プロローグ
「姉ちゃん! マジで本気っつーか正気なん?!」
ダンボールを床に置くと私は息をついた。
うるさいなぁ、そんな大きな声出したら近所迷惑。……まぁうちは時々奇声を発する家族だから今更な感じかな?
「姉ちゃんっ!」
と、ぼーっとしてると横からぎゃーぎゃー喚く弟。仕方なしに振り替える。
「なんや……そんな何度も呼ばんでも聞こえてるっつーの。耳痛ぇ」
「いやいやというか言いたくもなるし!」
「どーどー落ち着けモチツケ」
「あ・の・なぁあ!!」
ガシッっと肩を掴むとヤツは私に喰らいついてきた。あー……近い近い、顔近い唾飛ぶ。汚ねー。
「一実」
「――ぶふゅっ!!」
私は弟を呼びながら、片手で顎を掴んで少し顔を離した。が、一実の片手は肩から離れていない。片手は私の手を外そうとしている。それになんだか知らんが、対抗心が燃えてきた。……ふっ大人しくするまでは離さんぞ。
が。
「おい、お前ら何やっとんねん」
バシバシッッ。
私と一実の頭に平手が飛んだ。
「ちょっ、頭叩かんといて! ハゲる!!」
「だって兄ちゃんっ!!」
一実と同時に詰め寄ると相手――――兄の知種の呆れたような顔がこちらを見ていた。
「一実の気持ちはものすごくわかるけど、ちょっと落ち着け。そして常葉はハゲろ。つーかモゲろ」
「なんでやお兄ちゃん!?」
「ふっ……」
兄に冷たい目で見られたことに若干ショックを受けつつ、びっくりしていると得意げに一実が笑った。
なんやねん、その顔。しかも背が高いだけに見下ろされてるのも癪だし。『兄ちゃんは俺の味方なんだぜ』とでも? ……ちょっと寂しくなったやん! それに、モゲろ言われたし。……『禿ろ』はいつもの応酬だけど、『モゲろ』は初だ。初『モゲ』だ。……ちょっと茶化してみたけど、落ち込んだ。
「……兄ちゃん、何? なんで怒っとるん?」
「……姉ちゃん」
「……それ、ほんまにゆーとるんか?」
同時に冷たい目で見降ろされて若干逃げ腰になる。
いや、心当たりがないわけじゃない。というか、さっきから一実が騒いでた話と同じやろな。……うん、多分それしかないし。
私はため息をついて二人に向き合った。
「例の件なら、撤回する気はないよ」
「おまえな、マジ今からでいいから撤回しろや」
「だって了承得たし。というか、それを呑んでくれないと私も認めないって言ったしねぇ」
「だからってなんでその条件!?」
怖い顔の兄ちゃんに、怒った顔の一実。
こっちはこっちでちゃんと理由があんだからそんな怖い顔しなくてもさー。……まぁ逆の立場なら私も同じようなこと言ってたかもだけど。
……過保護。
「あ゛ぁ゛?」
「ゴメンナサイ」
兄ちゃん怖い、怖いからその顔ヤメテ。
「高見澤さんならともかく、その『息子達も一緒に暮らすこと』ってなんでやねんっ!!!」
若干涙ぐみながら言う弟の頭を撫でてやる。
そう、この騒ぎの原因はコノ話だった。
「姉ちゃんのドあほ!」
「痛っ。手、叩かんといてよ!」
「あほで済まんわこの脳みそゼリー」
「に、兄ちゃんにまた頭叩かれた!!」
* * *
話はそんなに遡ることはない、つい昨日のことだ。
が、その前に私達家族のことを説明しよう。
我が河内家は4人家族。
母、河内真咲54歳会社員。さっぱりとしながらも面倒見がよくて、いい年したおばちゃんながらもちょっとお茶目で可愛いところがある。が、怒らせると赤鬼のような鬼気迫る気迫を持つ母。私は今まで特に問題を起こしたことはないから、鬼には左程会ってないけど、兄はしょっちゅう会っている。離れて暮らしている今でも、時々鬼メールが海外へ届くらしい。……確かにあの文面は怖い。まぁ、一実には甘いけどね。なんだろうね、末っ子には親は甘くなるんだろうね。私はよく叩かれるのに、一実には叩かないんだ。まぁ代わりに言っちゃあなんだけど、よくガールズトークならぬババーズトーク(愚痴)をお互い吐き出し合う、ある種姉みたいな母である。
次に兄、河内知種29歳会社員。現在海外でお義姉さん――香也お姉ちゃんと暮らしている。ちなみにお姉ちゃんとはらぶらぶの新婚さん。ごちそう様です、ありがとうございます。私もお姉ちゃんのこと大好きです。……はっ、お兄ちゃんの話だった。うん、兄ちゃんのことも大好きやで。自分でもアニコン(ここでブラコンとは違うことを明言する)ってのは自覚するくらい。まぁ兄ちゃんもシスブラコンであるけど。ラインで少なくても週に何度か下らない会話するくらいだし。うん、海外で仕事も大変なのに時々チャットもするし、流石兄ちゃん、大好きやわ(あ、ちょっと恥ずかしいし、口にはなかなか言わないけど)。けど彼氏の心配はせんといて。私かてこんな歳で人生一度も彼氏おらんのはちょっと焦るけど。……兄ちゃんが紹介する人なら下手に断られへんやん?
