01
あれは1週間ほど前の事だ。
自室で寝ていたはずの俺を突然の衝撃が襲った。
怒り狂った母にたたき起こされた以上の衝撃から、緊急事態だと判断し、慌てて目を開けたんだが……そこは俺の部屋ではなかった。
好きなアイドルのポスターやカレンダーなどと趣味全開のコーディネートがされた壁は、ひびが入った石の壁に。
少しでも物が散乱すると足の踏み場がなくなってしまうはずの部屋には黒いロープにフードをすっぽりと被ったお揃いのファッションをした仲良しさんが4人。
そして、その4人の中心には中世のヨーロッパの貴族にいそうな服装をしたふくよかなオッサンがいた。
「おお……成功……成功だ!勇者の召喚に成功だ!」
そのオッサンは熱い視線で俺を見つめて、いかにも感極まったという表情を浮かべている。
更に、オッサンの横に控えている仲良し4人組は何故か両手でハイタッチをしている。
その言葉で聡明な俺は気付いた。
ここは異世界なのだと。
だって、そうじゃないか。
目が覚めたら見知らぬ部屋+怪しい人達。そして「勇者」と「召喚」という言葉。
これらの要素を踏まえ、導き出される答えは、ここが異世界であるということ。
ドッキリという可能性も少なからずあるかもしれないが、俺にこんな手の込んだドッキリを仕掛ける意味がないし、仕掛けるような奴にも心当たりがない。
すぐにこんな発想に思い至るとか頭おかしいだろ、と自分でも少し思わなくもないが、ファンタジー好きなら「突然異世界に~」のようなシチュエーションは一度は妄想するものだ。
痛々しいかもしれないが、そんなシチュエーションを俺が気付かないわけがない。
今まで多くの異世界召喚系の小説を読んできた俺の経験からして、次の瞬間にも目の前のオッサン――きっと国王であろうオッサンが「勇者よ、よくぞ我が召喚に応じた」的な事か「頼む……この大陸を救ってくれ……!」的なことを言うに違いない。
だが、オッサンが俺に告げた一言は俺の全てを裏切った。
「頼む……!姫を……ワシの姫を部屋から出してくれ!!」
「……………………は?」
◆◆◆
「王様ー、今日もダメでしたー」
俺は無駄に大きい扉を開き、玉座の間と呼ばれている部屋に入る。
最初は入るたびに緊張したものだが、今では何の躊躇いもなくこの部屋に入れるようになった。
結論を言ってしまうと、俺が召喚されたときにいたふくよかな国王的なオッサンは本当に国王であり、ここは本当に異世界だった。
「……今日も、か」
俺の報告を聞いて見るからに落ち込む王様。
額に手を当てて溜息を吐く姿を目の前で見せられと何故か俺が申し訳なくなってくる。
「……いや、そなたはよくやってくれている。むしろ、こちらの問題に無理矢理巻き込まれたというのにここまで協力的なそなたには感謝しきれない」
あの時、王様に言われたことも嘘でも冗談でもなかった。
『お姫様を部屋から出す』
それがこの俺、二代目勇者に与えられた使命だった。
色々と話が複雑だったため、改めて順を追って整理しよう。
まず、二代目という言葉から分かるかもしれないが、俺の前に勇者としてこの世界に召喚された人物が一人いる。
それが初代勇者だ。
その初代を召喚した理由は実にファンタジーらしく、「大陸を支配する魔王を倒してくれ」というものだった。
魔王は強い。数々の加護を受けた勇者であろうと一人で倒すのは不可能だった。
そこで、国は大陸中から屈指の強者達を探し集めた。
大陸にその名を知らぬ者はいないとまで言われた騎士に、人々からは生きる伝説と崇められた傭兵。
裏の世界の住民でありながら義を重んじ力無き者のために生きた暗殺者に、俗世とは一切関わる筈のない神に仕えし神官、と強者という強者を集めに集めた。
その中の一人として、大陸一の魔法使いと謳われたこの国の姫が勇者のパーティーとして選ばれた。
そして、希望と称されたそのパーティーは魔王を倒す旅に出た。
長い旅の間、姫は勇者に惹かれた。
永遠を共にしようとまで約束した。
だけれども、魔王との決戦の時…………その、なんだ。
駆け落ちしたのだ。
誰が?
