選んだ道は(12月第1週)
一週お休みを頂いていました。
新年度はどこも大変ですよね。
「うっわああ! ひーちゃん、なんでカーテン引いてないの?!」
「えっ? ああ、ごめん」
お風呂からあがって、着替えをしようとしたら、洗面所に来たむっちゃんに悲鳴をあげられた。ぼんやりしていて、洗面所と脱衣場の間のカーテンを閉め忘れていたらしい。ばっちり目があった。
さすがに下着姿にタオルのみはまずいよね、と思って、部屋着に手をかけたら、先にカーテン閉めて! と勢いよくカーテンを引かれました。
ちゃんと部屋着を着てから2人分の飲み物を入れてリビングにいくと、まだ微妙な顔をしたむっちゃんが、ソファでわが家の飼い猫、ちいちゃんと遊んでいた。
「むっちゃん、さっきごめんね」
「まあ、いいけどさ。でも、マジでびっくりするから気を付けてよね」
「うん。わかった」
むっちゃんの分のコーラを差し出すと、ちょっと笑って許してくれた。割と大きくなるまで一緒にお風呂も入ってたし、わたし程度の裸じゃどうもしないんだろうけど、一応異性だし、最低限のマナーだよね。
すとん、とむっちゃんの隣に座ってちいちゃんに手を伸ばすと、小さく鳴いてこちらに来た。
「ひーちゃん、どうかしたの?」
「なんで?」
「なんかぼーっとしてるし、元気なくない?」
ちいちゃんを取られたのが悔しいのか、むっちゃんはちょっとうらめしそうな目をしつつもそう言った。
確かに、ぼーっとしてるって言うのは当たってる。常にって訳じゃないけど、頭を使わない時や手持ちぶさたな時に、つい思考を巡らせてしまうのだ。
考えるのは、この春からのことと、このまえ望くんや三鷹先輩に言われたこと。
望くんにキスされそうになっても、全然平気だったのはなんで? 三鷹先輩に言われて、他の知り合いに同じことされたらって考えてみても、まるで嫌悪感が沸かなかったのはどうして? わたしって、本当は男なら誰でもいいっていうタイプだったの? これが本当のわたし? それとも、ゲームの設定か何かが影響してる?
そもそも、この世界は本当にゲームなんだろうか。だとしたら、今までのわたしの行動は誰かに決められていたんだろうか? 今まで接点のなかった人たちがわたしに構うのは、ゲームの影響なんじゃないの? だとしたら、彼らを好ましいと思う気持ちも、彼らから向けられる感情や言葉も、嘘ってこと?
そんなことばっかり、あれから何週間も考えた。さすがに、当事者のむっちゃんには簡単に相談できなくて、結局1人で堂々巡りに陥っている。わたしはちゃんと1人の人間として、自分の意思を持って生きているはずなのに、気がつけば自分の意図に反して、今までとは周りとの関係や、自分の立ち位置が変わってしまっていて、なんだか不安になるのだ。
「むっちゃんは、いきなり誰かにキスされそうになったら、どうする?」
「ぐふっ! ごほ、げほ、うぐ……」
ちょうどコーラを飲んだタイミングだったらしく、むっちゃんは盛大にむせた。しばらく背中をさすっていると落ち着いたようで、怪訝な顔を向けられた。
「ひーちゃん、まさかと思うけど、誰かになんかされた?」
「……え、なんで」
うん、あんな聞き方したらバレバレだよね、さすがに。だけど、もう1人で考えても答えはでない気がするんだもん。ただ、ストレートに聞かれると恥ずかしくて、ついとぼけたような言葉が出る。
「急にそんなこと聞くなんて、なんかあったに決まってるでしょ? で、誰に、なにされたの?」
「うう、未遂、だから……」
「未遂でもだよ。大事なことだから、ちゃんと答えて!」
珍しく真剣な顔をするむっちゃんにがっちりと腕をつかまれて、わたしは抵抗するのをあっさり諦めた。
「この前、望くんに、キス、されそうになった」
「マジか……」
むっちゃんは唸るように呟いて、長い長いため息をつく。なんだろう、やっぱりまずかったんだろうか。ここで、別に嫌じゃなかった、とか言ったら更に引かれたりとかしちゃう? ああ、やっぱりもうわからない。
しばらく腕をくんで考えたむっちゃんは、ふいに真面目な顔をしてこちらを見た。
「前は違うって言ったけど、やっぱりひーちゃんにもゲームのイベントが起こってるみたい」
「えっ?!」
