表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

03

 



 俺は今何をしているのだろう。


 嵐のように火やら水、果てにはレーザーのようなものが飛び交う中、そんな疑問が思い浮かんだ。


「4人のうち2人は姫様の魔法の迎撃!残った2人はそれぞれタクミ様の援護に、隙を見て姫様に攻撃してください!」


 シャルルさんの怒鳴り声に近い指示が城の廊下に響き渡る。

 その指示に従い仲良し4人組は臆することなくそれぞれの役割を果たさんと死力を尽くしている。


 ここは戦場ですか?

 いいえ、お姫様の部屋の前です。


 白雪姫の魔女が鏡に問いかけたように俺も脳内で自分自身に対し問いかける。

 結果としては非常な現実を突きつけられただけだが。

 もしここに鏡があったら叩き割っていたところだが残念ながらここに鏡はない。


「ぬわあああああああっ!?」


 叫ぶ。

 というよりは叫ばずにはいられない。


 確かに俺の考えた作戦は成功した。

 姫様の張った結界は消滅し、強行突破が可能となった。

 けれど、俺達はまだ甘く見過ぎていた。


 たとえ腐っても姫様は大陸一の魔法使いであるということを。


「くっ……抜かりました。まさかあれほどの毒を仕込んだのにも関わらず、ここまでの魔法を行使できるとは。やはり、もっと毒を仕込ませておくべきでしたか……!」

「死ぬ!それ間違いなく死ぬから!」


 あと俺も!


 挙手して猛烈にアピールしたいところだが、生憎とそんな余裕はない。

 今は目の前にまで迫り来る魔法を避けるだけで精一杯だ。

 仲良し4人組が必死で魔法を魔法で迎撃してくれたり防いでくれたりしているが限界がある。

 いくら姫様でも殺すような威力の魔法は使ってないと思いたい……思いたいが、姫様の魔法が壁を貫いたり穿ってる事実を目の当たりにしては当たるわけにはいかない。

 お姫様に殺される勇者とかもはや笑い話にもならない。


「タクミ様!右、ああ次は左……いや右?いえ、やはり左!左に避けてください」

「ど、どどどどっち!?」


 味方からの思わぬ混乱をさせられ、不覚にもその場で立ち止まってしまった。

 当たる。そう思った瞬間、バシュ!と音と共に俺に襲いかからんとした魔法が消えた。

 咄嗟に後ろを振り返ると、先程姫様の部屋に魔法を躊躇いもなくぶつけた恐れを知らない強者。

 4人組の中でも一際小さい子が親指を立てていた。 


「た、助かった!サンキュー!」


 感謝の言葉を伝えると、その小さな魔法使いはコクリと頷いてから再び魔法を迎撃する態勢に戻った。 

 なにあの子。 

 やたら格好いいんだけど。


 きっとあのローブの下は将来有望ないイケメンショタフェイスに違いない。

 ……あれ、そう思うと感謝の気持ちが若干薄れてきたな。


「タクミ様、早く扉を!」


 シャルルさんの叫びで思考の世界から現実に帰る。

 皆が必死に動いてるんだ。

 俺も自分の役割を果たさなければ…………あれ?


「……シャルルさん」

「はい?」

「シャルルさんは何してるんですか?」

「…………」


 姫様との激しい戦闘……戦闘?

 まあ、もう戦闘でいいとして、俺の質問に沈黙するシャルルさん。

 周りを見渡せば声はすぐ傍にいるかのように聞こえるのに姿はまるで見当たらない。


「私はアレ、アレですよ。後方指揮官というヤツです。全体の戦況を把握するために離れているだけで、決して一人安全地帯で楽しんでるわけではありません」

「ちょっとーーー!?」

「そもそもメイド相手に戦闘面で期待しないでください」


 ごもっともな意見だ。

 けれど納得出来ないのは俺だけか。


「あーー、もう、くそっ!」


 煮え切らない気持ちを無理に爆発させて、加速する。

 4人組の援護もあったおかげか、飛び交う弾幕の隙間をなんとかくぐり抜け、ようやく姫様の部屋の扉に手が届いた。


「よしっ!」


 ガッツポーズしたい気持ちを堪え、急いでドアノブに手を伸ばす。

 そのまま力任せに扉を開け……開け……開かない!


