02
ここは俺のために用意された部屋。
そこで俺とシャルルさんはテーブルを挟んで向かい合うように座っている。
年頃の男性の部屋に見た目麗しい女性の二人きりの状況。
この状況をもし第三者が見たのなら色っぽい展開を期待するかもしれないが、生憎な事にそんな俺得な状況ではない。
「失敗してしまいましたか」
「むしろ、あの作戦自体が失敗だった気がするんですけど」
今ここで行われているのは反省会兼作戦会議。
そう、つい先程実行された『白馬の王子様』作戦は失敗に終わった。
あの鼻でしか笑われなさそうな服装をした俺は姫様との言い争いの中どさくさに紛れて扉に突撃。
しかし、次の瞬間、身体に衝撃が襲ったと思ったらいつの間にか俺は床と熱いベーゼを交わしていた。
なに、慌てることはない。
これは予想範囲内だ。
何故なら光景はここ一週間で何度も繰り返された光景だ。
そのため、慣れたのかシャルルさんや周りの兵士達も動じていない。 ただちょっとは心配しろよアンタら。
「ここまで手応えがないとは……正直予想外でした」
「俺としては異世界に来て初のキスが床だったことが予想外過ぎて泣きそうなんだけど。キスの味は甘酸っぱいレモン味って聞いたのに冷たい感触しかしなくて絶望したんだけど」
「それは失礼しました。でしたら近いうちに城の床にレモンの汁を絞るよう手放しておきます」
「そういう問題じゃねーよ」
いかん、つい素で突っ込んでしまった。
今回の一件で俺の中のシャルルさん=常識人という認識は俺の中で音を立てて崩れた。
百歩譲っても常識人の前に「非」の文字が入る。
引きこもりな姫に考えが浅はかな国王。それに加えて非常識な従者。
もうこの国は駄目なんじゃないだろうか。
「それどころか、まさか今以上に姫様の抵抗が激しくなってしまうとは……」
アンタのせいだろ、と思わず口から滑りかけたが、作戦を聞かされた時点で強く反対しなかった俺が悪いんだ。
シャルルさんという人物を勘違いしていた俺が悪いんだ。
シャルルさんへの認識を改めたのはいいのだが、ここで新たな問題が発生した。
シャルルさんが言ったとおり、今回の作戦のおかけで姫様の抵抗が悪化したのだ。
まあ、気持ちは分からなくもない。
実行した俺の言う台詞ではないが、あんなんで出てこいと言われたら余計出たくなくなる。むしろ出てきたら引くわ。
「もう打つ手はないんじゃないですか?」
「そうですね……今まで実行した『イケメン大集合。ポロリもあるよ』作戦や『上は洪水、下は大火事』作戦もまるで効果がありませんでしたし……」
なにそれ、後者に関してはすげー気になる。
前者?名前だけで大体理解したんで大丈夫です。
「姫様のいる部屋に何かしようとも全て魔法で無効化されてしまいます。ですが、直接的ではなく間接的に干渉すればあるいは……ということで考案されたのが『上は洪水、下は大火事』作戦です」
「ぐ、具体的には?」
「まず姫様の部屋は城の最上階でしたので、大雨を装い、魔法で大量の水を発生させ雨漏りさせて部屋から追い出そうとしました。ただ、それだけではあの姫様は出てこないと思いましたので、下の部屋から天井の、つまりは姫様の部屋の床に向かって火の魔法で炙ろうとーー」
「もう聞きたくない!」
そこだけ聞くともう新手の拷問の類にしか聞こえない。
この城の奴ら、特にシャルルさんは姫様に何か恨みでもあるのか。
「ただ残念な事に後一歩の所で姫様が部屋全体に高位の結界を張ったため、作戦は失敗に終わってしまいましたが……」
「その残念ってのは作戦が失敗したことに対しての残念ですよね!決して姫様を溺死もしくは焼死させられなかったことに対してじゃないですよね!?」
「ふふ」
「微笑みやがった!?」
この人、実はメイドを装った刺客なんじゃないのか?
