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修学旅行3日目(10月第1週)

正直に言って、わたしは「地図を見ながら目的地に向かう」ということが苦手である。一度通った道を覚えるのは得意なのだが、行ったことのないところに地図を見ながら行こうとすると、絶対に途中で道を間違えるのだ。

だから、札幌小樽自由散策の今日は、間違ってもみんなからはぐれるまいと思っていた。それなのに、いざ、お昼のスープカレーを食べ、羊を見に行こうとバスターミナルに向かう途中、見事に先を行く友達を見失った。横断歩道を渡りながら、路面電車をぼんやり眺め、「すすきの」と書かれた駅名に、おお、ここがすすきの、例のバーに探偵がいる町! とか意識を余計なことに向けたら、先を歩いているはずのよりちゃんたちが見えなくなっていたのだ。我ながら情けない。


「はああ、さっむ」


そんなわけで、わたしは現在、大通公園で時間を潰している。さっきメールをしたら、もうみんなはバスに乗ってしまったので、わたし抜きで羊のいる丘に向かってもらうことになった。もとから、そのあとドームに寄って、この大通公園に来る予定になっていたので、みんなが予定を消化して戻ってくるまで、わたしはこの辺で待つことにしたのだ。だって1人で移動とか怖くてできないし! すすきのからここに来るまでに、3回も曲がるところ間違えたんだもん。絶対に無理。


この公園は縦に長くて、どこまで行ってもテレビ塔が見える。迷子にならなそうだったので、なんとなくふらふら散策することにした。

この修学旅行は防寒のために、制服以外の服装も可なので、わたしはできる限りの防寒をして来た。厚手のレギンスパンツにちょっと丈が長めのニット、それにピーコートを羽織ってムートンブーツをはき、スヌードも装備している。しかし、それでも黙って立っていると寒い。だから、少し動き回ることにしたのである。

テレビ塔はみんなでのぼる予定なので、外から眺めるだけ。でも、入り口の辺りに真っ赤な三角のゆるキャラらしきものがいたので、とりあえず、デジカメにおさめておいた。歩いて行くと大きな噴水や花壇もあって、平日なのに結構人がいる。テレビ塔の反対側の端までたどり着くと、道路の向こうに見えるレンガ造りのレトロな建物を写真に取って、元来た方に戻ろうと踵を返した。

ふいに視線をあげると、通りがかりの人と目があってしまった。気まずいな、と思って固まったら、相手がにやりと笑って連れの人と一緒にこっちへ向かってくる。えっ、なに? わたし、何かしただろうか。それともどっかおかしい? 思わず視線をそらして、足を動かしていると、進行方向を塞がれた。

よけて行こうと思っても、体の向きを変えると、相手も同じ方に変えるので、結局避けられない。


「あの……」

「ああ、やっぱり」

「は?」


思わず顔をあげると、嫌なにやにや笑いと目があった。なんだこの人たち、気持ち悪いんですけど。


「ねえ、君、観光? 1人みたいだけど、案内しよーか?」

「オレら地元民だしさ、ちょーど暇だし」


こんな平日の昼間から暇な若者なんて、ろくでもない予感しかしないし。眉をひそめて、黙って早足で通りすぎようと思ったら、腕をつかまれた。


「ちょ、なんですか」

「いやいや、オレ、君みたいなちょっとキツそうな子、結構好みなんだよね」


思わずムッとした。悪かったですね、キツそうな顔で。まあ、性格もそれなりですけど。あんたの好みとか嬉しくないです。いいから放して! 思わず、睨み付けるように相手を見返してしまった。


「あ、いーね。その気の強そうな感じ」

「なにお前、Mっ気あんの?」

「ちっげーよ、そういう子のが泣かしてみたくなるじゃん?」


ギャハハ、サイテー、とか目の前で喋ってる男たちにゾッとした。泣かしたいとか、意味がわからない。なんだ、このわけわからん人たちは。話が通じる気がしない。関わっちゃダメだ。早くここから逃げなくちゃ。


「ひ、人と待ち合わせてるので通してください」

「じゃあその子も一緒でいーよ。ほら、行こう」

「いやいや、無理です。いりませんから……」


本当は、無理だ、放せ! と叫びたいけど、思ったより腕をつかむ手が強くてできない。だって、相手が実力行使に出たら、たぶんわたしじゃひとたまりもない。殴られたりとかしたらどうしよう、と思うと足がすくんでしまう。だって、痛いのは怖いじゃない。