「うぐっ……ぐぎぎ」


 扉の向こうから化け物の呻き声のような声が漏れてくる。

 当然、中にいるのは化け物ではなく姫様なので、必然的にこの声は姫様なのだが……とてもお姫様が出す声だとは思えない。

 いつだって理想は理想でしかないという事実を、今この状況で思い知らされた気分だ。


「おまっ!いい加減諦めて部屋から出てきやがれ……!」

「い、嫌よ……!わた、私は、勇者様が迎えに来るまでは絶対に出ないんだから……!」

「毒を盛られて魔法を行使するだけでなく、身体を動かせるなんて……一体いつから姫様は人間辞めたんでしょうか」

「アンタ余裕そうっスね!?」


 若干のデジャヴ。

 前回と同じような状況だが、けれども今回は前回とは決定的に違うところがある。

 

 それは二つ。

 一つは今回は頼もしい仲間がいること。

 そして、もう一つは何より姫様のコンディションが最悪であることだ。


 おそらく今回が姫様を部屋から出す最後のチャンス。

 また同じように毒を仕込んでも、流石の姫様でも『厨房の料理=毒入り』ということは学習しているはず。

 姫様が象並の感覚を持っているとは思えないが、これからはもう城の料理に手を出すことはないだろう。 

 きっと他の場所から盗み出すに違いない。


 そうなられては、もう毒は仕込みようがないし、これ以上の作戦は思いつかない。


 だからこそ、今回で決着を着けなければならない。 


「いい加減に気付けよ……っ!姫様はフラれた、フラれたの!あれですか、部屋に引きこもって『つらたん……りすかだょぅ……』とでもやりたいんですかーー!?」

「うわああああああっ!?よく分からないけど馬鹿にされた気がする!しかも、に、2回もフラれたって言った!フラれてないもの!ただ今はお互いの気持ちがすれ違ってるだけだもの!」

「……あの、シャルル様。我々はどうすれば……」

「タクミ様に任せましょう。ここからは我慢比べのようなものです。気づいてからでは遅いですので、お茶でも淹れてきましょうか」


 いや手伝えよ!


 俺の心からのソウルツッコミが念波となって届いたのか、シャルルさんは「それもそうですね」と今その事に気づいたかのように言った。

 その声が聞こえてから俺の横に突然に現れたシャルルさん。

 わずか数㎝としか開いてない扉の隙間に、自身の細い指を入れる。

 それを見た4人組も駆け足で近づき、それぞれ思い思いの場所を掴んで扉を引く。

 

 姫様はもう限界なのか、それとも俺を相手にしているせいで余裕がないのかはわからないが、先程まで俺達を襲っていた魔法の嵐は止んでいる。

 

 まさに好機。

 

 いくら姫様が大陸一の魔法使いといえど、単純な力比べならこちらが有利…………いや、まあ、俺一人だと姫様相手に互角なのは男として情けなくなるけどさ。


 と、とにかく、力比べである上、こちらは計6人。

 この状況ならば、まさに圧倒的な戦力差といっても過言じゃない。

 おかげで戦況は動いた。

 先程まで僅か数㎝程度しか開けれなかった扉も徐々に隙間を広げていく。

 6人ががりでも徐々にしか開けないほどの抵抗を見せる姫様には改めて驚かされる。

 ここにきて姫様=ゴリラ説が浮上してきた。

 ……いやいや、流石にそれだけはない。


 どれだけ性格に難があろうとも、お姫様は美少女or美女って言うのはお約束なんだ!


 半ば無理矢理に近い形で俺は俺自身を奮い立たせる。


「燃えろ……燃えるんだ俺の中の何か!」

 

 もし俺がアニメの主人公なら、ここで胸熱な挿入歌が流れるんだろうが、生憎そんな気の利いた演出はない。

 

「い、いやっ……!」


 ーーー勝った。

 もはや勝利を確信し、姫様の姿をあと少しでようやく拝めるといった所まで扉が開いた瞬間、今までとは比べものにならないほどの悲痛な叫び声が響いた。


「嫌よ!勇者様は絶対に私を迎えにくるの!だって、ずっと……ずっと共にいるって私に誓ってくれたんだもの!」

「…………っ」


 それは、あまりにも純粋な少女の叫び。

 一人の男性を一途に愛し、たとえ月日が経とうが冷めることのなかった想い。

 自分はフラれたんだと諦めたほうが楽だったのかもしれない。

 昔の男だと割り切り、忘れたほうが幸せだったのかもしれない。


 けれど、姫様は諦めることも忘れることもなかった。

 