それってこの前のキス未遂がそうだったってこと? もしくは、他にもなにかあるの?だとしたら、やっぱりここはゲームの中なんだろうか。
呆然とむっちゃんを見返すと、まっすぐこちらを見る視線とかちあう。その真剣な視線に、不安に揺れそうだった気持ちが少しだけ落ち着いたような気がした。
「キス未遂は、目白望ルートの分岐なんだ。そこでキスを受け入れると、完全に目白望の個別ルートに入る」
「え、じゃあ、今は?」
「ひーちゃん、拒否したんだよね? なら、大丈夫。ただ、だいぶ好感度は高いから、次のイベントがあると思うよ」
「そ、なんだ……」
大丈夫、という言葉に安心しつつ、まだ油断できないって言われているようで、なんだか不安になる。
「他にも、千鳥先輩の猫とか、文化祭の閉じ込め事件とか、ああ、もしかしからさっきのお風呂場のもそうかもしれない」
「え、ちょっと待って。もしかしたらってどういうこと?」
「オレの思い出したイベントと、ぴったり一緒じゃないから」
どうやら、春からの間に少しずつゲームの記憶を思い出していたんだけど、それが今むっちゃん自身やわたしの周りで起こっていることと微妙に違っていて、確信が持てなかったらしい。
「場所やタイミング、相手が美歌ちゃんじゃなかったりとかしてたからね。でも、ここまできたら、たぶん間違いない」
「じゃあ、やっぱりここはゲームの中で、わたしたちは誰かに操られてるの?」
なんだか、得体の知れないものに取りつかれているようで、ゾッとする。思わずソファの上で小さくなると、むっちゃんに背中を撫でられた。
「それはないと思うよ。本当にゲームの中で、誰か外にプレイヤーがいるんだとしたら、こんなにゲームのシナリオと差は出ないんじゃないかな」
「本当に?」
「うん。強制的に体や気持ちが動くって感覚もないし、大丈夫だよ。オレたちは、ちゃんと自分の意思で動いてる」
膝の上に置いた手を、ぎゅっと握りしめながら言うむっちゃんに、ああ、不安なのはわたしだけじゃない、と思った。それなのに、わたしを元気付けようとしてくれるむっちゃんに、なんだか胸が暖かくなった。
「ありがとう、むっちゃん」
「ううん。ごめんね、オレがゲームの話なんてしたせいで、ひーちゃんを不安にさせて」
「いいよ。きっと、知らなかったらもっと不安になってたかもしれないし」
ここはゲームかも、という意識があったから、周囲の変化もまだ冷静に見れていたのだと思う。ゲームかもしれないという不安も、この変化はゲームのせいだからという逃げ道も、両方あったんだ。
なんだかちょっと安心して、緊張がゆるんだ気がする。むっちゃんのほうを見ると、同じく安心したらしく、ソファの背に体を預けて、大きく息をはいていた。
「そういえば、目白から逃げたあと、誰かに会わなかった?」
「三鷹先輩なら、会ったけど……」
「目白のこと、怒られたでしょ?」
「うん。……まさか、それもイベント?」
恐る恐る聞くと、うん、と頷かれた。
「目白から逃げると、目白の次に好感度の高いキャラが出てきて、ヤキモチ焼かれるんだ」
「えっ、ヤキモチ?!」
「そこで、目白より相手の方が大事、みたいな返事をすると、その人の好感度が跳ね上がるんだよ」
本当に、ゲームの選択肢みたいな物言いに、わたしはポカンとむっちゃんを見た。
「ちなみに、なんて言われて、なんて答えたのか、聞いてもいい?」
「え、っと。……怒らなくていいのか、誰にされてもいいのか、って」
「それで?」
「望くんのことは、なによりびっくりしたってのが大きすぎて。もうしないなら、気にしないよって言ったんだけど……。そしたら、警戒心がないって怒られた」
自分では警戒心は人並みだと思うけど、そんなにあれを許したのがダメだったんだろうか。ちらりとむっちゃんをうかがうと、なんだか妙に納得したような顔をしていた。
「なるほどね。その感じなら、三鷹先輩の好感度は変わってないか、ちょっと下がったくらいかな」
「うー。わたしの感覚がおかしいの? たぶん、望くんだって本気じゃなかったろうし、未遂だったんだよ?」
「どうだろう? ひーちゃん、恋愛に夢見るタイプじゃないし、今好きな人いないなら、まあ、わからなくもないけど」
