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彼女は妹分(三鷹健吾視点)

僕は、目立つ顔だちのせいで、妙に遠慮されるか、馴れ馴れしくされることが多くて、普通に接してくれる人は少なかった。特に、変な期待や勘繰りをせずに、初対面から普通に話せる相手は希少だ。断っておくが、自信過剰なわけではない。自分の感情としては、そんなに騒ぐほどでもないと思ったし、普通の中に埋もれたかった。だけど、十何年生きてきて、自覚せざるを得なかったのだからしかたがない。


だから、僕にとって羽鳥は、そんな希少な人間の1人なのだ。

僕が羽鳥と初めて会ったのは、中学2年の秋。生徒会が改選されて、新しい生徒会役員の顔合わせの時だ。僕への対応があまりにあっさりしていて、こんな子もいたのか、と思って驚いたのを覚えている。

クラスと役職を告げ、よろしくお願いします、と頭を下げただけ。だけど、初対面の女子生徒に他の人と全く同じ対応をされる、というのはかなり久しぶりの出来事で、新鮮だった。

役職は僕が生徒会長で、羽鳥は庶務。庶務はほとんど雑用仕事で、他の役員のサポートが主だ。必然的に、一緒に仕事をしたり、話す機会も多くなる。羽鳥は、頭の良さそうな第一印象に違わず、仕事ぶりもてきぱきとして、効率がいい。それに、仕事の話が中心だけど、普通に雑談もできる。廊下で会えば挨拶を交わし、登下校の途中で見かければ、並んで歩くこともあった。時々、こちらをからかうような言動をするけど、そういうやり取りをできる人も少ない僕にはそれが嬉しかった。


肩を少し越えるくらいの茶色の髪をきっちり2つにくくり、規定ぴったりの制服に眼鏡をかけた羽鳥は、かわいいともてはやされるような見た目ではない。しかも、こちらを異性として意識しているとは思えないレベルで、口を開けば容赦がない。

だけど、先輩後輩として、たぶんちょうどいい距離感なのがなんだか安心できて、いつしか僕の中で、羽鳥はただの後輩よりも、かなり気安い相手になっていた。その距離が居心地よくて、でももう少し踏み込んでみたくて、しばらく悶々としていたそのころは、それなりに幸せだったのかもしれない。



だがしかし、僕と羽鳥に恋愛事がからむと、なぜかろくなことにならない。


事件が起こったのは、中3の5月。

僕が生徒会室に行くと、顔を赤くして泣いている1年の女子生徒と、その子を取り囲む女子たちが、ほおに引っ掻き傷を作った羽鳥を睨み付けているところだった。

連日生徒会室の出入り口に固まって騒いでいた1年の女子生徒に、羽鳥がついに、邪魔になるから来ないでほしいと言ったらしい。そこから、口論に発展し、さらにはもみ合いになったそうだ。

1年生には、仕事で来る人の邪魔になるから、来ないでほしいと話して帰した。けど、失敗したなと思った。あの子たちが、僕を目当てに来ていたのは、うすうすわかっていた。でも、来るなと言って文句を言われるのも面倒だったし、そのうち飽きるだろうと思って放っておいたのだ。ところが、1ヶ月たっても状況は改善されず、他の役員からは不満が出始めていた。それで、羽鳥も注意しに行ったんだろう。僕からもっと早く注意していれば、こんなことにはならなかったはずだ。


その直後、羽鳥の悪評が1年生の間で一気に広まった。それは、今年の夏休み前、高校で広まったのと同じような内容だ。

本人は、なんとなく予想はしてたので大丈夫です、とは言っていたけど、僕のせいで羽鳥が嫌な思いをするのが申し訳なかった。そして、そのせいで彼女が僕と距離をとろうとするのではないかと不安になった。

そこで、僕と羽鳥は絶対に男女の関係にはならない、と周りに認識させることにした。彼女は優秀でとても僕はかなわないとか、時々すごく手厳しいとか、妹がいたらあんな感じだろうとか、意識して周りに話したのだ。親しいけど、それが男女間のなにかではないと、周りにわかってもらうために。

