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彼女は天敵(羽田舞子視点)

高校に入って仲良くなった子から、修成が同じ学校にいることを教えてもらったあたしは、驚きと同時に喜びでいっぱいになった。小学校のころの憧れの人と、高校で偶然また会えるだなんて、ドラマみたいって思った。

だけど、修成はいつの間にかすごい人になっていて、全然普通なあたしには、簡単には近づけない。それは、修成に憧れている他の女の子たちも同じで、まだ昔のことを覚えていてもらえたあたしの方が有利だった。きっと、しばらくは修成は誰のものにもならない。あたしが周りをうろついていても、大丈夫。そう高をくくってた。


だから、あの人が修成と並んでいるのを初めて見たとき、ものすごくショックだったのだ。

同じ特進科2年で、勉強ができて、制服ではヤボったい感じだったくせに、私服は飾らないのにちゃんと可愛い感じで、修成の隣に並んでいても全然違和感がなかった。むしろ、シンプルで小綺麗な格好を好む修成と、バランスとれててお似合いじゃん? って感じ。客観的に見たら、あたしよりよっぽどふさわしい。

だけど、今の自分じゃどうしても似合わないってわかってるからこそ、何でもなく隣を歩けるあの人に嫉妬して、悔しさが溢れて、超攻撃的な態度をとった。あの人だけじゃない。自然に修成の隣に並べる人が羨ましくて、友達の男子にまで嫉妬した。

そこで、初めて自分の気持ちがただの憧れに収まらなくなっていることに気がついた。

そのあと、あの人に当たり散らして、ちょっとした事件を起こして初めてまともにしゃべった。ちゃんと謝ったら、普通に許してくれて拍子抜けして、そしてまた悔しくなった。どうして、この人みたいに冷静でいられなかったんだろうって。



そんなやり取りがあったせいか、あたしはあの人、羽鳥弘夢先輩が苦手だ。悪い人じゃないのはわかってる。ちゃんと謝ったら許してくれたし、この前、捨て猫を拾ったときも助けてくれた。もちろん、言い負かされたことで、怖いっていうのもなくはない。でも、そんなことよりも、どうしても自分よりも羽鳥先輩の方が修成と近い距離にいるってことが、怖くて、妬ましくて、悔しくて、普通に対応できない。修成に対しては特別な感情を持ってるわけでもない、ってことだって知っているのに、自分をうまくコントロールできない。向こうが普通にしようとしてくれてるから、余計に自分がそうできないのがいやで、みじめで。自分の心の狭さが際立つ気がして、イライラする。


「え、羽田さんが作ったの?」

「なによ、悪い?」


今だって、そう。こうして、かわいくない返事をしてしまう。自分の外見から、家事なんてしなさそうって思われるのは、しかたないってわかってる。なのに、この人に言われたら、なんだか反発心みたいなものが出てきて、バカにすんなって言いたくなる。表情や声の調子からして、純粋に驚いたって感じで、たぶんあたしをバカにするつもりなんてないってわかっていても。それでも、なんとなく、素直に言うのが嫌で。

こんな態度をとったら、一緒にいる修成にもかわいくないって思われるかもしれないのに、それでも止められない。しかも、どっかでこの人がいるせい、なんて思ってる。ああ、もう嫌だ。


「ううん、てっきりテイクアウトものばっかりになるかと思ってたから」

「キッチン借りれるって言うなら、作った方が安いじゃん」


苦笑いを浮かべながらの羽鳥先輩の言葉に、失敗したなと思いつつ、やっぱりトゲのある言い方になる自分がいる。本当に、あたしってなんでこうなんだろう。


「ごもっともです。できたてご飯で嬉しいよ。ね、鴇村くん!」

「えっ、ああ、そうだな」

「そっ、そう?」


それなのに笑って返して、あげくフォローのつもりなのか、修成にまで話題を振る。ぎこちなく言葉を交わすあたしと修成の様子を笑ってみている羽鳥先輩に、嫌な感じはない。

同じことを美歌ちゃんがしたら、きっとあたしは喜んでお礼をいうのに、どうしてこの人には、よけいなことしないで、って感情が沸くんだろう。美歌ちゃんと同じで、修成には特別な感情を持っている訳じゃないってことは、すごくわかりやすいのに。




それでも、パーティーは和やかに進んだ。

相変わらず、美歌ちゃんは話し上手聞き上手でみんなを笑顔にして、鳩谷はノーテンキに場を盛り上げた。みんな、あたしの作った料理もほめてくれて、既にお皿は空になっている。真剣にゲームをする修成の顔なんて初めて見たし、連雀も飲み物を注いだり料理を取り分けたり、意外と小さな気づかいができる人だって知らなかった。

羽鳥先輩がこんな風に笑う人なんて思ってなかったし、鳩谷に対しては結構遠慮がないのもおかしかった。それに、修成にわざわざあたしの隣に座るように言ったりするし、この前の子猫の写真を見せてくれて、今度、うちに見に来る? とまで言ってくれた。

あたしのしたことを許してくれて、こんな風に普通に話そうとしてるのに、どうしてあたしはそれを素直に受け入れられないんだろう。こんな風に、あっさりといろんなことを受け入れられる人になりたい。もっと、自分の感情をコントロールできるようになりたい。