 ……でも俺は。

 いや、だからこそ俺は納得出来なかった。


「違う……違うだろ!毎日毎日待ち続けても相手は来ないんだ!」

「な、なによ!?何も知らないアナタに何が分かるの!?」

「分かるかアホッ!」 

「あ、アホ!?」

「本当に相手の事を想ってるなら自分から会いに行けよ!引きこもってるだけじゃ何も変わらないんただよ!」

「っ!?」


 一瞬だけ姫様の力が弱まった。

 俺の言葉に思うところがあったのか、それは分からないけど、開けるなら今だ。


「会いに行くってならきっと王様やシャルルさん達皆は協力してくれる!俺だって協力してやる!」

「…………」

「だから!だから部屋から出てこ……おわっ!?」


 今まで拮抗していたパワーバランスが突然に傾いた。

 急に勢いよく扉が開いたため俺達6人は尻から倒れこんでしまった。

 いや、シャルルさん1人だけが危険を事前に察知したのか、扉から離れ一人涼しい顔をしてる。

 ……もう何も言うまい。 


「やりましたね、タクミ様」

「そ、そうだ。扉が……!」


 俺は慌てて部屋の中に入る……ことは出来なかった。


「その言葉……信じていいの?」


 それは見るからにも酷い光景だった。

 脱ぎ散らかされた服に、食いかけの料理。

 何かよく分からないものまでが部屋に無造作に置かれ、まさにこれは、そうーーーー堕落した中年男性のような部屋だった。

 元の世界なら、これだけで特番が組めるぐらい。


 そのゴミの中心にいるのは……間違いない。

 きっと彼女が姫様だ。


 上下が灰色のスウェットのようなもの。

 髪は引きこもっていた間手入れをしなかったのか、前髪は顔を隠し、後ろ髪は床にまで届きそうだ。

 おまけに艶がない。


 しかし、シワやシミ一つない白い肌は思わずぷにぃと触りたくなる魅力が……っていうかオイ。 

 最初は気のせいかなとか、遠近法的な何かかなと思ったんだが、これは確実にーー


「……太ってね?」

「ふんっ!」


 瞬間、俺の意識は途絶えた。




◆◆◆





「んっ……んんっ」

「お目覚めみたいですね」

「……シャルルさん?」 

「はい」


 目を開けてみると、視界には天井………ではなくシャルルさんの顔。

 穏やかな表情を浮かべているシャルルさんは本当に整った顔をしてるなあと不意に思ったが、おかしい点に気づいた。


「……あの、何してるんですか?」


 寝転んで上を向いているのに、シャルルさんを下から見上げるこの角度。

 後頭部には何やら柔らかい感触。

 

「ご存知ないですか?これは膝枕です」

「いや、膝枕は知ってますけど……」 


 何故に膝枕をするような状況に?

 あれか、ご褒美的な何かか?


「姫様に吹き飛ばされた時に頭を強く打ったのです。動かすのも危険と判断しましたので、このような方法をとらせていただきました」


 今だけは素直に言おう。

 姫様、GJ。

 

 ただ、こうして下から眺めると、シャルルさんって胸がさながら絶壁の如くなー


「えいっ」

「痛たああああああ!?」

「あら、失礼。邪な気を感じましたので、つい」


 言葉に出したわけでもないのに唐突に膝枕を解かれ、額を手で押さえながらそのまま床に叩きつけられた。

 頭を強く打ったとか、動かすのは危険とか言ったくせに、何の躊躇いもなく人の頭を床に叩きつけたぞこのメイド……!


「って、そう!姫様、姫様は!?部屋から出せたんですか!?」

「……はい。ですが少々問題が発生しまして……」


 問題?

