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修学旅行1日目(10月第1週)

今年の四季が丘学園高校の修学旅行は、4泊5日で北海道である。普通科と特進科の2年生が参加するので、まあまあ大所帯だ。ちなみに、体育科は2月にスキー旅行があり、芸能科は課外活動以前に補習時間を確保する必要があるため、この修学旅行には不参加である。


1日目は半分移動日で、午後はまるまる行動展示で有名な動物園で過ごした。

わたしは久しぶりの動物園だったので、それなりに楽しみにしていたんだけど、高校生にもなって動物園か、とか言ってた人もいた。でも、中に入ってみれば、みんな結構なはしゃぎっぷりだった。アクリルガラスや檻の向こうの動物をただ眺めるのと違って、見上げたり、覗きこんだり、目を凝らしてみたりして動物を探すのは、思った以上に新鮮だったらしい。しかも、敷地が広大なので、結構あっちこっち走り回って、疲れたら休憩して、おみやげを眺めて、と思い思いに楽しんでいたようだった。


そんなわけで、長距離移動をした上、動物園の敷地を歩き回ったわたしたちは、夕方5時にはホテルに放り込まれた。6時半の夕食のあと、順次入浴を済ませたら、消灯の10時までは自由時間である。さすが北海道、想像以上に寒くて、温泉が身に染みた。明日からは、タイツを80デニールのにしよう。


「ひろちゃん、お土産?」

「んー、今日はあんまり買うつもりないんだけどね」


お風呂上がりにお土産屋さんに寄ったら、ちょうど天羽さんもキーホルダーや根付けを眺めているところだった。わたしは、同じ部屋の子たちがそろって男子の部屋に行くというので遠慮したのだけど、天羽さんは、なんで一人なんだろう。


「まだ1日目だし、荷物増えちゃうと困るもんね」

「うん。とりあえず、冷たい飲み物だけ買おうかな」

「私もそうしよー。暇ならちょっとおしゃべりしない?」

「かまわないけど」

「やったー。じゃ、ロビーにいこう!」


嬉しそうに体を寄せる天羽さんは、パステルカラーのふわふわルームウエアで、ふんわり花の香りがする。同じくお風呂上がりのはずなのに、スウェットにパーカーのわたしに比べて、なんと女子力の高いことか。

買ったばかりの飲み物を手に、並んでお土産屋さんを出ると、斜め前の方から声をかけられた。


「あ、美歌ちゃん、ひーちゃん」

「六実くん。今お風呂でたの?」


首からタオルをさげて、右手にお風呂用のビニールバッグを持ったむっちゃんが現れた。まだ顔を赤くして、髪も濡れてるとこを見ると、ホントに今出たばかりなんだろう。


「むっちゃん、ちゃんと髪乾かしなよ。風邪引くよ?」

「んー。ドライヤー嫌いなんだってば」

「それなら、ちゃんと拭いた方がいいよ」


むっちゃんがドライヤー嫌いなんて、そんなことは知っている。だけど、北海道は寒いんだから、すぐに冷えてしまうだろう。体調を壊したら、このあとの予定は総崩れだ。そんなの、むっちゃんだってつまらないでしょうに。


「そのうち乾くっしょ」

「それで風邪引いて、周りにうつしたら大迷惑でしょ」

「うー」


ちょっと強めに言うと、むっちゃんは申し訳程度にタオルの端を掴み、わしわしと頭を撫でる。


「そんなんじゃ、乾かないってば」

「わあ、ちょっと、痛いよひーちゃん」

「あはは、ひろちゃん、お母さんみたいね」


思わず手を出して、がしがしとわざと強めに拭いてやると、それを見て天羽さんが笑う。外野からも笑い声が聞こえてきて、ハッとした。いかん、何やってんのわたし。つい、うちにいるときの感覚で! 子供扱いするなって怒られるかな、と思ってされるがままになっていたむっちゃんの顔を覗きこんだ。


「むっちゃん?」

「うう、痛い」

「ごめんごめん」

「ちがう、ぐらぐら、する……」

「えっ? うわ?!」


ぼそりと呟くと、むっちゃんの体が傾く。とっさに手を出すと、こちらに倒れ込んできた。肩にのった頭がずしりと重い。

隣の天羽さんや周りから、ひゃあとか、わあとか悲鳴が聞こえてくるけど、それどころじゃない。むっちゃんの様子がおかしい。そっと首筋に手を当てると、お風呂上がりにしたって熱かった。


