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彼女は特別(目白望視点)

芸能界に片足を突っ込んだのは、物心つく前。赤ちゃんモデルってやつをやったのが始まりだった。きちんとした役者の仕事をもらうようになったのは中学1年の秋で、高校に入ってからは、名指しで仕事が来るようになった。

それが、同じ世界でずっと先を行っている父の影響なのか、ジャンルは違ってもエンターテイメントの第一線で活躍する母の影響なのか、それとも自分の実力かはわからない。だけど、有名な親を持ち、自分も人目に触れる世界にいるせいか、自分の意思に関係なく周りには大勢の人がいた。

特に、女の子たちが多かったけど、どの子もみんなキレイな服を着て、ばっちり化粧をして、自信にあふれた子ばかり。初めはそんな子達にちやほやされて嬉しかったけど、だんだんそれがちょっとしんどくなってきた。だって、ほとんどの子がボクじゃなく、ボクの向こうの父や母、ボクより売れてる事務所の友人、それかボクの持っているものか見た目を見てるんだってことに気がついたから。ボク本人のことをもっと見てほしくて、それがかなわなくてしんどかったんだ。

だから、初めてヒロムちゃんに会ったとき、そういうボクの周りのものや、持っているものを嫌うタイプの人だとわかって、友達になってほしくなったのだ。



パタリと手にしていたシャーペンをテーブルに置く。

ぼんやりと自分の手を見つめていると、今日触れたばかりの彼女のことを思い出す。今まで女の子に触ったことがないわけじゃないのに、なんとなく感触が残っていて、胸の辺りをモヤモヤさせる。

ファンデどころかパウダーすらのっていないほっぺたはしっとりと滑らかで、そこからたどった首筋とうなじはか細くて温かくて。指にからむ髪の毛はふわふわと細くてやわらかい。ボクの周りにいる女の子は香水や化粧品の匂いがする子ばかりだったから、シャンプーや柔軟剤のような香りがするのも新鮮で、こっそり深く息を吸い込んだ。間近に見た瞳はトロリとしたチョコレート色で、それをおおうコンタクトレンズの膜が邪魔に思えた。


「でも、なんであんなことしたかなー」


彼女、ヒロムちゃんは、いつもボクの周りにいる子達とはちょっと違うって、言うまでもなく、わかっていたはずだ。

真面目で勉強が得意で、人と話すのがちょっと下手くそで、あんまり口数が多くなくて。だけど、好きなこととか興味のあることには目をキラキラさせて、いつもより高い声でよく話す。ふだんはすましてる分、笑うと急に子どもっぽく見える。ボクを利用することなんて考えてなくて、ただの後輩として見てくれる、本当に普通の高校生。

いきなり近づいて触ったりしたら、びっくりさせるに決まってた。それを喜んだり、照れてみせたり、笑ってかわしたりなんて、できっこないってわかっていた。一歩間違えたら、嫌われたって文句は言えない。だけど、あの一瞬は確かに、泣かれてもおびえられてもいいと思ってた。仮に攻撃されても、それを彼女が後から後悔してくれるなら、それでもいい。

それくらい、こっちを見てほしかった。彼女を傷つけることになっても、ボクのことだけ考えてほしかったんだ。


「なんでもない友達してるのが楽しかったはずなのに、矛盾してるなー」


カップのミルクティーに口をつけてつぶやいた。

一緒にご飯を食べながらおしゃべりしたり、休みの日に出掛けたり、勉強を見てもらったり。そこにはなんの損得勘定もなくて、理由はただ楽しいからってだけで。

それでよかったはずなのに、いつの間にかヒロムちゃんは、すごく重要で特別な友達になっていた。仲良くしておくと有利だからとか、悪いウワサがあるから付き合わない方がいいとか、友達でもあまり気を許したらダメだとか、裏にそういう変なごちゃごちゃのない友達がかなり久しぶりで、気づかないうちにすっかり彼女に依存していたようだ。

だから、連雀がボクより先に2人きりで勉強を教えてもらっていたという話を聞いて、腹が立ったんだろう。ボクにとってのヒロムちゃんは、すごく大きな存在なのに、ヒロムちゃんにとってボクは、ちょっと仲のいい後輩くらいの存在でしかないように思えた。それがくやしかったんだ。そりゃ、初めて会ったときの感じからして、芸能科の人間とは関わりたくないです、ってタイプみたいだから、引きぎみなのもわからなくはないけどさ。でも、そういうヒロムちゃんだからこそ、なんにも考えずに一緒にいられるんだよね。