勇者と魔王が。
そうなると、勇者に恋焦がれていた姫はどうなる?
当然、置いてきぼりだ。
魔王が勇者と駆け落ちして行方をくらましたことで魔王の支配は終わった。
終わったのだが、そのせいで一人の少女の恋も終わった。
5年前に旅から戻ってきた姫様はそれ以来ずっと自分の部屋に閉じこもってしまった。
流石に国民に勇者が魔王と駆け落ちしただなんて伝えることはできないため、世間では勇者は魔王と相討ちとなったという話になっている。
もちろん姫様が勇者に捨てられたせいで傷つき、部屋に閉じこもっているという事実もそのまま伝えるわけにはいかず、姫様は魔王との戦いで深手を負い、今もなお療養のため部屋から出る事が出来ないという話になっている。
ここまではいい。
では、ここで何故俺が魔王もいないのに新たに勇者として召喚されたかという疑問が浮かんでくる。
それがもう怒りを通り越して呆れてしまう理由なのだが、王様曰く「新しい勇者を召喚してあげれば姫も喜ぶと思って……」とのこと。
それを聞かされた時は思わず国王相手に胸ぐらを掴むという暴挙に出てしまったが反省も後悔もしていない。
というか自分を捨てた男と同じ存在の奴を呼んでも火に油を注ぐことにしかならないだろう。
現に姫様の抵抗が以前より悪化したそうだ。
マジなにしてんすか王様。
あまりの王様の浅はかな考えに俺がもう元の世界に戻れないといった本来なら国に対しての復讐劇が始まってもおかしくない深刻な問題も怒るタイミングを逃して、なんかもうどうでもよくなってしまった。
そりゃあ、元の世界に未練がないわけでもないが、なんとしてでも戻りたいという気持ちには何故かならない。
もしかしたら俺自身まだ心の中でこれが現実だと認識できていないからかもしれないが……まあ、これについては現状特に気にしていないので置いておこう。
それに俺がこんな余裕でいられる理由の一つとしては、やはり俺に対する対応だろう。
王様は考えが浅はかなところ以外は非常に出来た人間で、身勝手に俺を召喚した以上、衣食住はこちらで保証するとのこと。
おかげで現在俺は申し訳なくなってしまうような部屋に住まわせてもらって毎食豪華な食事をいただいている。
これは日本人の性なのか。
ここまでよくしてもらって何もしないのは流石に気が引けるので、俺は王様に協力することに決めた……決めたのだけれども。
「もう自分から出るように説得するのは無理じゃないですか?最悪、実力行使しか……」
「ううむ……けれど、かわいいわが子に手荒なマネは……」
これが想像よりはるかに困難なミッションだった。
まだ単純に魔王を倒せと言われた方が簡単に思えるほどに。
最初は姫様が飯を受け取る瞬間やトイレに行く時、また風呂に入る時などを狙えば簡単だと思っていた。
けれども、その時の俺は姫様のことを甘く見ていて、重要なことを忘れていた。
姫様が大陸一と謳われた魔法使いだということを。
「タクミ様。先程から背中が気になるようですが、どうかいたしましたか?」
「あっ、いや。ちょっと先程のアタックの時に痛めただけで……」
「それは災難でしたね。よろしければ冷やすものでもお持ちしましょうか?」
「だ、大丈夫ですって」
俺の事を気遣ってくれたのはシャルルさんという黒髪を肩口辺りで短く切りそろえたメイドさん。
まさに清楚でお淑やか。
淑女という言葉がピッタリな女性。
その服装は、日本ならその手の店に行かなければ拝めないであろう濃紺のワンピース。
スカートは、今もなお信者を二つの派閥に分け、激しい議論を続けるが勝敗が出ないそれは足首まで隠すロングタイプのもの。
濃紺のワンピースに掛けられしは、僅かながらでも在ることで確かな可愛さを引き出すフリルの付いた純白のエプロン。
そして頭には彼女がメイドであることを確信させる純白のカチューシャ。
言う必要はないが、あえて言おう。
彼女こそが理想のメイド。
正統派のメイドであることを!