「美歌さん、ちょっといい?」

「あっ、は、はいっ!」


ぼうっとこっちを見ていた天羽さんに呼び掛けると、はっとして返事を返された。


「むっちゃんのおでこ、触ってみてくれる?」

「えっ? あ、うん……。うわ、熱い!」


わたしに言われるまま、そっとむっちゃんに触れた天羽さんは、驚いたように声をあげた。これで確定、むっちゃんは発熱してる。


「やっぱりか」

「ど、どうしよ、大丈夫かな?」

「まあ、とりあえず、ソファーまで移動させたら、動けるようになるまで待とうか」

「そうだね、わかった」


2人で支えながらなんとかソファーまでたどり着くなり、むっちゃんは力が抜けたように座った。とりあえず、わたしと天羽さんも座って様子を見る。


「頭が痛いだけ? 喉痛いとか、鼻がつまるとかは?」

「ない。けど、頭、すげーいたい」


うう、とうめいて頭を押さえる。たぶん、熱があるのに頭を揺すってしまったせいだろう。知らなかったとはいえ、申し訳ない。


「六実くん、冷たいもの飲む?」

「ん、ちょうだい」


美歌さんがさっき買ったペットボトルのふたを開けて手渡すと、ごくりと一口飲んだ。


「これ、なんのジュース?」

「ハスカップだって。よかったらあげるよ」

「ありがと」


そうつぶやいて、むっちゃんは長いため息をつくと、また下を向く。これは、落ち着くまでもう少しかかりそうだ。

わたしは部屋の鍵を持っているので、同じ部屋の子達たちとすれ違ったらまずいだろう。天羽さんに断って友達にメールを打つべく、ポケットからスマホを取り出した。文化祭の件で壊された携帯電話は、ガラケーからスマホに買い換えたのです。もともと寿命も近かったんだけど、ポイント割引きかない分はきっちり弁償してもらったとも。しかし、どうしても操作がにまだなれなくて、メールを打つのに時間がかかる。

もたもたメールを打っていると、ふいに天羽さんから悲鳴が聞こえた。


「ちょ、ちょ、待って、六実くん。重いよう。起きてよう」


あまりに情けない声に、横を見たら、倒れかけたむっちゃんに、天羽さんが押し潰されそうになっていた。むっちゃんは完全に意識を飛ばしているようで、若干前屈みの体勢のまま、大分向こうに傾いている。それに押されるように、天羽さんの体も傾いていて、困ったような顔を真っ赤にしている。どうにか押し返そうとしているけど、天羽さんの力では無理なようだ。恥ずかしいのか涙目になって眉尻を下げ、ぺちぺちとむっちゃんの肩をたたく天羽さんは、ぶっちゃけわたしでもドキッとした。このままいくと、むっちゃんは天羽さんの膝に倒れこんでしまうだろう。意識ないとはいえ、むっちゃん、役得だなあ。

わたしがぼーっとそれを眺めていたのに気づいたのか、天羽さんから、助けて、ひろちゃあん、と言われてしまった。まあでも、本当に困ってるみたいだし、助けてあげるか。


「ちょっと、むっちゃん!」

「うう、なに」


ばちん、とちょっと強めに背中を叩くと、ぴくりと動いて、返事が返ってきた。


「何じゃないよ。美歌さん、潰す気? ちょっと体起こして」


ぐいぐいと肩をこっちに引っ張りながら言うと、ふっと頭をあげ、天羽さんとの距離の近さに慌てたのか、うわっ、と言って勢いよく体を起こした。また頭を振ってしまったせいか、いてえ、と呟いたけど、反動でぶつかられたわたしもちょっと肩が痛い。


「美歌さん、大丈夫?」

「うん、ありがとう。ひろちゃん」

「ごめん、美歌ちゃん」

「ううん、いいよ。まだつらい?」


気を取り直して、天羽さんに声をかけると、ほほを赤くしたまま、にこりと笑ってお礼を返されて、なんだかあったかいような、くすぐったいような気分になった。ああ、わたしも大分天羽さんにほだされてるわ。むっちゃんの謝罪にも笑顔で返し、おまけに体調を気遣うせりふまでかける辺り、できたお嬢さんだ。


「じゃあ、私、先生呼んでくるね」

「えっ、いいよ、わたしが……」


ふいにぴょこんと立ち上がった天羽さんに、せっかく天羽さんに介抱してもらうチャンスなんだし、と思って腰を浮かせると、パーカーの裾をむっちゃんに掴まれた。 ちょっとなんでよ?!


