お弁当事変(7月第2週)
仕事で曜日感覚を失っていて、投稿が遅れました。すみません。
今回、ちょっと主人公のひねくれ発言が覆いので、嫌いなかたはご注意ください。
「なんでメールの返事しなかったの? お弁当、いらなかったんでしょう?」
「う、うん……」
わたしはむっちゃんと二人、西庭で周りの視線を集めていた。もちろん、注目を浴びるのは本意ではない。けど、今回は仕方がない。
発端は、むっちゃんがお弁当を置いて学校に行ったことだ。むっちゃんがうちに泊まった日は、いつも母が2人分のお弁当を用意するんだけど、ときどきむっちゃんは忘れることがある。すると、わたしが届けることになるのだ。当然、今回も。
だけど、今回はちょっと様子がおかしかった。いつもは朝のうちにメールすれば、どうしたらいいか昼休みまでには返事が来るのに、今回は返事がない。しかたなく、わたしはむっちゃんを探して普通科周辺をうろついて、西庭で彼を発見。
メールの返事はないし、自分の昼休みはつぶれるしで、さすがにイライラしたわたしは、目立つことになるのがわかっていて、むっちゃんがいるテーブルに近づいたのだ。
座っていたのはむっちゃんの他に6人ほど。その中に天羽さんがいることと、テーブルには大きなランチボックスとポットが置いてあるのを見て、わたしは全部理解した。きっと、天羽さんがお弁当を作ってくるから、みんなで食べよう、とか言ったんだろう。それを今朝思い出したむっちゃんは、お弁当を持参するわけにもいかないと思って置いてくことにしたわけだ。
「だったらそう言えばよかったじゃない。黙ってたせいでこうなったんだよ?」
「うん、ごめん」
わたし達がいるのは、テーブルから離れた西庭の隅の方だ。天羽さんの目の前でこんなことを話したら彼女だって気分悪いだろうから、むっちゃんがわたしをここまで引っ張ってきたのは、ある意味正解だ。わたしは自分が悪役になったようで気分悪いけど。
「なんでもっと早く言わないかなあ」
「なんて言っていいか、わからなかったんだよ。もうお弁当できてたから、おばさんに悪いし」
「黙ってた結果、更に状況は悪化してるけどね」
頭をかきながらうつむくむっちゃんに、わたしは更に苛立ちを募らせた。結果として、お母さんとわたしの親切心も、天羽さんの気持ちも、どっちもふみにじってるって、気づかないの?
「あのっ、ごめんなさい!」
「は?」
「美歌ちゃん……」
いつの間に近くに来ていたのか、ひょこりとむっちゃんの影から天羽さんが出てきて頭を下げた。わざわざむっちゃんがわたしを連れて離れたのに、空気を読めないのか、読まないのか、どっちだろう。
「私がみんなの分もお弁当作ってくるから一緒に食べようって言ったの。あの、羽鳥さん、だよね? 羽鳥さんが六実くんにお弁当作ってるって知らなくて。だから、私が悪いの……」
天羽さんは、きゅっと胸の前で両手を握り、うかがうようにこちらを見る。美少女が必死に謝っている様子は、男の人からしたらたまらないだろうね。わたしは女子だし、この状況でヒロイン演じられてもイラつくだけだけど。
「ち、違うよ、美歌ちゃんは悪くないんだ」
「ううん。だって、羽鳥さんはずっとお弁当作ってたんでしょう? それを断るなんて、そんなのよくない」
ほら、1人騙された。素直なのはむっちゃんの美点だけど、こういうときはどうしたものかと思う。これは、自分に非はないけど謝っておいた方がいい子アピールになる、って計算でしょ。女同士だとわかるのに、男子にはなんでわからないかな。
しかし、目の前でこういうのやられるとダメだね。イラっとくる。ちくっと言ってもいいよね? もし天羽さんがわたしにライバルキャラを求めてるなら、ちょっとした嫌みくらい、望むところでしょ?
