突然の招待(1月第3週)
スマホをアップデートしたら、メーラーがわけわからないことになって、一週飛ばしてしまいました。
すみません。
冬休みは短くて、クリスマス以降、予備校と年越しと初詣と予備校であっという間に終わってしまった。その間、特に誰に会うわけでもなく、いつも通りの年末年始を過ごした。
そうして新学期が始まると、3年生はすっかり受験モードで、いつもより人が少ない上に、図書館や自習室で見かける人達は切羽詰まったような空気を醸し出していて、2年のわたしにはなんとなく居心地が悪い。仕方がないので、図書館を出てどこか空き教室を探すことにした。でも、ちょうどいいところがなかったら、おとなしく家に帰ろう。
寒い寒いと呟きながら、廊下を小走りに進んでいると、角でこちらに曲がって来た人とぶつかりそうになって、急停止した。
「おっと、羽鳥か」
「うあ、先輩。お久しぶりです」
勢い余ってよろけたわたしの腕をつかんで支えてくれたのは、千鳥先輩だった。
「羽鳥?」
「あれ、三鷹先輩もご一緒でしたか」
そして、ひょこりと千鳥先輩の後ろから顔をのぞかせたのは三鷹先輩。珍しい組み合わせのような気もするけど、同級生だし、たぶん部活の予算会議とかで会ってるだろうから、実はおかしくないのかも。
去年西庭でお説教をくらって以来、三鷹先輩とまともに話してなかったのでちょっと気まずい。しかし、そこはなにも知らない千鳥先輩が先手をうって話しかけてくれた。
「猫は元気か?」
「あ、はい。毎日やんちゃいたずらし放題です」
事実、少し成長して猫らしい運動能力を手にいれたちいちゃんは、クッションをガシガシして綿まみれになったり、探検中にお風呂に落下したり、テーブルからソファにジャンプしようとして失敗したりと、毎日何かと忙しい。父が猫タワーを飼おうかとそわそわしているくらいのやんちゃぶりである。
わたしがそれを思い出して笑うと、千鳥先輩の表情も緩んだ。きっと先輩も想像しているに違いない。だって先輩の家にも同じくらいの猫がいるはずだもん。
「羽鳥の家、猫なんて飼ってたか?」
「秋ごろに、捨てられてた子猫を一匹引き取ったんです。千鳥先輩も一緒だったんですよ。ね?」
「ああ」
「ふうん……」
楽しげに猫の話をするわたしと千鳥先輩に、三鷹先輩は不思議そうな視線を寄越す。確かに三鷹先輩にはそんな話をしたことなかった。前会ったときはそんな話ができる感じじゃなかったし、普段からメールをしょっちゅうやりとりする訳じゃないし。
しかし、それを言うならこの2人がのんきに廊下を歩いていて大丈夫なのかも、わたしは知らないのだ。今はセンター試験直前だし、入試前の3年生はピリピリして図書館に引きこもるか、予備校に通うか、自宅で勉強するかがほとんどなのに。
「あの、お2人はなんでここに? 試験とかはもう終わったんですか?」
「俺は就職が決まったし、三鷹も推薦で大学に合格している」
「そうなんですか! おめでとうございます。どちらに決まったかお聞きしても?」
わたしの言葉に、千鳥先輩は地元の警察、三鷹先輩は都内の志望大学だと教えてくれた。千鳥先輩が警察官とか、似合いすぎる……。2人とももう卒業の単位も問題ないし、進路も決まったので、今は一緒に自動車学校に通っているらしい。まだ試験が終わらない人がほとんどだから、あまり校内をうろうろするのも気が引けるんだそうだ。
「それこそ、こんな仕事を押し付けられなかったら、学校なんてほとんど来ないよ」
そう言って、三鷹先輩が掲げてみせたファイルには、プロム企画書と書かれていた。早く進路の決まった3年生が実行委員をやるのが慣例だ、と聞いていたけど、どうやらそれが当たってしまったらしい。
ちなみにうちの高校のプロムは、お世話になった先生や保護者、下級生への謝恩会も兼ねているので、海外映画に出てくるようなものとはちょっと違う。
