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可愛い子猫ちゃん(11月第1週)

ほのぼの回のつもりが、あんまりほのぼのしませんでした。

うちの高校は、行事が多いと思う。


中間テストが終わったばかりの今日も運動会があって、1日中外でみんなが競技してるのを応援したり、競技に出たりしていた。え、わたし? 団体競技の綱引きと、運がものをいう借り物競争にしか出ていません。

だいたいこの運動会、先生がゆっくりテストを採点するために行われるらしいともっぱらの噂だ。現にグラウンドに出てくるのは、体育をはじめとした実技科目と職員競技で走れそうな若手の先生、校長や教頭など授業を持たない先生だけ。

他にも、改選後の生徒会が運営するにはちょうどいい行事だとか、行事やその他で潰されがちな体育の単位を補うためだとか、いろいろな思惑があるらしいですが。

種目も特に練習が必要なものはなく、そんなに力をいれた行事じゃないんだけど、ほら、わたし運動苦手だから。まあ、体育の授業よりは楽なような気もするんだけど。

だけど、今回は競技以外にもいろいろ気疲れすることがあった。打ち上げに行くというクラスメートに、疲れたからちょっと休んでから行くと断りをいれて、しばらくわたしは教室でぼうっとしていた。気がつけばすっかり日は傾いて、校内はいつもよりがらんとしてる。


教室を出て、のんびりと歩く。2階の廊下から何気なく見下ろした先を、見覚えのある人が歩いていた。


「羽田さん?」


一瞬だけ見えた顔が、羽田さんに似ていた。でも、なんでこんなところを歩いているんだろう。彼女が歩いていった先には、体育科の駐輪場と、武道系の部活の練習場、第2テニスコートと、第2倉庫しかない。普通科で帰宅部のはずの羽田さんに用事のある場所ではないはずだ。


「えっ、もしかして、お呼び出し、的な……?」


そういえば、わたしが呼び出しで連れていかれたのも第2倉庫だった。そういえば羽田さん、借り物競争で鴇村くんの眼鏡借りて目立ってたな。いや、鴇村くんのファンはそういう過激なタイプじゃなかったはず……。だとしたら、前にわたしを呼び出した先輩達だろうか。こじつけとはいえ、羽田さんの報復としてわたしをシメたつもりが、三鷹先輩にバレて学校側からは厳重注意と反省文提出、壊したわたしの携帯電話の弁償を言い渡され、三鷹先輩からも、わたしや自分たちに近づくなと、かなりきつく言われたはずだ。羽田さんが逆恨みされても、おかしくないかもしれない。タイミングが遅すぎる気もするけど、ほとぼりが覚めるまでは周囲の目も厳しかっただろうから、今になって、というのも考えられなくはない。


「……よし」


わたしは1人気合いをいれて、羽田さんを追いかけることに決めた。何でもないならそれでいいけど、万が一ってことがある。危なそうだったら、誰かを呼ぶくらいわたしにもできるんだから、確かめるくらいしておいて損はない。だって、お呼びだしって本当に理不尽だし、一方的で苦痛なことだから。

急いで階段を下りて、玄関で靴を履き替えると、さっき羽田さんがいた方に向かった。そうでなくても遅いわたしの足は、運動会の疲労で思うように動いてくれない。羽田さんの姿を再びとらえる頃には、すぐ先に第2倉庫があるところまで来ていた。


「やっぱり、倉庫……」


キョロキョロを辺りを見回しながら、羽田さんは倉庫の裏手の方に入っていく。ここからじゃ、そこに誰がいるのか、何があるのか見えない。あまり近づくと、ついてきたのがばれるかもしれないけど、でも確かめられなかったら意味がない。

そうっと倉庫の横に回り込んで、静かに壁の向こうを覗き込む。見えた人影は1つ。どうやら、羽田さん以外に人はいないようで安心した。何をしてるのか気にはなるけど、そんなに親しくもない相手にあとをつけられて、後ろから覗きこまれてたなんて気持ち悪いもんね。

1人で戻ることに決めて、そうっと後ろを振り向いたわたしは、心臓が止まるかと思うほど驚いた。そこには、人がいたのだ。しかめっつらで、こっちを見る、千鳥先輩が立っていた。


