干支達の夢 その七a 【人間競馬】
干支に関するショートショートです。今回は馬編です。人間競馬ってご存知ですか?職安の近くで二人の男がなにやらハシャイでおりますが。
職安通りに架かっている歩道橋の上で、二人の男が声を張り上げ
ていた。
と言っても、争っていたのではない。彼らは実に楽しそうで、中
年男性の容貌に反して、まるで無邪気な少年達の様にも見える。
「行け行け! そのままそのまま!」
「バカヤロ! 差せ!差せ!」
「やった! 今度は女だ!オレの勝ちだ!」
二人は頬を紅潮させて全身でハシャイでいる。彼らの視線の先では、
一人の女が職業安定所のドアを、たった今くぐった処だった。
と、背の高い痩せぎすの男が小太りの男に向かって手を差し出し、
その結果、百円硬貨を一枚手に入れた。
「チェッ、これでもう五百円の負けだ。タバコが買えなくなっちま
う」
「ふふん、もう降参かい? ほれ、タバコはこれをやるからもう一
勝負どうだい?」
背の高い男が懐から一本のピースを取り出し、小太りの男に渡し
ながら言った。
「よし! 男は度胸だ! もう一勝負! 今度は俺が先に決めるか
らな。ええと、女だ!」
小太りの男がタバコを耳に挟みながらニヤッと笑った。
「じゃあ、オレは男と。ほれ、早速馬が来たぞ!」
「ホントに景気が悪いんだな。職安にこうも人が次から次へと」
「他人事みたいな事を。オレ達だって仲間だろ?」
「へへっ、そう言われればそうだな。あ、そうだ、そのままそのま
ま!」
職安の入り口に向かって髪の長い二人組が歩いてゆく。そしてそ
のままドアを開けて入っていった。
「やったぜ! 女だ! 今度は俺の取だ!」
勝ち誇った顔を上げ、小太りが痩せぎすを見やると
「協議ランプです! セックスチェックの必要性アリとの見解です」
痩せぎすがニヤニヤしながら言った。
「え? マジかよ? まぁしょうがねえや。俺が行って来る」
「おい、ここは公正にな」
「分ってるって!」
五分後、小太りが戻って来た。鼻を押さえながらも大ハシャギで
「おい、本人の申告では女だと!」
「マジかい?あれはどう見てもオカマだぜ?」
「ほれ、この鼻見てみろよ。そこを確かめたらこのザマだ」
「ちぇっ、しょうがねえや。ほれ、百円」
「へへっ、悪いな。でも人間万事塞翁が馬とも言うしな。楽しく行
こうや」
「ああ」
こんな時に使う言葉かよ、と思いながらも痩せぎすは笑った。
つられてか小太りも笑った。春は近い。
人間万事塞翁が馬…人間万事塞翁が馬とは、人生における幸不幸は予測しがたいということ。幸せが不幸に、不幸が幸せにいつ転じるかわからないのだから、安易に喜んだり悲しんだりするべきではないというたとえ。