「どうかされましたか?」
「なんでもないです」
スイマセン、本当はなんでもあるどころか暴走しかけました。
こてん、と可愛いらしく頭を傾げるシャルルさんに今脳内で繰り広げられた俺のパッションを伝えるわけにはいかないので、心の中で謝罪だけしとく。
ちなみにシャルルさんだが、彼女はこの世界について何も知らない俺の世話をみてくれている。
もしかしたら、俺が元の世界に戻りたいと思わないのは彼女が最大の原因かもしれない。
まったく、罪深い女性だ。
「にしてもどうしたものか」
話を戻すが、状況は最悪だった。
現状、姫様を部屋から出す作戦は何も思いつかない。
今回は説得なしに姫様が何かする前に部屋に侵入するという作戦だったのだが、後少しのところで失敗に終わった。
同じ作戦を使うにも今回で警戒されたはず。
次は今回よりも成功率は少ないだろう。
……あれ、ていうかこの時点で充分手荒なことしてね?
「もう一度訊きますけど、飯を運ぶときを狙うってのは……」
「無駄ですね。姫様は遠見の魔法から位置を確認し、転移魔法により部屋から……いえ、その場から一歩も動くことなく料理を手に入れますので」
………………。
「風呂に入る瞬間なら……」
「も無駄ですね。姫様のお部屋には先代の勇者自らが作られたお風呂があります。わざわざ部屋から出る必要はないでしょう」
………………………………。
「もういっそ、この国の魔法使いから戦士まで全ての戦力を総動員すれば……」
「無駄……ではないでしょうが、成功する確率は極僅かでしょうね。姫様相手に実力行使では少なくとも国家を揺るがす甚大な被害を覚悟しなくては」
「どーしろと!?」
ハイスペックな引きこもりとか迷惑すぎる!
そもそもハイスペックなら引きこもるなよ!
外に出てもっと世の中に自分の力を役立てろよ!?
そして先代勇者とやらは、どんだけ他人様に迷惑かければ気が済むんだ!?
「……そういえば、姫が幼き頃、ワシに言っていたことがある」
「王様?」
今まで俺とシャルルさんのやり取りを黙って見守っていた王様が、何かを思い出したかのように口を開いた。
「そう、確か姫は『いつか白馬の王子様が私を迎えにくるの!』と言っておった」
「はあ……」
懐かしそうに思い出す王様だが、はっきり言って「だから何?」って話だ。
それとも何か?
白馬の王子様でも用意しろってか?
「それです」
「しゃ、シャルルさん?」
王様の言葉に何か閃いたのか、自信に満ちた声で一歩前に出た。
王様と違って常識人であろうシャルルさんが閃めいたものなら、望みはあるかもしれない。
「姫様はいい年してまだ夢見る乙女(笑)です。ならば、姫様の乙女心(笑)を刺激するような作戦がもっとも有効的だと考えます」
「あれ、今馬鹿にした?父親の、しかも国王の前で仕えている姫のこと馬鹿にせんかったか、このメイド?」
「そうであるなら私に作戦があります。そのためにはタクミ様のご協力が不可欠となります」
「オイ、今このメイド完っ全にワシのこと無視したよね?これもうワシ怒っちゃってもいいレベルだよね?牢屋にぶち込んでもいいレベルだよね?」
「ギルティーーーッ!!」と怒り狂う王様を涼しい顔で無視して、シャルルさんは俺の手を両手で包み込むように握った。
お、おう?
「お願いします。姫様の心を開くためにはタクミ様のお力添えが必要なのです。どうか、私を信じて力を貸していただけませんか?」
必要とされている。
しかも美人なメイドさんに。
元の世界では誰からも必要とされることなく、期待すらろくにされていなかった俺。
そんな俺を目の前の彼女は必要としてくれてる。
ならば、それに応えないわけにはいかないだろう。
俺が今すべき行動はただ一つ。
彼女の眼を力強く見つめて、頷くことだけだ。
「ありがとうございます。では、こちらに着替えていただけますか?」
…………なぬ?