卒業生から招待状を貰えばだれでも参加できるし、ドレスコードも割とゆるい。まあ、もちろん恋人同士で参加する人が多いのは事実だし、気になる相手に招待状を渡すのが当たり前。プロムのメイン会場は、お隣の大学部の講堂なんだけれど、その前にある大きな木の下で告白して成功すると、別れないというジンクスもある。いかにも小説やマンガに出てきそうな感じのイベントで、むっちゃんの話によると案の定、ゲームの中でも最後の最後に出てくるメインイベントの1つらしい。後期の生徒会に入った天羽さんは出席確定なので、なにかが起こるのは間違いないだろう。
ちなみに、卒業生1人あたり3人まで招待できるので、部活や委員会関係で招待状を貰う後輩も多く、自由参加とはいえ、実際は全校生徒の7割が参加する割合大きな行事でもあるのだ。
だから、実行委員は生徒会と卒業生の合同で、会場の準備はもちろん、ケータリングの手配やイベントの企画、招待状の印刷配布に、参加者の把握、先生や保護者への連絡に、当日の運営まで、その全てを取り仕切る。後期の生徒会にとっては、来年度のイベントに向けた腕試し、3年生の実行委員にとっては卒業前最後の大仕事になる。
なんでわたしが詳しいかというと、去年ちょっとだけ三鷹先輩たち生徒会のお手伝いをしたからだ。 招待状とプログラムの印刷、封筒詰めと製本。ほとんど内職仕事だったから、作業しながら色々話を聞いたというか、愚痴を聞かされたのだ。ちなみに、手伝ったのにプロムには参加しなかったのは、わたしが辞退したからだ。そのとき知り合った3年生に、招待状をあげると言われたものの、ほとんど知り合いもいないし、数少ない知り合いである三鷹先輩たちは、当日忙しくて相手をしてくれないだろうことがわかっていたからだ。プロムなのに、ポツンと1人でいるなんて、悪目立ちしすぎるじゃない。
「た、大変ですね……」
「全くね。まあ、でも最後だし、精一杯頑張るよ」
苦笑いする三鷹先輩は、前と変わらない様子で、この前のことはもう怒ってはいないらしい。試験も終わったせいか、いくぶんさっぱりしたような表情ですらある。
「千鳥先輩もなんですか?」
「ああ。主に俺は当日の警備周りの担当だ」
「はあ、なるほど……」
千鳥先輩が警備って、なんか似合うなあ。よく聞いてみると、運動部の腕っぷしが強い生徒が警備担当で、その取りまとめ役が先輩らしい。運動部会の会長もしてた千鳥先輩なら、ぴったりだろう。
「そういえば、羽鳥は去年はプロムに出たのか?」
「へ、いえ?」
わたしは去年、特に委員会とかやってなかったから、特別親しい3年生の知り合いなんていなかった。プロムのお手伝いで話した先輩以外に、招待状を貰えそうな相手なんていない。しかも、それも辞退しちゃったしね。行ってもたぶん1人だし、そんなに興味もなかったし、別にいっかなー、と思ってたんだよね。そういえば、むっちゃんは委員会で仲良くなった先輩にちゃっかり招待状を貰って参加していた。今年は、天羽さん関連でなにかしら起こると思うから、ちょっとでいいから覗けるといいなとは思うけど。
「そうなのか。じゃあ、これ」
「へっ?」
すっと差し出されたのは、真っ白な封筒。表にはinvitationと書かれ、封蝋を模したシールで封をされている。って、これって、まさか、もしかして。
「えっ、あの、これ……」
おろおろと封筒と千鳥先輩の顔を見比べる。隣の三鷹先輩も、ぎょっとした顔をしている。ですよね、だってびっくりしますよね。千鳥先輩は真顔でこちらを見ているから、きっとなんにもわかっていないに違いない。
「プロムの招待状だ」
「あの、えっと、どうしてわたしに……?」