「さて、冗談はここまでにして、そろそろ本格的に次の作戦を考えましょう」
「じょ、冗談だったんですか?」
「既に身を持って体験して頂きましたが、姫様の部屋はもはや一種の砦……いえ、要塞と呼んでも過言ではありません」
シャルルさんのスルースキルが発動!
俺は精神的に15のダメージを受けた!
と、まあ俺も悪ふざけは止めて真面目に考えよう。
「兵を駆使して攻め落とそうにも魔法で迎撃され、部屋に忍び込もうにも結界に忍び込んだ瞬間感知されてしまいます。兵糧攻めを狙おうにも姫様は自由に兵糧を手に入れる事が出来ます」
……あれ、改めて状況を確認すると無理ゲー過ぎないかこれ?
誰か諸葛亮的な軍師でも呼ばない限り攻略できない気がするんですけど。
というか攻め落とすとか物騒なこと言ってますけど相手は貴女の主だからね?そこんとこ理解してるんだろうか、このメイドさん。
「「…………」」
沈黙が生まれる中、俺とシャルルさんは互いに見つめ合う。
見つめ合うといっても互いに「何か案をだしていただけませんか至急に」「いやいや、ここは姫様の従者であるシャルルさんが」と牽制しているだけなのだが。
まだ知り合って間もないというのに、シャルルさんのような美女と目で訴えるだけで意思疎通が可能とか相性いいんじゃね?と本来なら喜ぶべきなんだろうが…………何だろう。状況が状況なだけに全然喜べない。
「……ふぅ。これ以上考えても進展はなさそうなので一旦休憩にしましょう。そろそろ厨房の者が食事を運んでくるでしょうし」
「……そーですね」
肩から力が抜け、くたーと椅子に寄りかかる俺。
それに対し、シャルルさんはまるで疲れた表情を見せずに立ち上がり、作戦会議で散らかってしまったテーブルを綺麗にしていく。
こういうところを見せられると、本当に出来たメイドさんだと思うが、ある程度シャルルさんの性格が分かった今となっては素直に尊敬出来ない。
ボーッとシャルルさんの動きを見ていると、扉を控えめにノックされた。
シャルルさんが「どうしますか?」と俺に伺ってきたので、俺は「どうぞ」と扉の向こうの来客に伝える。
ギィ、と音と共に中に入ってきたのほコック帽を被った見た目30歳ほどの男性。
名前までは知らないが、この人はいつも俺の部屋まで料理を運んでくれている人だ。
ただ、今日に限っては料理は見当たらなく、何故か手ぶらのようだ。
「どうかなさいましたか?」
「じ、実は……」
部屋に入ったのに何時まで経っても話を切り出さない男性に痺れを切らしたのか、シャルルさんから尋ねた。
男性はどこか言いにくなさそうな素振りをみせ、ゆっくりと口を開いた。
「勇者様のお食事にと作っていたミートパイが……その、目を離した一瞬に調理場から消えてしまいまして……」
「……………………はあ」
額を抑えての、心の底から呆れたような溜め息だった。
「お気になさらず。おそらく、いえ、確実に姫様の仕業でしょうから。ただタクミ様に一食我慢していただくのは忍びないので、この際腐ったものでもいいので何か持ってきて頂けますか?」
「は、はい」
「腐ったのはちょっと」
きちんとお辞儀をしてから部屋を出てった男性。
それを見送った俺達の間には先程よりもやるせない沈黙が流れた。
「……そういうわけでタクミ様、食事はもうしばらくお待ちを」
「……ノープログレムですよ、ええ」
まさか本当に腐ったのを持ってきたりはしないよな?
にしても部屋から出ることなく、よくここまで外の人間に迷惑をかけれるものだ、あの姫様は。
それとも何か?
異世界の引きこもりは量より質的な感じで元の世界に比べて数は少ないが、その分スペックが高いのかもしれない。
確かに姫様は、一国のお姫様で大陸一の魔法使い。
異世界の姫=美少女というのはお約束中のお約束なので、性格に難があっても目が奪われるようなルックスに違いない。
王様の髪は生まれつきという可能性も無いわけではないのだが、おそらくは老化による白髪。
そうなると姫様の髪が何色かは分からないが、個人的な希望を言えば金髪。
高飛車な性格の姫は大抵が金髪。
これ世界は違えど常識。
異論は認める。俺の絶対な説を論破出来る者がいるならの話だが!