◆◆◆
「お迎えに上がりました、我が姫」
姫様の部屋の前に悠然と、それでいて堂々と近づく。
一歩。また一歩と近づくたびに風になびく黄金の鬣。
しっかりと大地を踏みしめる力強い身体。
その流れるようなしなやかな肢体を惜しげなく曝け出すその姿は一種の芸術作品と言っても過言ではないかもしれない。
「……ッ」
扉の向こうで姫様が息を呑んだのが分かる。
無理もないのかもしれない。
何故なら扉越しとはいえ、今たった一枚の扉を隔てた先には幼き頃夢見た……もしかしたら今も夢見ている幻想が確かに現実として在るのだから。
「タクミ様……」
背後でその光景を見守るシャルルさんは不安そうでありながらも、決して目をそらすことなく事の結末を見届けようとしている。
ならば失敗は許されない。
いかに無茶ぶりであろうと、それに応えるのが勇者としての俺の使命だ。
「さあ、この扉を、姫の心の扉を開いてください。なに、怖がることは何もないのです。この世界は姫が思っている以上に優しさで満ちているのだから」
「な、なんで……」
震えた声が微かながら俺の下に届く。
怖いのかもしれない。
いかに駄目で性格的に問題がある姫様でも、一人の少女なのだ。
恋に破れ傷ついた心の痛みは俺では推し量れない。
もう傷つきたくはない。
そう考えたからこそ姫は自分の部屋に閉じこもってしまったのかもしれない。
「なんで、貴方は……」
けれど、それではいつまでも傷は癒えない。
外に出て、自分の傷に向き合った時こそ、姫様は初めて失恋という呪いから解き放たれるのではないだろうか。
と、まあ、俺なりに色々と姫様の心情を予想したのだが、今回姫様が声を震わせていた理由はどうやら別だったようだ。
「なんで貴方はそんな恰好しているのよ――――――!!」
「わああああああっ!?言うなよおおおおおお、自分でも馬鹿なことしてるって分かってるんだからああああああっ!」
シャルルさんが考えた作戦は、姫様の幼き頃の夢である『白馬の王子様』を用意すること。
王子様は簡単には用意出来ないので、代用として勇者である俺。
なに、王子様が勇者様に変わった程度ならそれなりの服装で着飾れば大した問題ではないだろう。
ただ白馬に関しては…………どうしてこうなったとしか言えない。
そもそも、この世界における白馬とは一角獣や天馬といった幻獣を指し、一般的な家畜として扱われる馬には白い毛並みをしたものはいないそうで、大抵が茶色か黒色だそうだ。
幻獣という言葉から多少は想像できたが、一角獣や天馬といった幻獣は非常に珍しいらしい。
よって、いかに王族でも幻獣は用意出来ないとのこと。
ならば、どうするか。
シャルルさんがそんな俺の当然の疑問に返した言葉は、先程シャルルさんを常識人と評価したのを撤回させるには十分な言葉であった。
『人馬一体です』
その言葉とともに俺は着替えさせられた。
何に?
白い全身スーツのようなものに。
おまけに白馬の頭を模して作った物を被らさせられて。
一歩と近づくたびに風になびく黄金の鬣?
しっかりと大地を踏みしめる力強い身体?
その流れるようなしなやかな肢体?
全部俺です。
白馬なんていません。
正直、なんでこんなパーティーグッズのようなものがこの世界に存在するのか理解できない。
「さあ、いい加減出てこい!こちらと恥を忍んでお前の望みどおりのシチュエーションを再現してやったんだから!」
「誰がそんなシチュエーションを望んだのよ!?それじゃあ『白馬の王子様』じゃなくて『白馬が王子様(笑)』じゃない!」
……上手いこと言っただなんて思っていないからな!
回収する気のないフラグを無駄に建てていくスタイルです。