これがあると、プロムに出られる。つまりは、天羽さんの行動をこっそり観察できる機会ができるってことだ。それはちょっと魅力的だけど、でも、この招待状の意味は……? 場合によっては今、この場でお断りすべきだ。もちろん、その可能性はそこはかとなく低いと思うけど。だって、千鳥先輩だし。
「羽鳥はプロムに出たことないんだろう?」
「ええ、まあ……」
「イベントも色々あるらしいし、出てみたらどうだ?」
淡々とした返しに、わたしは確信した。うん、大丈夫、間違っても千鳥先輩がわたしを意識しているとかはない。でも、わたしなんかより、親しい後輩なんてもっといそうなのに。
「え、あの、部活の後輩とかには、渡さないんですか?」
「ああ。なんか、他の連中が渡すから、俺の分はいらないらしい」
「そ、そうなんですか……」
ちょっと寂しげな先輩に、もしかして、あえて千鳥先輩の分を弾いたのかもしれない、と思った。人気者の先輩からの招待状は、争奪戦になる可能性が高い。男子剣道部だから女子はいないとはいえ、千鳥先輩は男子ファンも多いお人だ。男子の間でも、奪いあいになってもおかしくない。
「だから、羽鳥が貰ってくれないか。いろいろ世話になったしな」
「あう、でも、あの……」
万が一、わたしが千鳥先輩から招待状を貰ったって誰かにばれたら、また揉め事になったりしないかなあ。そんな心配をしていたら、千鳥先輩ははっとしたようにこちらを見て、ちょっと方向性の違う心配を口にした。
「もしかして、三鷹から貰う約束でもしていたか?」
「えっ?! いいえ、それはないんですが……」
ちらりと三鷹先輩の方を見ると、気まずげな視線を返された。たぶん、三鷹先輩の招待状は、生徒会関係の人に渡すことが決定済みだと思うんだ。別にわたしは気にしてないけど、先輩は申し訳ないと思っているようだ。
「じゃあ、よかったら」
「う、えと、じゃあ……」
ずい、と差し出される招待状をわたしはたじろぎつつも受けとることにした。
よくよく考えたら、せっかく先輩がくれるって言っている招待状を断るのも失礼だし、それに誰からもらったかなんて、当事者が言わなければわからない。口止めしとけば、たぶん大丈夫だろう。
「ああ。当日、俺は仕事があるから、話せないかもしれないが、楽しんでくれ」
「はい。あ、でも、わたしに招待状を渡したって話は、内緒にしておいてくれると嬉しいです」
「別に構わないが、どうしてだ?」
「千鳥先輩は人気者なので、そんな人に招待状を貰ったってみんなに知れたら、やっかまれてしまいます」
素直に思っていたことを言うと、千鳥先輩はきゅっと眉間にシワを寄せて苦い顔をした。もしかして、文化祭での件を思い出しているのかもしれない。
でも、千鳥先輩には遠回しに言うよりも、ストレートに思ったことを言うのが一番いいと思うので。不快なこと思い出させて申し訳ないけれど、これを期に、少し自分が周りに与える影響の大きさをご理解いただければ幸いです。
プロムに出られるのは、わたしも素直に嬉しいしね。
「その、以前はすまなかった」
「いいえ、もう気にしてませんし」
にっこり笑顔をつくって返すと、千鳥先輩もほんのり笑ってくれた。よしよし、わかっていただけたかな。
隣の三鷹先輩もほっとした顔をしているのを見て、そういえば千鳥先輩に土下座されそうになったのをフォローしてくれたのは、三鷹先輩だったのを思い出した。同じ実行委員みたいだし、今回も何かあったら三鷹先輩がなんとかしてくれるだろう。
そのあと、笑顔で手を振って2人と別れたわたしは、今日はもう家に帰ることにした。一応、むっちゃんとも相談してどんな感じか聞いておきたいし、手持ちの服で行けそうか確かめなきゃ。……うーん、わたし、プロムに出られるって、意外とうかれてるのかな。気がつけば今年度、つまり、ゲーム期間もあと残すところ数ヶ月、気を引きしめでいこう。