「羽鳥、こんなところで何をしてるんだ」

「しーっ!」


特にボリュームを下げるでもなくそう言った千鳥先輩に、わたしは思わず駆け寄った。羽田さんには見つかりたくないのだ。できるだけ、静かにしていてもらわなければ。


「なんだ。奥に、何かあるのか? まさか、また誰かに……」

「いえっ、違います。大丈夫ですから、行きましょう。ねっ!」


できるだけ声を潜めて、でも強い調子でそう言いながら、ぐいぐいと先輩の体を押す。


「えっ、おい?」

「お願いですから、声を落として……」

「なにしてんのよ」


どうにか静かに立ち去ろうとしていたわたしの背中にかけられたのは、紛れもなく羽田さんの声だ。そうっと振り向くと、眉間にシワを寄せ、腕を組んだ羽田さんが立っていた。


「……羽鳥、羽田を追いかけてたのか?」

「はあ? なんであたし?」


うっ、確かにその通りなんだけど、それ言っちゃうんですね、千鳥先輩。そして、この2人が繋がっていたことにびっくりだ。やっぱりゲーム関係者だからか。探るような視線を寄越す羽田さんと千鳥先輩に、わたしは覚悟を決めた。


「ごめん、1人で羽田さんが人のいない方に行くから、なんかあったのかと思って……」


気まずい思いで羽田さんを見やると、彼女はピクリと眉を上げた。


「なんであたしを心配するん、です?」

「いや、第2倉庫の方だったし、もし呼び出されたりしたんなら、わたしでも、人くらい呼べるでしょ?」


無理矢理笑顔をつくってそう言うと、羽田さんは気まずげに顔を歪めて、ため息をついた。


「別に、そんなんじゃない、です。あたし、羽鳥……先輩と違って、自分でなんとかできるし」


ふいっと顔を背ける羽田さんに、自分の行動がただのお節介だったってことを再確認した。ま、お節介で済んでよかったんだけどね。


「うん。だからもう帰るよ。ごめんね、黙ってあとをついて来たりして。さ、千鳥先輩も帰りましょう」

「あ、……待って!」


方向転換しようとしたら、羽田さんに呼び止められた。なんだろう、と思ってそっちを見ると、なんだか困った顔をしている。


「あの、お2人にちょっと聞きたいんですけど」

「うん?」

「俺もか?」


わたしと千鳥先輩が返事をすると、羽田さんはこくりとうなずく。ちょいちょい、と手招きをするので、彼女に続いて倉庫裏に行くと、ちょっと草が深くなっているところに一抱えはありそうな段ボールがあった。


「この子達、1匹でもいいんで、飼えませんか?」

「……子猫?」


段ボールの中にいたのは、小さい猫だった。明らかに子供サイズと思われるのが3匹、ミーミーとか細く鳴いている。


「……可愛い」


ぼそり、とそう言ったのは千鳥先輩だった。そういえば、この人小さい生き物が好きなんじゃなかったっけ。ストライクもいいところだ。しかし、赤ちゃんってどんな生き物でも可愛いっていうのは本当だね。特に動物好きって訳でもないわたしでも、うわああってなるもん。

早速箱からキジトラの子を出して、わしわしと構っている千鳥先輩を横目に、わたしは羽田さんから事情を聴くことにした。


「この子達、どうしたの?」

「昨日、弟が拾ってきて。うちで飼えないかと思って一晩様子を見たんだけど、他の子が落ち着かないから……」

「他の子?」

「ウサギとハムスター。同居できる場合もあるって聞いたんだけど、やっぱダメだった」


ああ、駄目そう。かたや草食、かたや肉食だもんね。同居できる場合ってごく少数なんじゃない? うちは生き物飼ったことないから知らないけどさ。でも、それなら家に置いておくわけにもいかないのか。


「それで学校に?」

「クラスの人にも聞こうと思って。でも、もう飼ってるからって人が多くて」

「ふうん。でも、ずっとここで飼うわけにもいかないもんね」


ため息混じりにそういう羽田さんは、当然ながらこの子達をこのままにできないってことをわかってるんだろう。数日ならいいかもしれないけど、用務員さんにバレたら処分されるに違いない。自分で野良としてやってけるくらい動き回れればいいけど、この子達じゃまだ無理そうだし。


