
「すまんすまん。今のは俺が悪かった。でも本当に逃げるための脚か、これ? 割と鋭い蹴りだぞ?」
「しつこい奴にはそれ相応の対応をしているからね。」
足を下ろし、ネルはふん、と鼻を鳴らした。
「女性にそんな事を言うなんて、メッですよ、コテツさん。」
ついでにアリシアからも叱られた。
「お、おう。」
「次は外さないからね!」
そう言って未だ怒りの収まらぬ様子でネルかずんずん赤いドアへ歩いていき、俺とアリシアはそれを追いかけた。
「はい、ここならいくら汚してても構わないよ。」
ネルの案内してくれた解体修練場というのは、何の調度品もない、床が大きな一枚岩を削ったような物である事以外は何の目新しさもない部屋だった。
「あれ?修練場という割には教官がいないんですね。」
「今、外が忙しいでしょ?それに教官も駆り出されているんだ。だから今回は特別にボクが直々に教えてあげる。泣いて喜んで良いよ?」
周りを見回しながら言うアリシアにネルが鼻高々にそう答える。
「どこに喜べと?」
「え、どこってこんな美女が手取り足取り教えてあげるんだよ?男なら喜んでしかるべきじゃない?」
「いや、生兵法は怪我の元って言葉、知ってるか?」
ネルだけでなくアリシアも首を傾げた。
「半端者に物事を習ったら失敗するって意味だよ。」
「なぁっ!?ボクはギルド職員になる前はトップクラスの斥候だったんだよ!」
心外だ、と怒るネル。
「ちなみにランクは?」
「ふふん、Aだよ。」
聞くと一転、彼女はどんなもんだとドヤ顔を見せてきた。
「なんだ、トップクラスの割りにSじゃないのか。」
「ぐ……うるさいなぁ。Sランクの昇格条件が厳しいんだよ。」
「なんで転職したんだ?」
「とにかく、解体を始めようか!さあ、出した出した。」
大きな声を出して誤魔化し、ネルがパンパンと二度手を叩く。
まぁ、本人が言いたくないのならわざわざ追求なんてすべきじゃないか。
「では、下がってください。」
アリシアが声をかけ、俺とネルは素直に部屋の隅による。
そして空中に穴が開いたかと思うと、
ドドドドドドドド……
と、音をたててゴブリンが落ちてきた。
それらが焼けてしまって原型が崩れている分、余計子供に見えてしまって改めて俺の精神にダメージが入る。
しかしネルとアリシアにそんな様子はなく、俺は努めて平静を保った。
……ドドドドドドドドドド……
「ねぇ。」
「ん?」
ゴブリンから目を離さないまま、ネルに言葉の先を促す。
「これさ、何匹狩ったの?」
「さあ、数えてないな。そういや何匹以上で合格だっけ?」
「一人5匹だよ……。」
「あー、そうだったな。まあ、それ以上は狩ったさ。」
「はぁ……、それは見ればわかるよ。ていうか、こんなのをボクの机に出すつもりだったんだね。」
隣から呆れたようなため息が吐き出される。
ドドドドドドドドドドドドドドド
「そういえば薬草は何本取ってきたの?」
「あ、忘れてた。」
「もう、全く。物忘れするのはおじさんどころかお爺さんだよ?」
世の中のうっかり屋さん達に謝れ。
「でもその薬草ってコイツらのいた村の近くにあったんだろ?これだけゴブリンがいるんだから何匹か持ってるさ。」
燃え尽きていないことを祈ろう。
「そんな薬草の取り方する人なんて初めて見たよ……。いったいどうやってこんなに狩ったの?」
「秘密だ。」
「えぇ……。」
「そうだな、お前が俺達のパーティーに入ったら教えてやるよ。斥候って隠れた敵を探さなきゃいけないだろうし、経験とかがものを言うんだろ?俺達に足りない物だ。それに、おねーさんなら物忘れもしないんだろう?」
さっきは確かにああ言ったけれども、Aランクはかなり優秀な方だと思う。きっと良い戦力になる。
「あはは、なんでAランクのボクがGランクの君達のパーティーに入るのさ?確かに1日でゴブリンをこんなに狩ったのは凄いけど、大方ゴブリンの集団をうまく探し当てて、大規模の強力な魔法を放ったんでしょ。ま、これだけの魔法ならBは夢じゃないと思うけどね。」
「はは、ご明察。」
……ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……
それからしばらく、ゴブリンの落ちる音が修練場に響き渡った。