……思考が大幅に逸れた。
要するに姫様はルックスもいいはず。
そう仮定すると、誰もが羨み憧れる女性の完成だ。
引きこもりだけど。
まあ、もし姫様が姫じゃなく、魔法も使えないでルックスも悪いのに引きこもっていたら救いようがないのだが。
「全く……常に遠見の魔法を使っているわけでもないのに、好物の品が作られた日の姫様の盗みの早さには感服させられますね。いっそのこと姫という肩書きではなく、盗賊とにでも変えたらいいですのに」
い、いつもよりもシャルルさんの吐く毒が強いような気がする。
それに、心なしか機嫌が悪くなっているような……。
「しゃ、シャルルさん?」
「なにか?」
「もしかしなくても怒ってます……?」
「……ふふ」
俺がそう尋ねると、シャルルさんは何かが壊れてしまったと錯覚させるような歪な笑みを浮かべた。
……俺は地雷を踏んでしまったかもしれない。
「本当に誰かに迷惑を掛けるのが得意なお姫様ですね。国の貯蓄をただ貪るだけでは飽きたらず、人の楽しみまで奪うとは。ああいった駄目な人を……そう、確か『みーと』と呼ぶんでしたっけ」
「惜しいけど違う!」
というか、今の発言は確実にアウトでしょ。
なんでこんなアウトな人をメイドとして雇っているのか謎でしょうがない。
「にしても、シャルルさんがそうなるほど料理長のミートパイは美味いんですか?」
「城の食堂は星にして文句なしの三ツ星です。中でもミートパイは絶品なのです」
即答だった。
シャルルさんも姫様も余程そのミートパイが好きなのだろう。
ていうか、ミシュ○ンかよ。
「……………………あっ」
「どうかなさいましたか?」
天啓。
そう言っても過言ではないアイデアが唐突に閃いた。
これなら上手くいきそうな気がするが……その、なんだ。
道徳的に少々問題があるような……。
「……そのご様子ですと、何か策が思い浮かんだのですね?」
「え、ええ。ただちょっと……」
話すべきか悩む俺を、シャルルさんは優しく諭すようにして言った。
「タクミ様。タクミ様の使命は最早依頼ランクにしたらSランクでしょう。その超難関な使命を果たすためでしたら、どんな策であろうと陛下もご納得していただけるはずです。それは勿論私も」
「シャルルさん……」
それは合法的に姫様相手に何をしても責任に問わないという解釈でいい…………い、いや。
そんな責任に問われるような事をしようなんては考えてないからね?ホントだよ?
「じゃ、じゃあ……」
そこまで言われたのなら話さないわけにはいかない。
他に人がいるわけでも、誰かに盗み聞きされているわけでもないが、なんとなく普通に話すのは躊躇われたので、俺は内緒話をするかのようにシャルルさんに耳打ちする。
「…………………………は?」
俺の話を聞いたシャルルさんが、長い間を空けてからようやく反応したと思ったら、そのまま目を見開いて俺を見つめる。
その顔は鳩が豆鉄砲どころか火縄銃をくらったようで……って、それは驚く暇なく死ぬな。
やっぱり豆鉄砲にしておこう。
「……まともな人ってもう絶滅してしまったのかもしれませんね」
なんだか酷い言われようだ。
「ですが、成功する可能性は高いと思います。さっそく手配させましょう」
「頼みます」
「ええ。とっておきの『ミートパイ』を作るよう手配させますよ」
そう言ってシャルルさんは準備に取りかかるために部屋から出てく。
その去り際に見えたシャルルさんの横顔が楽しそうに見えたのは…………うん、俺の気のせいだと信じたい。
◆◆◆
あれから数時間。
既に日は落ち、窓から見える景色は闇に染まっている。
城内に静けさが漂う中、姫様の部屋の前には選ばへし精鋭が集っていた。
俺、シャルルさん。それにお揃いの黒ローブをした仲良し4人組。
……どことなく不安なメンバーに思えるのは俺だけだろうか。
しかしながら、この仲良し4人組はシャルルさんに「それぞれが城で姫様に次ぐ魔法使い。4人集まれば姫様に匹敵する可能性も無きに等しからず。万が一、億が一。奇跡が起きれば届くかもしれない」と言わせるほど。
……うん、それって遠回しにないってことなんじゃないかな。
それでも、まあ王様の傍に控えていたあたり、それなりに凄い人達なのだろうけど。
「タクミ様の策が成功していれば、姫様の部屋の結界は弱小、あるいは消滅しているはずです。今なら強行突破も可能でしょう」
魔法が使えない俺には関係のない話だが、姫様の部屋には自分以外の魔法を無効化する結界が張られていたそうだ。
そのため転移魔法で侵入したり、部屋を破壊しようと魔法を放っても意味がない。
俺みたいに身体一つで突撃しても魔法で迎撃されると強行突破は不可能とされていた。
では、何故今その不可能とされた強行突破をしているか?
