プロローグ
「ひ、姫様……もう駄目だ。俺、我慢できない……!」
「だ、駄目っ。そんな強引に……い、嫌っ」
お互いの声が間近に聞こえる距離で、男女二人の荒い息が響く。
男女二人の声と言っても男の方は俺自身である。
自分で荒い声というのもアレだが、実際問題熱くなってしまっているのは事実だ。
姫様という呼び方は、ニックネームでもそういう名前だから呼んでいるわけではなく肩書きとして正真正銘の本物のお姫様だから。
本来お姫様相手にこんなことをしては不敬罪だとか「兵隊さん、コイツです」という牢屋行きな展開になってしまうが、その点は心配いらない。
既に国王である姫様の父親には許可を得ている。
つまり俺の行為に何の問題もない。むしろ国王公認の行為というわけだ。
まさに水を得た魚な状態になった俺は抵抗する姫様の意思を無視して更に力を入れる。
ここで男女の力の差が如実に表れてきた。
最初はあまりにも姫様が抵抗したため無理矢理にいくのは躊躇われたが、抵抗が激しくなっていくうちに俺の心に火が付いた。
「おらあっ!いい加減大人しく開けよ!」
「あっ、あっ、や、やめてっ!」
ここにきてようやく身体の一部が入れるであろう隙間が出来た。
このチャンスを逃すわけにはいかない。
俺は身体の一部を捻じ込むように隙間に入れる……が、流石にキツいようで痛みが走る。
だが、この痛みさえ我慢すれば……!
「嫌っ!!」
「あがっ!?」
そう思った瞬間、姫様の甲高い声と共に俺の身体はその空間から拒絶されたかのように弾き飛ばされた。
弾き飛ばされた俺は壁に身体を打ち付けるが、痛みはない……痛みはないけれども!
「お前本当にふざけんなよ!いい加減“出てきやがれ”!」
「いーやーっ!」
俺と姫様との間は堅牢な扉に再び閉ざされてしまった。
文字通り、物理的な意味で。
俺は扉を叩いて姫様に呼びかける。
もう何回この扉の向こうにいる、まだ声しか聞いたことのない姫様に呼びかける。
「何度も言わせないで!私は“勇者様”が迎えに来るまで部屋から出ないの!」
「だーかーら!俺がその勇者様だって言ってんだろうが!」
「勇者様はそんな野蛮で乱暴な方じゃないわよ!」
「誰のせいで乱暴になってると思ってんだテメーーッ!!」
平和な日本から異世界に勇者として召喚された俺。
魔王を倒し、世界に平和をもたらすのが俺の使命だと思っていた時期もありました。
でも、俺に言い渡された使命は全くの別物。
それは『失恋で傷ついたお姫様を部屋から出してほしい』であった。
第一話も今日中に投稿する予定です。