彼女は後輩(千鳥隆之視点)
色々なことが重なってだいぶ更新が遅れてしまいました。すみません。
今後は、ちょっとゆっくりめの更新になりそうです。
2週に1回くらい、できたらいいな、という感じです……。
「千鳥が、羽鳥をあんなに気に入ってるとは思わなかったな」
ぺこりと頭を下げて、反対方向に歩いていく羽鳥を見送って、廊下を歩き出す。すると、ずっと隣にいた三鷹に話しかけられた。
「どういう意味だ?」
「プロムの招待状、渡しただろう」
「ああ」
そんなことで、と思ったが、現にプロムの招待状を渡す相手に悩む人間は多いらしい。俺には、部活以外ではそれほど親しい後輩はいないから、部の後輩に配らないことが決まった時点で、俺の持つ3枚の招待状は行き場がなくなったのだ。それなら、俺の中では親しい方に分類される羽鳥に渡すのもいいかと思っただけのことだ。まあ、実際いろいろ迷惑もかけたし、1年の終わりの一番気楽な行事だから、楽しんでくれれば、というのもあるけど。
「もしかして、千鳥も羽鳥のことが気になるのか?」
「気になる……?」
言われていることの意味がわからなくて、首をひねった。
気になる、というほど常に気にしているわけではない。見かけたら、ああ、元気そうだな、とか、今日は疲れた顔をしているな、とか、そんなことを思う程度。あとは、すれ違ったら声をかけるくらいか。まあ、文化祭で俺が迂闊な行動をとったせいもあって、周りから注目を浴びるようになってしまったようなので、そういう意味では気にしているけれど。
そして、俺も、というのはどういう意味だろうか。誰か他にも、羽鳥を気にしている人物がいるということか。別に、羽鳥を気にする人間がいることが悪いことには思えないが、なぜ三鷹はそんなに苦い顔をするんだろうか。
反応を返さない俺に焦れたのか、三鷹はちょっとそっけなく言葉を重ねた。
「あー、ストレートに言うと、千鳥は羽鳥を、好きなのかと、思って……」
「好き……?」
しかし、それはまたしても俺の予測の範疇からは遠い内容で、また首をひねる。
まあ、羽鳥のことは嫌いではない。たぶん、どちらかというと好きな相手だ。俺の見た目にびびって、避けるような態度を取る女子は多いのに、彼女はちゃんと俺の方を見て話してくれる。それだけで、俺にとっては充分に好意を持つべき相手だと思う。
「悪い、変なこと聞いて……」
「いや、別にいい。けど、なんで急に?」
「招待状って、部活や委員会以外だと好きな子に渡すやつが多いだろ」
「ああ、それでか」
異性として好きなのかと聞かれていることはわかるが、三鷹の言うような意味で好きかと聞かれると、いまいちよくわからない。好きな人というくくりに入る女子は羽鳥の他にも何人かいるが、その全部が男の友人に向けるそれと変わらない気がする。
俺が羽鳥を見る目よりも、三鷹が羽鳥を見る時の方が、よっぽどそれらしい。あれほど緊張の解けた表情で話をするのも、誰か1人のために必死になるのも、少なくとも羽鳥に関わるとき以外に見たことがない。おかげで、文化祭のあとしばらくは三鷹から向けられる空気が厳しくて困ったものだ。
あれで、好きじゃないだなんて、そんなはずはないだろう。
「三鷹は、違うのか?」
「え? ああ、うん。そういう意味で好きな人なら、別にいる」
「へえ?」
「まあ、でも……特別なのは特別だよ。羽鳥は、僕をそのまま見てくれるから」
困ったように笑いながら言う三鷹に、なんだか含んだようなものを感じた。
好きな相手はいると言いながら、羽鳥のことをあっさり特別だと言ってのけるなんて、普通のことだろうか。
「それは、好きだというのと何が違うんだ」
「うーん、付き合いもそれなりに長いせいか、そういうのを通りすぎたって感じかな」
「よく、わからんな」
残念ながら、好きな異性も飛び抜けて特別な相手もいない俺には、三鷹の言うような感覚はわからない。もう高校を卒業するというのに、これまでそういうものには縁がなかった。何度か、好意を伝えられたことはある。一度だけ、もしかしたら俺も相手を好きになれるかも知れないと思って、言われるままにお付き合いというものをしたけれど、俺の気持ちに変化はないまま、相手を悲しませる結果に終わった。それ以来、誰がどんなに熱心に声をかけてくれても、応じることはなくなった。
数少ない友人によれば、俺はそういう感覚に鈍いらしい。人の気持ちがわからないわけではないのに、自分の行動が相手や周りにどんな印象を与えるのかをわかっていない、そうだ。自分としてはよかれと思ってやったことが、周りに勘違いを与える、らしい。