そう言ってむっちゃんは苦笑した。なんだか、恋愛に興味のないお子様って言われたようでちょっと悔しい。そりゃあ、好きな人はいないし、ファーストキスに憧れとかないけど。
「だって、キスくらい、わたしたちしたことありそうじゃない?」
「……まあ、確かあるみたいだけど、幼稚園とかの頃でしょ。あんなのノーカンだよ」
「そういうもの?」
「記憶ないし、いいんじゃない?」
実際、記憶ははっきりないものの、それっぽい写真がアルバムに貼ってあるのを見たことがある。
むっちゃんの言うように、お互い記憶もないし、なんにもわかっていなかったんだろうから、なかったことにしてもいっかとは思うけどね。まあ、そういう事情もあるし、この前のも気持ちが伴なってないからノーカンってことでいいんじゃないかな。だめかな。
「でも、三鷹先輩の言うように、警戒心がないとは思うかな」
「どの辺が?」
「さっきのお風呂のカーテンとか。それに、簡単に男子と2人っきりなったりするみたいだし」
「お風呂場で会う可能性がある男子なんて、むっちゃんくらいじゃない。それに、知らない人と2人っきりになるわけじゃないよ?」
ちゃんと、自分なりに相手の人となりを知ってる相手じゃないと、わたしだって怖いもん。そう思って言い返したら、しょうがない子を見る視線を返された。なんか悔しい!
「完全にゲーム通りじゃないけど、イベントが起こってるんだから、油断しない方がいいって。特に、ゲーム関係者にはあんまり気を許しすぎない方がいい」
「うーん、それはむっちゃんにも?」
「うん、一応気を付けて。ひーちゃん、まだ好きな人いないんでしょ?」
うん、とうなずいて、そっぽを向いたら笑われた。悪かったですね、高校2年にもなって好きな人もいなくて。
「だったら、余計気をつけてよ。なにが起こるかわかんないし、ぐいぐいこられたら、ひーちゃん流されそうなんだもん」
「んー、そんなこと、ないと思う」
「どうだかね」
笑い混じりのその台詞に思わずそちらを向くと、にやにやしたむっちゃんが、コーラを飲むところだった。あ、なんかその顔、ムカつく。
「むっちゃんはどうなの?」
「なにが?」
「美歌さんだよ。好きなんじゃないの?」
お返しとばかりににやにや笑いを隠さずに言うと、むっちゃんは苦い顔をして頭をかいた。
「うーん、……美歌ちゃんが、わかんなくなってきた」
「ん? どういうこと?」
思わず首をかしげる。天羽さんがわからないって、前々から読めない人ではあったけど、一体何があったんだろう。
「最近、避けられてるっていうか、距離を取られているっていうか、なんか前より遠いんだよね」
「え、あんなに仲よさそうだったのに、喧嘩でもしたの?」
「特にそういうのはないし、普段の態度は前と変わらないよ。でも、あんまり近づこうとすると、ちょっと引かれる感じ?」
それはどういうことだろう。今まで彼女は、攻略対象と積極的に関わってると思ってたんだけど、そうでもないってことなのかな。
「うーん、脈なしってことかなあ」
「えーっ、そんなの、アリなの?」
だって、初めのうちは自分からぐいぐい近づいてきたりしてたのに。そしたら、期待しちゃうものなんじゃない? 期待させといて逃げるって、そんなのずるくない?
「普通の駆け引きのうちじゃない? あ、この人好きになられそうって思ったら、自分は友達で充分だと思ってる、って意思表示しとかないと、相手の期待はもっと大きくなるからね」
「それって、経験上の話?」
「うん。残念ながらね」
さすが、人気者は違いますね。自分も経験があるからわかっちゃうって、切ないけど。でも、天羽さんの場合は、ゲームのこともあるし、ちょっと違うんじゃないのかなあ。なんだか納得できずにうーん、と唸っていたら、いきなり頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜられた。
「ちょっと、むっちゃん!」
「あはは。ひーちゃん、心配してくれてありがと。でも、オレは大丈夫だから」
「そう? 本当に?」
「うん。オレのことはいいから、ひーちゃんは自分の心配して。自分の思うようにしなよ」
そう言って笑うむっちゃんにうなずきつつ、わたしは天羽さんのことをもうちょっと探ってみよう、と心に決めたのだった。