答えは簡単。
強行突破が、可能となったからだ。
「まずは本当に結界が弱まったか確かめましょう。まずは……そうですね。手始めに『インフェルノ』の魔法でも」
「取り返しのつかない威力の魔法に聞こえるんだけど!?結界が消滅してたら直撃だからね!?」
「冗談です。被害がないようここは『ウォーターボール』にしときましょう」
「んっ」
4人組の中から一際背の低い者が一歩前に出る。
身長からしてまだ子供だとは思うが、残念なことに相変わらずフードを被っているため顔が分からない。
その子供だかよく分からない黒ローブが、手にバスケットボール程の水の塊をどこからともなく出現させた。
どうやらあれが『ウォーターボール』と呼ばれる魔法らしい。
こうしてまともに見た魔法はこれが始めてたのに、名前だけである程度予想出来たので大して感動がない。
なんかがっかり。
その水の塊が黒ローブの手から真っ直ぐ姫様の部屋に向かって放たれた。
一瞬の緊迫と共に、水の塊は姫様の部屋の扉にーーーー着弾した。
バケツの中の水を思い切り叩きつけたような音が響く。
それと同時に4人組から歓声が挙がった。
「成功です」
シャルルさんの声も心なしか普段より嬉しそうに聞こえる。
さて、ここで何故強行突破が可能となったか疑問に思うだろう。
現に俺の策を知らない仲良し4人組はどうして魔法が無効化されなかったか不思議に思っているだろう。
策の内容を知ってるのは俺とシャルルさん。
それに料理長だけだ。
姫様はミートパイが作られたら、ほぼ確実に転移魔法を使って盗む。
なら、話は簡単だ。
盛ればいいじゃないか。
Q.何を?
A.毒を。
古今東西、魔法を使うには術者の精神力や集中力が重要ってのがセオリー。
このセオリーはこの世界にも当てはまった。
これはシャルルさんにも確認済みだ。
なら術者である姫様の精神力や集中力を乱してしまえばいい。
姫様もまさか城の人間が自分に毒を盛るとは思わないだろう。
それが俺の考えた策だ。
当たり前だが致死性の毒はない。
だいたいが麻痺を起こすものや高熱を引き起こすもの。
後は強烈な腹痛が襲うといった類の毒しか仕込んでいない。
……毒は一つでよかったんだけどなあ。
俺では策を考えることは出来ても準備などの問題で実行出来なかったので、シャルルさんに任せたのだが……任せた結果がこれだよ。
この策を伝えた時は信じられないといった表情をしたくせに、期待以上の働きをするとは。
シャルルさん、まじシャルルさん。
「では」
シャルルさんは俺に確認を取るかのようにして視線を向ける。
俺はその視線に答え、ゆっくりと首を縦に振り構える。
「突撃――――っ!!」
今更ながら、これお姫様を部屋から出すだけの話なんですよね?
色々と伏線を匂わせながらも次話で完結です(えっ