「だから、頼んでるんです。羽鳥先輩んち、猫飼えない、ですか?」

「うーん、わたし1人で決められないから、せめて明日まで待ってくれない?」

「う、じゃあ、一晩この子達、ここに……」


確かにうちのマンションはペット可だけど、実際飼えるかは親に確認してみないことにはわからない。わたし自身、そんなに猫に情熱もないしな。昔はペットに憧れたりもしたけど、今は特にないもんなあ。確かに、すっごく可愛いし、ちょっと欲しいかもとは思うけど。

思案していると、千鳥先輩がおもむろに口を開いた。


「うちで預かろうか?」

「えっ? い、いいんですか?」

「ああ。うちはもう2匹飼ってるし、道場繋がりでよければ里親も探せる」


緩んだ表情の千鳥先輩は、いつのまにか地面にあぐらで座っていて、箱の中にいた3匹ともを足の間や上で遊ばせている。……そんなに好きなんだ。


「お、お願いします!」

「羽田の方でも探すんだろう?」

「はい」

「じゃあ、連絡先を交換してくれ。里親が決まったら教える。羽鳥も」


そう言われて、あわあわと携帯を取り出す羽田さんをぼんやり見ていたら、わたしにもお声がかかった。


「えっ、わたし?」

「家で飼うかどうか相談して、結果を教えてくれ」

「はあ……」


なんでか言われるままに千鳥先輩と羽田さんと連絡先を交換して、なんだか楽しげに段ボールを抱えていく千鳥先輩を、羽田さんと2人で見送った。


「わたしたちも帰ろうか」

「あ、う……はい」


2人しかいないのに、1人だけ先に帰るのも微妙、というか確実に追いつかれそうなので、一応声をかけてみた。とはいえ、羽田さんとの共通の話題って別にないんだよねえ。


「あの」

「ん?」


先に口を開いたのは羽田さんだった。


「テスト前に、連雀の勉強見てたって」

「ああ。んー、時々わからないとこ教えてただけだよ」

「ふうん。けど、あいつ、前よりできたって喜んで、ましたよ」


そういえば、連雀くんって羽田さんたちの勉強会から逃げてきたんだっけ。わたしは聞かれたことに答えるくらいしかしてないけど、本人が喜んでいたんならよかった。

羽田さんだって、鴇村くんと勉強会してたんだから、今回はできたんじゃないのかな。なんせ、学年トップに教えてもらってたんだし。


「それはよかった。羽田さんは?」

「えっ?」

「鴇村くんと勉強してたんでしょ? どうだった?」

「……厳しかった、ですよ」

「あー、自分にも他人にも厳しそうだもんね。でも、話せたんでしょ?」

「まあ、多少は」


遠い目をする羽田さんに、わたしは思わず苦笑した。厳しく指導する鴇村くんが目に浮かぶわ。とはいえ、昔みたいに話す事も目的だったんだし、まあいいんじゃないのかな。


「ところで、羽田さん」

「はい?」

「別に、わたしに無理して敬語使わなくていいからね?」

「えっ」


ピタッと足を止めて、羽田さんはこっちを見た。相変わらずバッチリメイクの大きな目を、さらに見開いている。うん、ちょっと大きすぎて怖い。


「さっきから、わたしのこと先輩って呼ぼうとしたり、敬語使おうとしてつっかえてるんでしょ?」

「う……」

「前はため口だったし、今さらだからさ。別に、話しやすいように話してくれていいよ?」


今日まで、スーパーで会ったときも、文化祭でさんざん言い合ったときも、思いっきりため口だったのだ。それを今さら敬語にされても気持ち悪いんだよね。中学の時の部活が、だいぶ上下関係に緩かったせいか、別に後輩には敬語で話してもらいたいって訳でもないし。


「あれは、その……ごめんなさい」

「いえいえ。おかまいなく」

「……じゃ、その、口調だけ。ため口でもいい?」

「いいよ。お好きなように」


わたしが笑って見せると、苦笑だったけど羽田さんも笑ってくれたようだった。

結局、羽田さんとはテストの話や今日の運動会やさっきの猫の話をしながら一緒に歩いた。そして、学校の最寄り駅で別れて、それぞれクラスの打ち上げへ。


ちなみに、子猫はうちでキジトラを1匹もらうことになりました。夕食の席で何気なく話したら、意外なことに父が超乗り気でね。今度、うちになれた頃に、羽田さんにも会わせる約束をした。

……ってあれ? なんかわたしまで羽田さんと繋がりができてるんだけど、大丈夫だよね?



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