自分よりも弱い相手をかばったり、困っている人を助けたり、世話になった相手にお礼をしたり、というのは当然だと思うのだが、状況や相手を見極めるべきなのだそうだ。俺はちゃんと見極めているつもりだったのだが、そのせいで羽鳥が面倒に巻き込まれたのは事実らしいので、俺に足りないところがあったのも事実なのだろう。
「羽鳥は見た目にだまされないから。だから、特別なんだ。千鳥もそう思わない?」
「ああ、確かにな」
俺と初めて会ったとき、羽鳥は妙に構えていたようだけれど、目が合わないということもなかったし、言葉を交わせないことも、その言葉が緊張に震えることもなかった。そういう意味では、俺の見た目にだまされなかったと言えるだろう。だからこそ、あまり関わらないでほしそうな空気を出していたのをわかっていて、わざわざ会うたびに声をかけたくなったのだ。俺が、羽鳥ともっと話してみたかったから。
「あの態度は、鳩谷とずっと一緒だったせいで身に付いたみたいだけど、僕や千鳥みたいに、見た目のせいで面倒が多い人間には、羽鳥は安心して話せる数少ない相手なんだよね」
「ああ、鳩谷か……」
確かに鳩谷は、わかりやすく人気者だ。去年、球技大会の実行委員で初めて会ったが、先輩後輩関係なく、人の心をつかむのがうまく、すぐに集団の中心に立てる人間だった。それゆえ距離を縮めたいと思う人間は多く、あまり1人の人間がその隣を独占しようとすると、周りがお互いに牽制しあうという現象が起こっていた。外見も整っているし、ずいぶんと周りからもてはやされていたが、本人の能力がずば抜けて高いというわけではなく、周りを誘導して作業をスムーズに進めさせるのは非常にうまいタイプだ。しかし、案外、失敗に凹みやすくて、難しい仕事を降られそうになると、さりげなく回避していたのを俺は知っている。
あれと遠縁で幼馴染みだという羽鳥は、周囲の検討違いな牽制に、きっと苦労したのだろう。そして、見た目のよい人間だからといって、能力も高いわけではないし、その人が見た目通りの人間とは限らない、ということを知っている。だから、見た目に引っ張られずに相手を見られる。それはきっと、俺たちくらいの年齢の人間には難しいことだ。
「俺はそういうのが嬉しかったけど、そのせいで迷惑もかけたんだ。千鳥もわかるだろ?」
「まあ、そうだな」
実際、俺の外見はよくも悪くも目立つ。怯える相手の方がやや多いが、それでもこんな俺の外見を好んでくれる人もいくらかはいる。だけど、そのうちの一部が、自分たちより仲がいいからという理由で、羽鳥を攻撃するなんて思いもしなかった。最低限の関わりですまそうとしつつ、声をかけられたら相手を無下にできない羽鳥に甘えて、俺の方が積極的に関わろうとしていたのだから、羽鳥からしたらとんだとばっちりだろう。
それを申し訳なく思いつつ、羽鳥が許してくれたのをいいことに、俺はまだ彼女に話しかけ続ける。友達というには遠く、部活なんかの後輩に比べたらつながりは弱い。それでも、上下関係や利害関係がなく、会ったら話す程度という、不思議で緩やかなつながりは、妙に気楽で心地よかった。
羽鳥との距離感は、言うなれば近所の家の飼い猫のようなものだと思う。初めは警戒されていたけど、会うたび根気よく話しかけていたら、ちょっとずつこっちに気を許してくれるようになって、最近やっと触らせてくれるようになった、みたいな。野良ほど気性は激しくなくてお行儀のいい、けど、飼い主が案外放任なせいで、本人も自由気ままに生きてる感じがする。見た目もちょっと猫っぽいし。……なんて言ったら、すごく嫌がられそうだけど。
思わず想像したら笑いそうになって、くっと喉から音が漏れた。
「千鳥?」
「いや、悪い。なんでもない」
ちょっと考えたら笑えてしまったなんて、三鷹に言ったら、たぶんこいつにも怒られる。なんだかんだと羽鳥のことを大事にしているらしいし、三鷹の中では、羽鳥はかなり特別なようだし。
残念ながら、俺は羽鳥に対してそこまで過保護にはなれない。俺のせいで迷惑をかけるのはよしとしないが、それ以外のところで何があったとしても、本人がどうにかすることだ、と割りきれる程度だ。ちょっと仲がいいかもしれないくらいの後輩とはこんなものなんだろう。たぶん、向こうだって俺と変わらない認識のはずだ。なんの問題もない。
三鷹のように、臆面もなく特別だとか好きだとか言える相手がいるというのは羨ましいことだが、焦ったって仕方のないことだ。いつか、俺にも何をおいても大事にしたい相手が現れるのだろうか。