「悪いのはちゃんと説明しなかったむっちゃんで、あなたには関係ないよ。あと、わたしがお弁当を作ってるわけじゃないから」
「……え、あの、そうなの?」
「うちの母が、わたしの分を作るついでだからって2人分作るの。勘違いしないで?」
ふふふ、とわざと嫌みっぽく笑って見せると、天羽さんは戸惑ったように返す。
「そ、それでも……」
「いいから気にしないで。でも、むっちゃんは、あなたのためにこんなバカなことしたんだから、お弁当は食べさせてあげてね。いっそ、これから毎日作ってくれてもいいけど?」
歯切れの悪い天羽さんに、わたしは笑顔で言い切った。
「へっ、あの、いいんだ?」
「いいよ? むっちゃんに彼女ができるのは喜ばしいことだし。ま、あなたがとんでもない悪女だって言うなら、反対するけど、ちがうんでしょう?」
「えっ?! あ、うん……」
「じゃあ、むっちゃんのこと、よろしくね」
予想と違う反応だったんだろう、どう対応していいかわからない、という顔をする天羽さんに、わたしは追いうちをかける。
うん、やっぱりこの子はわたしがライバルキャラだって知ってる気がする。だって知らないんなら、わたしがむっちゃんをおすすめしても、ここまで驚かなくない?
まあいいや。今日はこのくらいにしておいてあげよう。わたしもお昼食べたいし、時間がもったいない。
「それじゃ、わたしは帰るから」
「ひーちゃん、お弁当、いいの?」
「どうにかする。でも、次から気をつけてよね」
「あ、うん」
「じゃー、その余ったお弁当、ボクにくれない?」
西庭を出ようと足を踏み出したところで、突然そんなことを言われて、わたしは動きを止めた。わたしだけじゃなく、むっちゃんと天羽さんまで固まってる。
そんなのお構いなしにこっちにやって来た声の主は、わたしが東庭で遭遇した美人な不思議くんだった。
「それ余っちゃったんでしょ? だったら、ボクが食べてもいいよね?」
「でも、あなたも呼ばれてたんじゃないの?」
彼は初めにむっちゃん達が座っていたテーブルにいた。自分も天羽さんのお弁当にお呼ばれしてたんじゃないのかな。ちらりと天羽さんの方を見ると、ポカンと口を開けてこっちを見ている彼女と目があった。それで我にかえったのか、天羽さんは眉尻を下げて不思議くんに言った。
「私、せっかく作ったのに、食べてくれないの?」
「んー、でもボク、知らない人多いのも、みんなでお箸つけて食べるのも苦手なんだよね。だから、ごめんね美歌ちゃん」
「……そう、なの」
「うん、ごめんね。じゃ、ハトリちゃん、行こっか」
「へっ? ちょっと、わあっ」
不思議くんは、へらっと笑って呑気に言うと、わたしの手をつかんでどんどん歩き出す。
華奢な見た目に反して力は強く、ぐいぐい引っ張られて、気づけばわたしは人気のない東庭にいた。
「さっ、食べよー」
「えっ、ホントに?」
「ダメだった? あ、飲み物買うね。お茶でいい?」
「いい、けど……」
座って座ってー、とこの前彼が寝ていたベンチに座らされ、仕方なく彼が自販機でお茶を買って戻って来るのを待った。
むっちゃんにお弁当渡したら、そのまま屋上にいこうと思って自分の分も持ってきてたし、お弁当も残さずにすむから、わたしはいいんだけどさ。でも、天羽さんはどう思ったかなあ。
「おまたせー。お茶どーぞ」
「あ、ありがとう。じゃ、これ」
にこにこしながら、不思議くんはわたしにお茶を差し出し、隣に座った。お弁当を手渡すと、わーいと無邪気に笑う。
「いただきまーす」
「頂きます。あ、お茶は120円?」
「ボクのおごりー。お弁当代と、こないだクッキーもらったし」
「あ、覚えてたのね」
「うん。さっき名前呼んだじゃない」
「そうだけど」
不思議くんは、話しながらさっさとお弁当のふたを開けて食べ始めるので、わたしも箸をとる。
「あ、ボク芸能科1年の目白望。ノゾムでもノンちゃんでも好きに呼んでね」
にこにこと言う目白くんに、ああ、名乗ってないのも覚えてたのか、意外と賢い子なのかも、と感心した。同時に、やっぱり攻略対象だったか、と思ってどっと疲れたけど。
「目白くん、あの……」
「えー、せめてノゾムくんにして。ボク、名字で呼ばれるの嫌いなんだ」
「……えーっと、望くん?」
モグモグいいながら、きゅっと眉毛を寄せ、望くんは不機嫌を示す。なんのこだわりかわからないけど、これで言い合って話が進まないのは困るので、わたしはさっさと諦めて名前呼びにした。すると、ぱあっと喜色を顔に浮かべ、上機嫌で返事を寄越した。