「そんなこと言って、実は結構嬉しいんだろ?」

「あ、ツンデレってやつ?」

「はああ?」


なにその勘違い! 誰がツンデレだ。なんで初対面の、しかも話の通じない人に失礼なこと言われて、嬉しいわけがあるか。


「別に悪いことしようってわけじゃないんだぜ? 面白いとこ連れてってやるって」

「だから、いりませんってば」


わたしが面白いと思うものと、この人たちが面白いと思うものは、絶対に合わないと思う。

こっちは必死で踏ん張ってるのに、ぐいぐいと腕を引かれて、じりじりと動いているのがわかる。まずいって、これは。知らない土地で知らない場所に連れていかれるなんて、いろんな意味で怖すぎる。


「はい、そこまで」


ふいに、頭の上から声が降ってきた。


「な、なんだよ、あんた」

「そっちこそ。うちのに何してんの」


わたしの腕をつかむ男は、不審そうに、わたしの後ろを見ている。慌てて振り向くと、そこには不機嫌そうに眉根を寄せた鷲巣先生が立っていた。


「っせ、せん…」

「おめーもなにやってんだよ。テレビ塔のところにいるんじゃなかったのか」

「ぎゃ!」


先生、と呼ぼうとしたら遮られて、おまけにおでこをぺちんと叩かれた。痛くはないけど、驚いて思わず声が出てしまう。ていうか、なんでわたしがよりちゃんたちとテレビ塔の前で待ち合わせてるの知ってるんだろう。叩かれたおでこを押さえてぽかんとそっちを見ていると、わたしの腕から男の手をひっぺがして、そのまま手を握られた。


「ほら、行くぞ」

「ちょっと待てよ! 急に出てきて、なんだよあんた!」

「そうだぞ。こっちはその子と遊びに行く約束したんだ」


そんな約束してないし! 思わず頭を振ると、鷲巣先生はちょっとあきれた顔でわたしを見て、ふんと鼻をならした。


「悪いがこっちが先約だ。なあ、弘夢・・?」

「うぇっ? あ、はいっ」


今、わたしの名前、しかも下の名前で呼んだ? 状況が飲み込めず、ぼうっとしていたら、ふいに強く手を引かれて、ボスンと先生の体に衝突する。なにこれ、どうなってるの?


「まさか、連れって、あんたかよ」

「えっ、え?」

「そうだけど?」


展開についてゆけず、まともに応対できないわたしに変わって、余裕の態度の鷲巣先生が答える。男2人は顔色が悪いようだ。まあ、先生の方が体大きいし、明らかに年上の余裕を醸し出してるし、客観的に見て見目もいい。たぶん、やり合ったら負けるかも、って判断したんだろう。こっちを睨みつつも、微妙に腰が引けている。

そんな相手の様子を見て、先生はなんだかこっわい笑顔を浮かべて、わたしの肩に手をやった。って、近い近い! そして顔が怖いです、先生! 赤くなっていいやら、青くなっていいやら……。

ひいい、と心のなかで悲鳴をあげていたら、いきなりぐっと肩を抱き込まれて、思わずひゃあと声が出た。



「まだなんか用があるのか? もういいだろ? ……行くぞ、弘夢」

「な、おいっ!」


体の向きを変えて歩きだす先生に、一瞬遅れて、引き留めようとするような声が聞こえたけど、追いかけてくる様子はない。早足で進む鷲巣先生に、頭がついていかないわたしは、小走りになりながらおとなしく従うことにした。




*****




「ココアでいいか?」

「あ、はい、ありがとうございます」


連れていかれたのは、公園とは通りを挟んだ向こうにあるチェーンのカフェだった。促されるままに窓際の席に座っていると、飲み物を載せたトレイをもって、鷲巣先生が向かいに座った。

先生は、ココアのカップをこちらに置くと、自分の分のカップに口をつけた。


「あの、先生」

「なんだ?」


ええと、なにから聞いたらよいものか。疑問は山ほどある、けど……。


「あの、怒って、ます?」


なんか微妙に空気がピリピリしているのは気のせいじゃないと思うんだよね。腹に据えかねてるというか、不機嫌というか、とにかく、気に入らないって顔をしている。これって、わたしのせい?