結果として、僕の張った予防線はうまくいった。ただ、羽鳥自身にも僕は異性として見られなくなってしまったのが誤算だったけど。たぶん、うっかり本人に、妹みたいだと言ってしまったせいだ。それ以降、羽鳥から時々冗談で兄と呼ばれるようになり、その度に、嬉しいような悲しいような、なんとも言いがたい心情になる。


今になって思えば、その頃には既に羽鳥を好きになっていたのだと思う。

だけど、それに気づいたのは、僕達が生徒会を引退したあと、打ち上げと称して初めて学外で顔を合わせたとき。

意外なことに、その日は、初めて制服以外の格好で生徒会の面子が集まった日だった。みんな学校の時と変わらない印象だったのに、羽鳥だけは違った。

いつもはきっちり結っている髪をふわりと肩に下ろし、前髪を上げておでこを出していた。眼鏡もなかったから、猫のようなくるりとした眼が、まっすぐこちらに向けられるのを見て、僕は声を失った。他の連中が、羽鳥を囲んで、かわいいかわいいと言っているのを眺めながら、ああ、僕はこの子が好きだったんだな、と思ったのだ。

さらにその後、女子の会話の中で、羽鳥が、三鷹先輩とは今くらいの距離がちょうどいいです、わたしは付き合うとか無理ですよ、と言っているのを聞いてしまった。まさか、告白する前に、事実上ふられるなんて思わなかった僕は、かなりショックだったのを覚えている。

結局1ヶ月考えて、下手に告白して避けられるより、せめて今の距離をキープして、ずっと友人関係を続けていった方が得だと、自分に言い聞かせることにした。だから、高校に入学してからも時々メールをしたし、羽鳥が四季が丘に入学したいと聞いてからは、受験の相談にものった。入学後は、時々生徒会の仕事を手伝ってもらうようにして、細くても切れない付き合いを続けてきたのだ。


諦めがつくまで1年、話していても揺らがなくなるまでさらに1年かかった。そして羽鳥以外に気になる子ができたのはちょうど高3の春頃だ。

誰が見てもかわいいと思える容姿なのにおごったところがなく、なにより、初対面の僕に過剰な反応を示さなかったところがポイントが高い。華やかでやわらかい雰囲気の彼女、天羽美歌という女の子は、どちらかというと硬質な印象の羽鳥とは真逆のタイプだった。だけど、僕に対してフラットな対応をできるところは変わらない。恋人でなくてもいいから、そばにいてほしい人だと思う。

協力は出来ないが、応援はしている、という羽鳥の言葉に、嬉しくなった。


そして、梅雨が明けたころ、校内で羽鳥の悪い噂が広まり始める。詳しい事情は知らないが、西庭で目立つ生徒たちと揉めたことが原因らしい。

相手の中に、天羽がいたというのは驚きだった。でも、聞いてみると本人たちは既に和解していて、周りが騒ぎ立てているだけらしい。羽鳥が目立つ人間に気に入られるのは、彼女の性格ゆえだ。それなのに、外野は彼女のように地味でおとなしそうな生徒が、なんで彼らと親しいのかと、気に入らないらしい。

もし、羽鳥が自分とも親しいと知れたら、どうなるだろう。ふいに考えてしまって、ゾッとした。だから僕は、2年前の二の舞にならないように、余計な被害が拡大しないように、先手を打ったつもりだったのだ。




「そう、ですか。わかりました。もう来ません」

「あ、ああ、今までありがとうな。これからは、勉強に集中してくれ」


想定外の羽鳥の様子に、僕はなんとか平静を装ってそう返すしかなかった。彼女を守るために、僕と距離を取った方がいいと判断して、生徒会の手伝いを別の人間に頼むからと告げたのは、噂が広まり始めて割とすぐのころだ。

もともと特進科は、勉強に集中するため、学校側が部活も委員会活動も最低限しかさせていない。だから、本当は羽鳥が生徒会の手伝いをする方がイレギュラーだったのだ。いつものようにあっさりと受け入れるのだろうと思ったのに、彼女は眼鏡の向こうの目を大きく見開いて、見たことのない色を浮かべた。