それに、他の子と違ってこれまでヒロムちゃんからなにかを要求されたり、迷惑をかけられたりしたことはない。それがちょっとさびしいのは、きっとヒロムちゃんをかなり気に入っている証拠だ。


「あーあ」

「なあに、あんた勉強してたの」

「母さん。いたの……」


長い長いため息をついていたら、後ろから声をかけられた。振り返ると、ジャージ姿でコーヒーを飲む女の人が、こっちを見下ろしていた。

我が母ながら、落差が激しいなと思う。来客があるときや外に出るときは、バリキャリみたいな格好をするくせに、家の中ではこのあり様だ。家事も苦手でハウスキーパーさんにお願いしてるし、仕事のしめ切りがせまってくると、ろくに食事もとらず、お風呂にも入らず、1週間は部屋に引きこもる。父はだまされて結婚したんじゃないかと思うけど、意外にも積極的だったのは父の方だというから驚きだ。


「いたわよー。ネームを送ったから、休憩中。で? ため息ついてどうしたわけ?」

「……言わないよ」


言ったら最後、大喜びでネタにするのが目に見えている。この母は、これで売れっ子の漫画家だ。特に、女子中高生をターゲットにした雑誌に連載を持っている。そのせいで、ボクから学校や仕事の話を聞いては、話のネタにしようとするので気がぬけない。一緒に住んでいるとはいえ、生活時間が違うせいで滅多に話さないのに、今日は運が悪い。


「ふーん? ま、だいたいわかるけどねえ」

「え?」

「あんた、わかりやすいのよ。お父さんそっくりね」

「何それ……」


しかも、ビミョーに鋭いのが困る。普段はほとんど家から出ずに仕事をしているくせに、どこでそんな能力を身に付けたんだろ。


「ズバリ、望が今好きなのは、真面目系で、勉強が得意な女の子だ。違う?」

「……なんでそう思うわけ?」


ほぼ正解の答えを口にする母に、動揺がばれないように問い返す。


「だーって、あんたが真面目に宿題してるんだもん。好きな子に影響されたに決まってるじゃない。それ以外にある?」

「気のせいだよ。それに、好きは好きだけど大事な友達、だよ」


自分の無意識の行動からそこまで予想したとか、親っておそろしい。だけど、ヒロムちゃんを恋愛感情で好きっていう点だけは否定させてもらう。確かにヒロムちゃんのことは好きだし、もっと近くなりたいけど、この気持ちはボクの知っている恋愛感情とはちょっと違う。友達ともちょっと違うような気もするけど、普通の友達って久しぶりだからよくわからない。だいたい、ヒロムちゃんはボクとの間にそういうのは望んでないだろうし。


「友達だと思ってたらいつの間にか、なんて鉄板よ。それに、気のせいでもないわ。だって、望は昔からそうだもの」

「昔から……?」

「そうよ。音楽好きな幼稚園の先生に惚れたときはピアノをやりたいって言い出すし、サッカーファンの女の子に惚れたときは、サッカーやりたいって言うし。ま、相手の興味や好みを知るっているのは大事だけど、あからさますぎるのよ。父子そろって」


なつかしそうに言う母に、ボクはなんともいえないはずかしさにおそわれた。確かにそんな過去もあった。しかも、その行動の理由も、言われてみたらそうだったもしれない。今回だって、ヒロムちゃんに認めてほしくて、課題を自力で期限までにやるって言ったようなもんだし。


「でも、今回は違うよ。たぶん恋愛感情じゃ、ない」

「へえ?」

「だって、普通、好きな相手には優しくしたいし、笑っててほしいもんでしょ?」


別に、ヒロムちゃんに優しくしたくないわけじゃない。けど、誰かをあんな風に傷つけてもかまわないなんて思うのは初めてだ。


「そうねえ。でも、そればっかりでもないと思うわよ?」

「どういうことさ」

「好きすぎて拘束したり、傷つけたり、殺したりしたくなったりとか?」

「……それって、アリなの?」


なんでもないような口調でこわいことを言う母に、ドン引きした。

そんなのおかしい。一瞬でも、ヒロムちゃんを傷つけてでも自分を気にしてほしいと思った自分が言えることじゃないかもしれないけど、少なくとも相手といい関係を作りたいと思っているなら、間違った考え方なのははっきりしてるだろう。