 ……何だろう。何故か心当たりがあるんだけど、それを思い出そうとすると頭がズキズキする。


「説明するよりも実際に見てもらった方が早いでしょう。姫様は今、玉座の間で陛下とお話をなさってますので」


 そう言うと、俺の身体を支えて立ち上がらせてくれた。

 立って少し動いて身体の調子を確認するが、特に問題はない。

 強いて言うなら後頭が痛むが、まあ大丈夫。

 

 それでは、とシャルルさんは俺の前を先導するように歩き出す。

 着いていき、しばらく歩く。



「お、おお……!ワシの可愛い姫。目に入れても痛くな……いや、流石にそれでは入れるのは無理だけども」


 玉座の間までたどり着くと、聞こえくる王様の声。

 数年ぶりの娘との再会。

 つもる話もあるのだろう。


「……そんな微笑ましいものでしたら良かったのですが」


 ポツリと呟かれたシャルルさんの一言は、非常に嫌な予感がした。

 見るな。

 俺の本能がそう警告している気がしたが、姫様の姿を拝めるという興味心に負けて俺は部屋に足を踏み入れたーーーー否。踏み入れてしまった。


「相変わらず親として自慢の美貌……は見る影もないな」

「よし、お父様。そこ動かないでくださいね。今すぐにお父様を物理的に隠居させるので」


 ……何かいた。

 具体的には長い金髪に、いかにもお姫様が着ていそうなドレス。

 そのドレスが若干帯タイトというか、ぴっちりというか、キツめのような…… 。

 おそらくあの体型から判断して十代の女性の平均体重を少し上回っている。


 あれだ、学校のクラスに必ずいるであろう中堅どころの体型。

 大御所には及ばないが、クラスメートには間違いなくからかわれる感じの。


 ……もう遠まわしに言うのは止めよう。


 





 なんかぽっちゃりしてる。





「……あの、もしかしてあれが」

「……はい。恥ずかしながら、あれが我が国の姫。大陸一の魔法使いと呼ばれるティアラ様です」


 ……名前だけは実にお姫様らしい名前だ。

 名前だけ、名前だけは。


「マジか……。あんな魔王に世界を滅ぼされても一人たくましく生き続けてそうな体型が……」

「ええ……以前とはだいぶサイズが違いますが、微かに面影があります。きっと魔法使いから重戦士にジョブチェンジした弊害でしょう」

「聞こえてるわよ……!」


 頑張って目の間の現実を受け止めようとしていたところ、俺達の話が聞こえたのか額に青筋を立てて振り返る姫様。

 ……うん、睫毛とか長いし、きっと痩せれば可愛く綺麗になるんだろうなと思える顔だ。

 というか、そう思わないと現実を受け入れられそうにない。

 磨けば光る……というより、削ればよくなるはず。

 遠くから目を細めて頭をシェイクしながら見ればきっと……!


「……あれ?貴女、キサラ……キサラよね?」


 う、うん? 

 

 何だか姫様がシャルルさんを見て、目を見開いた。

 それはまるで旧知の間柄の相手に再会したかのような反応。

 シャルルさんは城で働いている人だし、本人も引きこもる前の姫様を知ってるようだった。

 なら旧知の間柄であるのは当たり前であるわけなのだが、

そうなると姫様が驚く意味が分からない。


「うわあ……魔法越しで見たときはよく似た他人かと思ったけど、こうして直接見ると間違いなくキサラじゃない。というより、なに?なんでキサラがメイドの格好なんかしているのよ?」


 先程から姫様が使ってる『キサラ』という名称はシャルルさんに対して。これは間違い。

 ならアレか?

 シャルルさんの本名がシャルル・キサラとかキサラ・シャルルってことか?

 両方ともファーストネームに聞こえるけど、ここは異世界だ。

 前の世界の常識はあてにならない。

 もしかしたらこの世界では田中って苗字は名前なのかもしれないし。

 ……いや、流石に田中って奴はいないだろうけどさ。


「……姫様、何を勘違いを?私はそのような野蛮そうな名前の人物ではありません。私の名はシャルルです。以後、よろしくお願いいたします」

「はいっ?どう見たって貴女はキサラじゃない。それに何よ、そんな気持ち悪い喋り方。キサラには似合わな…………はっ!貴女、まさか勇者様に言われた事を気にしてーー」

「姫様、あんまり勘違いが過ぎると身ぐるみ剥いでドラゴンの巣にぶち込みますよ?」

「さ、さーせん」


 非常に気になる会話をしていたようだが、背中からでも伝わるシャルルさんの圧力。

 それを正面から受け止めた姫様は謝るしかないだろう。

 相変わらずアンタ立場分かってんのかとツッコミたくなる光景だが、姫様が何も言わないあたり、どうやらシャルルさんは特別のようだ。


 俺には分からないが、先程姫様が言った「キサラ」という名前が関係しているのではないだろうか。

 

 詳しくは訊かない。

 何故かって?

