2 お祖母ちゃんの病気
冬の夕暮れは早い。
アシュレイが森から枯れ木を拾って帰る頃には、すっかり日は暮れてしまった。
お祖母ちゃんは、温かいシチューを作って待っていた。
「遅くまで、寒かっただろ! さぁ、暖炉の前でお食べ。
お祖父ちゃんは先に食べて、今は牛に餌をやりに納屋に行ったよ」
暖炉の前に座って木の器から、木のスプーンでシチューを食べていたアシュレイは、大好きなお祖母ちゃんの顔色が悪いのに気づいた。
それに、いつもなら縫い物をしたり、編み物をしたりと、夜でも手を休めることがないのに、ぼんやりとテーブルに肘をついている。
「お祖母ちゃん、どこか具合が悪いの?」
アシュレイは急いでシチューをかきこむと、お祖母ちゃんの前に立った。
「少し身体がだるいだけだよ。
さぁ、器を洗おうかね」
椅子から立ち上がろうとしたが、ぐらりとふらつく。
「器は俺が洗っておくよ。
お祖母ちゃんはベッドで休んだ方が良いよ」
祖母を支えてベッドに寝かせると、アシュレイは急いで祖父を納屋から呼んできた。
「お祖母ちゃんが病気なんだ!」
夏にお祖父ちゃんの腰はなおしたが、病気をなおせるかは自信がない。
心配そうにベッドの横に立つ二人を見つめて、お祖母ちゃんは大丈夫だよと微笑んだ。
「少し風邪でもひいたのかもしれないねぇ。
明日には元気になるよ」
そう言って目を閉じたお祖母ちゃんは、薄い影におおわれているようにアシュレイには見えた。
『お祖父ちゃんの腰とは違う!
このままでは、お祖母ちゃんは……』
お祖母ちゃんのベッドから離れて、アシュレイはお祖父ちゃんに医者を呼んで来なきゃと説得する。
「医者はこんな田舎にはいない。
大きな町まで、お祖母さんを連れては行けないしなぁ……様子をみよう」
アシュレイにはお祖父ちゃんが呑気に思えたが、実際に村には医者はいないし、隣村にもいないのだ。
この辺りでは病気になったら、寝てなおすか、せいぜい薬草を摘んできて煎じて飲むぐらいしかない。
『お父ちゃんやお母ちゃんみたいに、死んじゃうかも……』
アシュレイはそっとお祖母ちゃんのベッドの横に行き、薄い影をお祖父ちゃんの腰の影を追い払った時の要領で、取り除いてみた。
『あっ! 影が消えた!』
心なしかお祖母ちゃんもすやすやと眠っているような気がする。
アシュレイはこれなら朝には元気になるかもと、ホッとして子ども用のベッドに潜り込んだ。
枯れ枝を何度も家まで魔法で送ったり、お祖母ちゃんの影を追い払って疲れたアシュレイは、布団にくるまった瞬間に眠りについた。
……アシュレイ、朝ですよ……
いつも早起きのお祖母ちゃんが、朝ご飯を作る匂いで目が覚めるのに、今朝は冬の寒さが身にしみた。
お祖父ちゃんが暖炉に薪をくべていたが、料理用のストーブには火が入ってなかった。
「おはよう、お祖父ちゃん。
お祖母ちゃんはどうなの?」
「あまり、調子がよくなさそうだ……」
昨夜、影を追い払ったのにと、アシュレイは不思議に思ってベッドへと急いだ。
『あっ! また影がおおってる』
アシュレイは昨夜より濃くなっている影を追い払った。
ふと、目を開けたお祖母ちゃんは、急に楽になったのは孫のお陰なのだと気づいた。
「アシュレイが治療してくれたのかい?」
働き者のお祖母ちゃんは、もう大丈夫だからと朝食を作ると言い張ったが、昨夜のシチューとパンを温めて食べることにした。
祖父とアシュレイでどうにか朝食を用意して、お祖母ちゃんのベッドへ運んだが、また影がおおっている。
「お祖母ちゃん、大丈夫?」
サッと影を追い払い、お祖母ちゃんに朝食を食べさせるが、すぐに影はまとわりついた。
アシュレイは家畜の世話をお祖父ちゃんと終えると、このままではいけないと話し合う。
「馬車で町まで行くにしても、道がぬかるんでいるしなぁ」
お祖父ちゃんもお祖母ちゃんがかなりの重病だと感じたので、医者に見せてやりたいと願った。
「こんな寒い中、お祖母ちゃんを町まで連れては行けないよ。
お医者さんに来て貰えないの?」
孫に無理だとは言えず、祖父は困って口ごもる。
町の医者は貴族や金持ちの家なら往診するが、こんな田舎の農家には来てくれない。
「隣村にはもぐりの治療師がいる。
その人なら来てくれるかも……」
アシュレイはお祖父ちゃんの顔を見て、町の医者は来てくれないのだと悟った。
「治療師を呼んでくるよ!」
アシュレイが治療師の名前も家も聞かずに飛び出すので、祖父は慌てて背中に大声で教える。
「隣村の外れに住んでるイルマだぞ!
緑の看板が家の前にあるからな!」
「これは……風邪ではない。
冬の病だよ……年寄りはかかりやすいんだ」
隣村の治療師はシワだらけの手を、お祖母ちゃんの額にかざした。
アシュレイにはその手に影が吸い込まれて、床の下へと消えて行くのが見えた。
顔色の良くなったお祖母ちゃんを見て、お祖父ちゃんは喜んだが、アシュレイはまた影におおわれてしまうと眉をひそめた。
「これじゃあ駄目だよ! お祖母ちゃんの影が消えて無いもの」
イルマはアシュレイの言葉に驚いた。
「おや、お前さんは魔力持ちなんだね。
そうかい、お祖母ちゃんには影がおおっているのかい。
それは重症だねぇ……あの薬草は残っていたかなぁ」
ぶつぶつイルマは言いながら、カバンの中をがさがさとかき回した。
「ああ、これだけしか無いねぇ。
この薬草を煎じて飲ませると、良いのだが……」
茶色い紙袋には、匂いのスーッとする乾燥した葉っぱが少し入っていた。
「これだけじゃ、足りないの?」
治療師は気の毒そうに首を横に振った。
「この薬草は山の高い所にしか生えないんだよ。
私は年を取って、もう採りに行けなくなったからねぇ。
それに、今は冬だから雪の下かも」
アシュレイはシワだらけの顔の中に埋もれた茶色い瞳が暗く陰るのを見て、この薬草が無ければお祖母ちゃんは亡くなるのだと悟った。
「俺が採ってくるよ! 雪の下でもかきわけて根っこでも何でも採ってくる」
まだ里は雪が積もっては無いが、山の上はうっすらと雪化粧している。
「お前さんには魔力があるから、見つけられるかもしれないね。
星のような葉っぱで、根っこは二股の人参みたいなんだよ。
匂いは覚えたかい?」
治療師に葉っぱの形や、よく採った場所などを聞いてアシュレイは山へ向かう。