で、我が弟の河内一実21歳大学生。……ヘタレぼっちゃん。うん、これに尽きる。『なんか違う』で補欠合格した大学蹴って留年するし、ある程度納得して入学した四大ですぐやる気無くすし。『じゃあオレはどうしたらいいんだよっ』っててめぇがどうしたいかだろが。また『なんか違う』で蹴ったはいいけど、のんべんだらりんとなにもせず下宿じゃなく何故家でくつろいでる!? 寂しいのかお前!? ホームシックになった小娘か!? つーかバイトしろ! 兄ちゃんと比べるわけじゃないが何か一つでも兄ちゃんを超えてみろや。お前は身長だけか。確かに料理好きだし、洗濯もちゃんと私の分までしてくれて、畳んでくれる優しくていい奴なんだけどさ。……女として生まれたらよかったのに、そしたらもっと可愛かっただろうに。……って一実の悪口になってしまった。いかん、日ごろの不満が。まぁこんな愚弟だけど、可愛くないわけじゃないよ。ブラコン? 弟思いは否定しないけど。お前に持つコンプレックスなどねぇわ。……あいつ繊細だから実際に口には出さないがな。
最後に私、河内常葉25歳OL。……なんかOLって響きはいいけど、やってるのは部内の経費庶務雑務ばっか。要領の悪い私は日々ギリギリなんとか頑張ってる。まぁ、部内というかうちの階の部で私が一番年下だから皆雑用頼んでくるんだよね。……しゃーない。他の支店とかにいけば結構中堅とまではいかないけど、後輩もいて立ち位置が違うんだけどなぁ。まぁ同僚に寿退社した子もいるけど。私は影すらねーわ。好きな人もいないし。枯れてる? 甘いな、芽吹いてすらいねーよ。でもま、中学校からの友達とかと遊んでるのも悪ないで。私には結婚もまだ早いと思ってるし。……彼氏すらいないのは、まぁ、焦ってもねぇ?
とまぁこんな感じである。
皆さんお気づきだろうが、うちは所謂母子家庭である。
お父さんは、うん。河内真樹、享年43歳。交通事故で、呆気なく。お母さんにらぶらぶなお父さんで、私達にも惜しみなく愛情をうっとおしいほどくれたけど。まぁ、人生なにが起こるかわからない。皆いつ会えなくなるかなんて、わかんないし。そう納得させて、10数年が今である。
私は、いつもお母さんとしゃべっていて思うことがある。
よく、子供三人もちゃんと育ててくれたなぁって。
子供がおる人見て、自分も子供がいてもおかしくない年齢になって改めて実感がわく。人を育てるのは大変なことだと。それを三人もやりとげて(内、一人はまだ学生やけど)生きてきたお母さんはすごい。
でも。
私たちはそんなお母さんから段々離れて暮らすようになっていく。そのあと、お母さんは一人で寂しくないかな。
いくら私とお母さんが姉妹のように気の置けない関係になっていても、親子ということには変わらない。対等な関係の人、欲しくないのかな。
と、常々(中学生の頃から)思っていた。
もちろんおばあちゃんも近くにいるし、叔母さんも叔父さんもいるけど。
お母さん、お父さんを想って再婚なんて考えたこともない。……まぁらぶらぶだったし。
だけど。
そろそろ、私達兄弟もほぼ皆社会人になったことだし、パートナー見つけてもいいんやで?
人生、まだ長いんやから。
――――って思ってた頃もありました。
「あ、あのね。このじんが――――ぅぐああもうっ、この人と再婚することにしました!! ということでよろしく!!」
母からこの言葉を聞くまでは。
……人生ってパネェなと思いました。