「なーに、ハトリちゃん?」
「わたしの方が先輩なのに、なんで名字にちゃん付けなの? あと、わたしとご飯食べてて、いいの?」
「あれ? ハトリが名前じゃないの?」
「羽鳥は名字で、名前は弘夢」
「そっか。ボク、女の子はみんなそう呼ぶから。じゃ、ヒロムちゃんでいい?」
「……んー。まあ、別にいいけど」
なんだかむずがゆい呼び方だけど、そんなに呼ばれる機会もないだろうし。望くんはこだわりが多そうだから、できるだけ譲っておいた方が面倒が少なそうだ。
「それで? わたしとお昼食べてていいの?」
「うん。ボク、あーいうの苦手だから助かっちゃった。ちょうどヒロムちゃんにお礼言いたかったし。それに、周りもひそひそしてて感じ悪かったもんねー」
「ああ、うん」
確かに、周りで見ていた人たちは、明らかに好奇の視線を向けていて、正直居心地が悪かった。彼らの楽しい昼休みが台無しにしてしまったし、お弁当を食べてくれる人を探さなきゃならなかったし。あそこで声をかけてくれて助かったのは、わたしの方だ。
「でもさ、あの人もひどいよねー。お弁当作ってもらえるって、すごいことなのにさ」
「そう?」
「そうだよー。それに、これスッゴク美味しいし、うちはお弁当とか作ってくれないから羨ましい」
望くんがそう言って微笑むから、わたしの味方をしてくれるようで、なんだか胸が熱くなった。わたしに投げ掛けられる周りからの視線が、悪者を見るようなものだったから、余計に。
「……ほんとは、悔しかったんだ」
「なにが?」
「むっちゃんが、あの子のことしか考えてなかったこと。彼女がお弁当を作ることは本当にどうでもいいんだけど、黙ってうちのお弁当を放置しようとしたこと」
そして同時に怖くもなった。このままむっちゃんが天羽さんを好きになったら、こんなことじゃすまないんじゃないかって。
だけど、まともに話すのも初めての、年下の男の子相手にわたしは何を言ってるんだろう。なんだか自分が情けない。思わずうつむくと、頭を撫でられた。
「ヒロムちゃんは悪くないんだし、気にしなくていいんじゃない?」
「そうかな……」
だって、わたしは状況を理解していた。天羽さんになんの落ち度もないことも、あそこで自分が出ていったらむっちゃんが困ることも。だったら、黙って回れ右でよかったのに、腹が立ったからってわざわざ乗り込んでいって、文句をつけたのだ。
冷静になって考えると、結構ひどいことしてる。ライバルキャラだっていうのも、さもありなんって感じだ。
「怒って当然だもん。ヒロムちゃんが遠慮することないよ。それに、身内だからこそ、大事にしなきゃいけないことってあるでしょ?」
思いがけない言葉に、ポカンとそっちを見ると、望くんは大人っぽい顔で笑っていた。さすが、美人の笑顔は破壊力が違う。うっかり見惚れてしまいそうだ。
「うん。話、聞いてくれてありがとう」
「どーいたしまして」
綺麗な笑顔に、望くんが芸能人だってことを思い出した。つまり、この人はもう社会に出てお仕事をしているんだ。そう思ったら、しっかりした一面があるのも納得だ。一方で、にこにこしてこれ美味しい、と言いながらお弁当をつつく姿は年相応で、なんだか不思議な感じがした。
「ごちそうさまっ! 美味しかったー」
「それはよかった」
名残惜しげに空のお弁当箱を見つめる姿に、心がなごむ。見ていると、突然ぱっと顔をあげて、おかしなことを言い出した。
「ねえ、ヒロムちゃん。ボクが学校にいるときは、一緒にお昼食べない?」
「えっ?!」
「いいでしょ? ボク、一緒にお昼を食べたり、こんな風に話す友達もいないんだ」
「うーん……」
わたしはいつも友達とお昼が一緒なわけではないけど、いいんだろうか。お弁当ほめてくれたし、思ったより話も通じるし、一緒にお昼を食べるくらいいい気もするけど、この子、天羽さんの攻略対象だよ?
「たまにだから、ね? いいでしょ? 1人でご飯なんて、寂しいんだもん」
望くんは潤んだ目でこちらを見ていた。眉尻を下げて首を傾けられると、可哀想さが増す。うう、そのくらいで喜んでもらえるなら……。いやいや、でも……。
「うわー! もう、わかった! わかったからその顔やめて!」
にらみあうこと10分。わたしは、全身で可哀想な少年を体現する望くんに負け、ケータイの番号とメアドを交換することになったのだった。
わたしが了解すると、一瞬で笑顔になった望くんは、立派な役者さんだと思ったよ!