「六実くんも私よりひろちゃんの方が安心だと思うし。じゃ、行ってきます」


そんなわたしたちを見て、天羽さんはふふっと笑うと、パタパタと小走りにロビーにいってしまった。

えーっ、と言いたいのを我慢していると、むっちゃんはゆるゆると顔をあげ、力のない声を出した。


「ひーちゃん、ちょっと、横になっていい?」

「ああ、うん。それじゃ、どこうか」


せいぜい3人がけくらいのソファーなので、横になるならわたしは邪魔だ。そう思って立ち上がろうとすると、また引き留められた。


「そのままでいいよ。ひざ借りるから」

「えっ、ちょっと?!」


それは無理だと立ち上がろうとしたけど、むっちゃんのほうが速かった。半乾きの頭をすとんとわたしのひざにのせ、光を遮るように腕で目を押さえた。


「あー、ちょっと楽かも」

「むっちゃん、待ってよ。わたし立つから……」

「頭低いと落ち着かなくて」

「じゃあ、美歌さんに頼めばいいじゃない」


気持ちはわかるけど、だったらわたしじゃなくてもいいはずだ。大体、わたしよりも天羽さんに膝枕してもらったほうが、嬉しいんじゃないの?


「無理だよ、そんなの。熱上がっちゃうじゃん」

「はあ?」

「あ、でも、ありがと。美歌ちゃんにおでこ触られるとか、背中さすられるとか、マジ嬉しかった」


その程度でわたしにお礼言うほどとか……! 草食男子のつもりか。


「この、ヘタレめ」

「いーでしょ、べつに」


熱のせいか、照れてるせいか知らないけど、むっちゃんの顔はだいぶ赤い。こういう熱の出し方は久しぶりだし、結構高いんじゃないかな。むっちゃんは、行事の前になると興奮してよく熱を出す子だったのだ。ちなみに、最後にこんな風に熱を出したのは、中学最後の文化祭のときである。しかし、天羽さんからもらったペットボトルをしっかり握って、口元が緩んでいる辺り、かなり機嫌はいいようだ。

反対に、超不本意なわたしは不快ですけど。正直、今すぐ立ち上がって、むっちゃんを放り出したい。まあ、病人相手にさすがにそこまでする気はないけど。ああ、でもやっちゃいたい! せめてもの抵抗に、両手は体の横、背中は完全にソファーにもたれ、しかめ面をして、断じてバカップルではない主張をしてるんだけど、どこまでわかってもらえているやら。

だって、さっきから通りすぎる人、みんなこっちを見てるんだもん。指差してるし、ニヤニヤしてるし、あ、携帯電話いじってる人もいる。友達に報告とかしてんじゃないでしょうね。はあ、勘弁してよね。


「変な噂たったら、責任とってよね」

「……ん、りょうかい……」


だめだこりゃ。これは全然聞こえてない。はあ、とため息を1つ落として、わたしはぼんやりと行き交う人々を眺めた。眉間にシワがよっている気がするけど、仕方あるまい。

だって、ほぼ見世物状態だし、むっちゃんの頭は重いし、髪が濡れてるから、わたしのスウェットまで濡れてるし。こんなんでにこにこしていられるほど、わたしは心は広くない。


「……んね、ひ……ちゃ」

「ん、なに?」


かすかに、むっちゃんに呼ばれたような気がして、聞いてみたけど、まともな返事は返ってこない。なんだ、気になるな。


「……と、は……きづ、……ば」

「……もう、なんなのよ」


しかし、どうやらむっちゃんは寝ぼけているらしい。これはまともな返答は望めない。今、何を話そうとしたのか聞き出すのはあきらめて、きちんと回復してから聞き出すことにしよう。そう思って無理矢理前を向いた。


結局、天羽さんが先生を連れて戻ってくるまでの約5分間、通りがかった顔見知りにからかわれ、なぜか写メをとられ、そして誰も助けてくれずに放置されていた。理不尽だ。

そして、先生方にも一瞬微妙な顔をされ、不可抗力だったと主張したら、苦笑いを返された。天羽さんにまで、仲良しねえ、なんてほわほわと笑いかけられて、わたしは違うーっ!! っと絶叫したい気分に襲われた。さすがにしなかったけど。

ちなみに、むっちゃんは一晩寝たらすっかり回復して、翌日の農場体験なんかはすごく元気に動き回っていた。ついでに、わたしのことも一応周りにフォローをいれてくれたらしい。やれやれである。


後でわかることだけど、膝枕のことよりも、わたしにとっては、むっちゃんが寝ぼけて言いかけていたことの方が重要だったのだ。それはこの物語の終盤で、なぜか天羽さんの口から教えられることになる。



どこまで伏線を増やすつもりなのかと自分に問いたいです。

全部回収できるように頑張ります。

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