「こちらこそ、ありがとうございました。結構楽しかったです。それじゃ」


弱々しく告げ、羽鳥の出ていった扉を見つめて、僕は自分の失敗を悟った。見たことのないあの色は、暗く悲しい色だった。友人として話を聞いてやるという選択肢もあったのではないかということに、そこでやっと気づいたのだ。羽鳥に関わることになると、どうしてこう空回るのかと、自分が嫌になる。


結局、下手に動けばまた空回りそうで、羽鳥と顔を合わせないまま、夏休みになってしまった。

もうだめかと思った夏休みの終わり、たまたま文化祭の準備で学校に来た日に、食堂で羽鳥に鉢合わせた。1ヶ月ぶりに見た羽鳥は、なんだかそれまでよりも生き生きして、明らかにかわいくなっている。前のように僕に軽口をたたく羽鳥を見て、ほっとした反面、誰かが彼女を変えたのかと思うと、寂しさを感じた。このまま離れていったら、いつか、彼女にとって僕がどうでもいい存在になりそうで怖かった。


だから僕は決めたのだ。僕は羽鳥の近くにいて、味方になろうと。羽鳥はおとなしそうに見えて、敵視してくる相手には好戦的だから、どうしたって心配だ。だったら、少しでも敵を減らしてやりたいし、相手とぶつかるにしても助けてやりたい。

今まで、散々仕事でも精神面でも助けられた恩返しだ。



「羽鳥」

「なんですか?」

「周りに変なこと、言われたりしてないか」

「お陰さまで大丈夫ですよ。相変わらず、過保護ですねえ」


学校の帰り、玄関を出たところで鉢合わせた僕達は、久しぶりに並んで帰り道を歩いた。隣を歩く羽鳥は、文化祭以降、毎日コンタクトをして、違う髪型をするようになった。

眼鏡とみつあみをやめた羽鳥に、正面から地味だのブスだの言える人間はいない。なぜなら、羽鳥は本来地味ではないからだ。羽鳥は親戚である鳩谷と顔立ちが似ている。そして、鳩谷は言うまでもなくこっち側、つまり目立つ側だ。そんな鳩谷と似ている羽鳥は、少し見た目を変えるだけで、びっくりするくらい化ける。

羽鳥のことを侮っていた連中にとって、彼女の変身はかなりの衝撃だったらしい。文化祭での奮闘や、見た目が変わったのもあって、羽鳥のことをいろいろ言う人間も減ってきた。これで、羽鳥が正当に評価されると思うとひと安心だ。

思い詰めた顔で縁を切ってほしいと言われたのに、無理矢理引き留めたから、後でまた空回ったかと不安だったけど、引き留めてよかったと思う。


「困ったことがあったら、ちゃんと頼ってくれよ」

「わかりましたって。でも、先輩も自分のこと頑張ってくださいよ。受験とか、天羽さんのこととか」

「うるさい。言われなくても頑張ってるよ!」


羽鳥が僕に反発するように、地味に刺さるようなせりふを投げかけるから、反射的に荒い口調で返した。すると、羽鳥は上機嫌に笑う。


「そうですか。じゃあ、頑張ってる先輩に、お土産買ってきますね。何がいいですか?」

「……お土産?」

「2年生は来週北海道なので」

「ああ、修学旅行か」


そういえば、そんな時期か。僕らは去年、九州沖縄だった。今年は北に行くんだな。それにしても、羽鳥のお土産リストにちゃんと僕の名前が入っているのが妙に嬉しい。


「はいっ。寒いんだろうなあ。楽しみだなー」

「だろうね。気を付けて行っておいで」

「はーい」


笑う羽鳥に、この子が楽しそうで本当によかったと思う。

過保護な自覚は多少ある。だけど、羽鳥は僕にとって大事な後輩で妹分だ。たぶん、僕が認められる男が現れるまで、きっと羽鳥の過保護な兄貴分という立ち位置は続くだろう。いや、もしかしたら、羽鳥に恋人が出来ても変わらないかもしれない。

まあ、それでもいいか。初恋の相手の幸せを願うくらい、僕にだって許されるはずだ。



と、いうわけで、三鷹先輩は先輩なりに、弘夢のことが大事なんです、というお話でした。

空回ってる上に、ちょっとアレな感じですが。

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