「ヤンデレがこれほど世の中に浸透してるんだから、アリな人も多いんじゃない?」

「やんでれ……」

「ま、それは極端だとしても、嫉妬とか疑念とか、本気の恋愛なんてキレイな感情ばかりじゃないのが普通よ」

「そんなもんかなあ?」


仮にそうなんだとしたら、この感情は恋なんだろうか。なんだかまだ信じられない気分で聞き返すと、にんまりとした笑顔を返された。


「そうよお。で? なあに、あんたはその子に何かしちゃったわけ?」

「は?」

「だって、そのお友達には、優しくしたい、笑っていてほしい、とは違う感情があったんでしょ? 思い余ってなんかしちゃったのかと思ってね」


あー、やだやだ。本当に、なんなんだろうこの人。なんで全部ばれるわけ? まさか、ネタのために盗聴器とか仕掛けてないだろうな。思わずにらみつけると、楽しそうに笑う。


「やーね、睨まないでよ。一応、親なんだから、あんたの変化くらいわかるわよ」

「どーだか」

「まあまあ、何したかは聞かないけどさあ。もうちょっとゆっくり考えてみたらいいんじゃない?」


そう言うと、母は飲み終えたコーヒーのカップを食洗機につっこんで、仕事部屋にもどっていった。



また一人になって、ぼんやりと考える。

ボクはヒロムちゃんのことが好きなんだろうか。

あの嫌な感情が、本当に母の言うように、恋心から来るものだとしたら、今まで自分が恋だと思っていたのはいったいなんなんだろう。これまでの彼女にあった、キスしたり、抱きしめたりしたい、っていうような気持ちは、ヒロムちゃんにはそうでもない。いや、全くないわけじゃないんだ。今日だって、キスしようとしたし、してもいいと思ってたから。だけど、そういうことをするよりは、一緒にゆっくりする時間を大事にしたい感じで。だからこそ、ボクを見てもらうためにあんなことをした自分にちょっとショックを受けた。別に、キスじゃなくたって方法はあったはずなのに。

だけど、あれが焼きもちとか独占欲というものだと言うなら、そうなのかもしれないと思う。だって、あのとき確かに、連雀なんかよりもボクの方がヒロムちゃんに近いのに、って気持ちはあったし、あのあと出てきた先輩を身内ポジションでうらやましい、と思っていたけど、ヒロムちゃんがボクを許してくれたときの顔を見て、ざまあみろとか思った。

ヒロムちゃんにボクの彼女になってほしいかと言われれば、よくわからないけど、もしそうなったら、すごく大事にしたい。でも、恋愛には興味ないですって顔をしてるくせに、周りの男が多いから、そいつらをけちらすのが大変そうだな。そしたら、またヒロムちゃんを傷つけてでも泣かせてでも、その視線を自分に向けたくなっちゃったりしそうで、自分がこわい。そして、そのせいで本格的に嫌われてしまうのもこわい。だから、自分がそのポジションにおさまりたいとも強く思えないのだ。


「まあでも、ヒロムちゃんはまだ彼氏を作るつもりはないんだろうな」


だからこそ、あんな風に男の前で無防備でいられるんだろう。あれはきっと、ボクに対してだけじゃない。初対面の人じゃない限り、知り合いなら他の人の前でも、きっとあんな感じだ。

それはそれで、安心なのか、そうでもないのかわかんないな。

いつか、ヒロムちゃんも誰かを選ぶんだろうか。それが、もうすぐなのか、まだまだ先なのかわからないけど、そんな時がきたとしても、ボクはずっとずっとヒロムちゃんのそばにいたいし、いてほしい。

だけど、もし、ヒロムちゃんが自分の周りにいるヤツの中からだれか1人を選ぶんだとしたら、ボクを選んでくれたらいいのに。ヒロムちゃんが今よりもっとボクを大事にしてくれるなら、ボクだってもっともっと大事にするのになあ。

そんな風に思うくらいには、ボクはヒロムちゃんのことが好きで、他の人に取られたくないらしい。


もし、これが恋だっていうなら、こんなふうに、どうしていいかわからない恋は初めてだ。



望の口調が難しすぎて、母まで登場する混乱ぶりですみません。

いまいち、自分の気持ちを掴みかねてる望でした。


さて、仕事の都合で来週の更新はお休みさせていただきます。

代わりといってはなんですが、来週から蛇足編として別ページを作成して、本編から漏れた話や、その後の話なんかを不定期でのせていこうと思っています。

興味があったら、そちらもご覧いただければ嬉しいです。

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