「ああ、そうだな」

「す、すみません。お手数お掛けして」

「全くだ。だいたい、なんで連絡しなかった? しおりに緊急連絡先書いてあったろ」

「あ、それは……」


スマホの充電が切れそうだったから温存したかったのと、よりちゃんたちと待ち合わせもできたから、わざわざ連絡しなくても大丈夫かと思ったのだ。迷子になりましたっていうのが恥ずかしかったのも、ちょっとあるけど。


「藍田から羽鳥がはぐれたって連絡がこなかったら、俺もここまで来なかったんだぞ。そしたら、1人でどうするつもりだったんだ」


確かに鷲巣先生が来てくれなかったら、わたしはさっきの人たちにずるずる引きずられて行っていたかもしれない。嫌だってことは主張してたから、誰かが通報してくれたかもしれないけど、関わりたくないと思われたら放置だろう。そう思ったら、背筋が冷えた。


「心配をお掛けして、すみませんでした……」


しおしおと頭を下げて、わたしはうつむいた。そんなことになったら、先生にも迷惑だろう。本当に申し訳ない。反省の態度を見せると、先生は仕方ないなというようにため息を落とした。


「あと2日半、旅行中は気を付けろよ。しかし、生徒がナンパされるとは、私服可ってものも検討が必要だな」

「へっ?」


ナンパって、あれが? あんな、失礼なのがナンパなの。だって普通、キミかわいいね〜、ちょっとお茶でも的な軽くて見え見えなお世辞をペラッと言う感じなんじゃないの? キツそうな子って好みなんだよね、はないでしょ。わたし、喧嘩売ってんのか! と思ったんだけど。

ぽかんと口を開けたわたしに、先生は苦笑して見せた。


「自覚なしか。もしかして、初めて?」

「えー、ええ、まあ……」


見ず知らずの人にいきなり絡まれるのは羽田さんのときもあったけど、たぶん、ナンパはされたことがない。そもそも、わたしは外で声をかけられることが少ない。基本的に歩くの早いし、たいていイヤホンで音楽聞いてるしね。


「羽鳥は人目を引く見た目なんだから気を付けろよ」

「別に、わたし普通に地味だと思いますけど」

「いやいや、そんなことないだろ。最近は学校でも人目を集めてるんだから」

「それは嫌われてるからですよ?」


わたしが思わずそう言うと、先生は、一瞬虚をつかれたような顔をして、すぐに苦い顔をした。


「お前、自己評価が低いのか、ねじれてるのか……。なんというか、面倒な性格だなあ」

「どういう意味ですか」


ため息混じりに言う様子に、なんとなく呆れられている様な空気を感じて、わたしは思わず低い声で返した。


「そのまんまの意味だよ。なんで嫌われてるからなんて思うんだ? 女子高校生なら、自分がかわいいからみんな見てるんじゃ、とかもっと自惚れてもいいと思うんだけどな」

「だって、今までの経験上、そんなのあり得ません」


地味だのブスだの性格悪いだの、そんな言葉しかかけられてこなかった人間が、どうしたらそんなに自分を過大評価できるというのか。ここでうぬぼれられるほど楽天的だったら、こんなにひねくれてないです。

なんにも知らないくせに、と言ってしまいたいのを我慢しながらココアを口にした。


「本当にか? かわいいとか言われたことくらいあるだろう?」

「身内以外で、容姿を誉められたことなんてないです」

「ふうん? 俺は結構、好きな感じだけどな」

「っげほ、ごほ!」


今、なんて言った? 好きって、どういうこと。近しい人以外からはほとんどマイナスな評価しか受け取ったことのないわたしにとって、先生の発言はなかなかに衝撃的だった。動揺のあまり、飲みかけのココアが変なところに入ってむせてしまった。


「な、急に、なにを……」


胸を叩きながら咳混じりに言うと、なんだか無駄にいい笑顔を返される。


「思ったことを言っただけなんだけどな。この程度でそんなに慌てるなんて、かわいいところもあるんじゃないか」


わざとなのか、無意識なのか、さらりと恥ずかしい台詞を言う先生に、わたしは顔を真っ赤にして睨み返す。なんだか心臓までうるさい。

簡単に生徒の名前を呼んだりするし、かわいいとか言うし、からかってるんだろうか。先生のくせに、どういうつもりなのさ。よりちゃんたちと合流するまでは、先生と一緒にいなきゃだなんて、憂うつだわ……。



中途半端なところで終わってすみません。

続きは別視点でフォロー予定です。

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