*****




楽しかったけれど、なんだか自分の未熟さを思い知らされたパーティーは、時計が9時半を回ったところで解散となった。

とりあえず、みんなで駅まで歩いて向かう。あたしは、美歌ちゃんと並んで話しながら、後ろを歩く修成と羽鳥先輩を気にしていた。


「鴇村くんとひろちゃんが気になる?」

「えっ」

「だって、なんだか上の空だし。ちらちら視線が後ろにいってるもの」

「……ごめん」


ズバリ言い当てられて、あたしは思わず謝った。ううん、と笑顔で許してくれる美歌ちゃんの肩に、ぎゅうっと抱きついてみた。優しく頭を撫でられて、思わず口がこぼれる。


「どうしていいか、わかんないの。普通にしたいのに、できないの」

「それは、鴇村くんに? ひろちゃんに?」

「どっちにも、だけど……羽鳥先輩にかな。向こうが普通にしてくれてるのに、あたしは……」


そうできない、って口に出すと余計に悔しくなりそうで、言葉の終わりを飲み込んだ。


「ひろちゃんは、鴇村くんのこと、友達くらいにしか思ってないみたいだけど?」

「わかってるよ。でも、なんでか、あの人が修成といるとなんか……」


誰が見ても、羽鳥先輩が修成のことを異性として見ていないのははっきりしている。それなのに、この感情はなんなんだろう。


「あー、もしかして、鴇村くんがひろちゃんのそばだとリラックスしてるからじゃない?」

「えっ?」


言われて、初めて気づいた。でも、確かにあの人と話している修成は、ちょっと空気が柔らかい。あまりおしゃべりって訳じゃないのに、見てるとそれなりにしゃべっているようだし、めったに変わらない表情にも変化があるように見える。

美歌ちゃんやあたしとも話すけれど、あたしたちと話してるときは、どこか声は固くて、表情もかわらないまま。たまに相づちを打ったり、返事を返すくらいで、修成はほとんど話さないのが当たり前なのだ。


「それが羨ましかったんじゃない?」

「羨ましい……」


それだけにしては、すごく重たくて苦しい感情なんだけどな。それくらいなら、なんとか押さえ込めると思うもん。


「それか、鴇村くんをひろちゃんに取られそうで怖い、とか?」


思わず、顔をあげた。

そうだ、それだ。羽鳥先輩が修成をどう思っているとか関係ない。修成の気持ちがあの人に向くんじゃないかって、いつもヒヤヒヤしてるんだ。修成はかなりうちとけているし、少なくとも友達としての好意はあるはずだ。それが、いつか異性に対するものに変わってしまうんじゃないかって心配で、そんなことまるでわかってないあの人にいらだって。


「ありがとう、美歌ちゃん。謎がとけた」

「えっ、ううん」


あの2人は、そばで見ていてバランスがいい。本人たちがどう思っていようと、周りから見たらすごくお似合いで、そのうち、それが本人たちに伝わって、その気になってしまうんじゃないかって、それを心配してる。

どうしたらいいんだろう。修成にあの人と話したりしないで、なんて言ったら、また嫌な顔をされるだろうし、逆は逆で、話しかけられたら無視はできないし、なんて返されそうだ。ていうか、そんなのズルいし。


ああ、もう本当に、羽鳥先輩ってなんてやっかいな人なんだろう。普通にしているだけで、あたしの嫌な面をどんどん引っ張り出していく。本人にそのつもりはないから、余計にやっかいなんだよね。

お互い敵視してるわけじゃないから、ライバルとはちがう。どっちかっていうと、あたしにとっての敵、しかも天敵だ。そうに違いない。




「じゃあ、男子は女子を送って帰ってね」

「気ぃつけてなー」


いつの間にか駅まで着いていて、鳩谷と羽鳥先輩以外は、それぞれ電車に乗って帰ることになる。あたしと修成が上り方面、美歌ちゃんと連雀が下り方面。ここから家まで、ちょうどいいのか悪いのか、あたしと修成は2人きりだ。


「家は変わっていないのか」

「うん。修成も?」

「ああ」


駅のホーム、2人ならんで電車を待ちながら、ぽつぽつと会話をする。やっぱり2人とも緊張していて、うまく話題がつながらない。


「予備校、忙しいの?」

「今日から1月5日まで、大晦日と元旦以外は毎日講義だ」

「なんか、大変なんだね」

「このくらい、普通だ」

「そうなんだ」


あたしが話題をふっても、修成が話題をふっても、何往復かのやり取りのあと、プツリと会話が切れてしまう。

あの人とはあんなに話していたのに、どうしてなの。


「来たぞ」

「うん」


ホームに滑り込んでくる電車を見てかけられた声に、短く返す。クリスマスイブの電車は、どこか楽しげな空気が流れていて、微妙にうかない自分の気持ちが余計に際立つ。


「課題は終わりそうか?」

「まだ冬休み始まったばっかりだし、大丈夫だよ」

「そうか」


本当はもっと違う話をしたい。また、一緒に課題をしようかとか、初詣に行こうとか、連絡していいかとか。

それなのに、なんていうかどうでもいい、話しかできなくて、なんだかイライラする。

ふと修成の方を見ると、いつもの無表情で、窓の外を眺めている。

どうしてなの。そんなに、あたしに興味がないの? もう少しでいいから、あたしのことを気にしてよ。ちょっとでいいから、あの人と話すときみたいに、笑ったり驚いたりした顔をしてみせてよ。


「ねえ。修成」

「なんだ?」


最寄り駅のホームに降りた瞬間。あたしは覚悟を決めた。


「修成は、羽鳥先輩のこと、どう思ってるの?」


あたしは、あたしらしく。真正面から勝負をする。



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