 藪蛇と分かっていて突っつく馬鹿がどこにいるっつー話だよ。


「……で、アンタが勇者様の代わり新しい勇者ってわけね」

「ん?あー、まあ、そうらしいです」


 逃げるようにシャルルさんに背を向けた姫様は今度は会話の矛先を俺に向けた。

 どうでもいいけど勇者の代わりの勇者って何かややこしいな。


「いい?私はアンタが勇者様の代わりだなんて認めないんだからね!」


 漫画ならビシィッ!という擬音がコマに大々的に書かれそうなほど鋭い指差し。

 …………えーっと。

 急過ぎて理解が追いつかないけど、今、俺、姫様にツンでられた?

 だとしたら次はデレられるんだろうか。


 まあ、あえて一言言わせてもらうなら……


「俺もタックルだけて魔王を殺せそうなボディの持ち主を姫様だなんて認めない……というより認めたくないです」

「今すぐ発言を撤回しないと牢にぶち込むわよアンタ……!」

「ごめんなさい。超豊満なダイナマイトボディっす」

「悪意しか感じないんだけど!?」


 流石にからかい過ぎたかと心配になり、王様とシャルルさんに視線を送ると、王様は何故か微笑ましそうな顔でこちらを見、シャルルさんはいい笑顔で親指を立てている。

 姫様アウェー過ぎてワロタ。


「とにかく!私はアンタを勇者として認めない。けど、約束は守ってもらうからね!」

「約束?」

 

 なんだ約束って。

 顔を合わせたのもつい先程だというのに、そんな姫様と約束を交わした覚えはな…………あっ。


「その顔を見るに思い出したようね」


 ニヤリと悪い笑みを浮かべる姫様。

 

 その時は無我夢中だったために忘れていたが……確かに約束した。

 勇者様が来るのを待っているんじゃなくて、自分から会いに行け。俺も協力してやるから的な事を。


「いや、それはそうですけど、なんとゆーか……」

「なによ」

「フられた相手に会いにいったとこで傷が悪化しちゃうしか思えないんですけど」


 彼女がいない状況ならまだしも、今先代の勇者様には魔王様という立派な(?)身分相応のお相手がいる。

 その状況で昔フった女が現れたところで何になる。

 むしろ重い。色んな意味で。


「……いいえ、違うのよ。勇者様は騙されているのよ」

「…………は?」

「きっと勇者様はあの性悪のビ〇チな女の魔王に何らかの術をかけられて操られてるのよ。だって勇者様は私にずっと共にいるって誓ってくれたんだもの。そんな勇者様が私を置いてきぼりにするわけがないわ」

「…………」


 これはあれか。

 現実逃避というやつか。

 ようやくヒッキーというステップから前に進んだと思ったのに。


「……一応訊きますけど、本当にその先代の勇者様は姫様に一緒にいるって誓ったんすか?」


 事実であるなら姫様の考えもなくはないんだろうけれども……


「ええ。多少ニュアンスは違うけれど意味合いは間違ってないはずよ」

「なら正確にはなんて言われたんすか?」


 俺がそう尋ねると、姫様はその時の事を思い出したのか、少し頬を紅く染めてどこか照れ臭そうに。それでいて自慢げな表情で言った。




「『僕と姫は……ずっともだよ』って!」





 ……………………えっ。


「ひ、姫様?『ずっとも』の意味わかってます?」

「聞いた覚えがないから多分勇者様の世界の言葉だったんでしょうね。それでもシチュエーション敵に考えて『ずっとも』の意味はーー」

「い、意味は?」

「ずっと共にいる(ドヤッ」


 かっけぇ!?

 もう全く違う意味になってるけど!


 ……正直、姫様に本当の意味を伝えるのは心苦しいのだが、いつまでも勘違いの夢を見させるのは酷だしな。

 よし。


「……姫様。それ意味違います」

「えっ、違うの?それじゃあアレかしら。『ずっと共にいよう』とか『ずっと燃えるような恋をしよう』とかかしら」


 それも違う。


「……………………、です」

「なに?聞こえないわよ」










「ずっと友達だよ、です」

「っ!?」


 その日、姫様はまた部屋に引きこもった。

完結ったら完結です

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