文化祭3日目(9月第2週)
メリークリスマス!
平日なので仕事ですが。
文化祭って、楽しいもののはすだよね。それなのに、なんでわたしはこんな目にあってるんだろう。
「なんとか言いなさいよっ」
「まあ、確かに昨日、羽田さんに厳しいことは言いましたが……」
だがしかし、こんな風に第2倉庫でギャル系の先輩に囲まれるいわれはない。ちなみに相手は3人。金髪ショート、黒髪ストパーロング、茶髪パーマセミロングと、三者三様。
わたしはただ、売られた喧嘩を買っただけなのに。ていうか、こういうのってヒロイン用のイベントじゃないの?
「厳しいことぉ?! マイを泣かしといて、自分は悪くないみたいに言うのやめなよね!」
あ、やっぱり泣いたのか、あの子。でも、わたしだって結構ひどいこと言われたんですよ。なんて、聞いてくれやしないと思うけど。
「大体、特進科は勉強だけしてればいいんだよ! 千鳥くんたちに近づいてんじゃねえよ!」
茶髪パーマさんは、千鳥先輩ファンなのかな。きっと一昨日のあれのせいだね。恨みます、千鳥先輩。要するに、自分より地味な女が自分のあこがれの男子生徒と親しげにしてるのが気にくわないんでしょ。そこまで自分に自信があるなら、もっと積極的にいけばいいのに。
「同じ学校に通ってる以上、ばったり会うこともありますし、一応顔見知りの先輩に挨拶しないわけにはいかないんですが」
「生意気言ってんじゃないわよ!」
黒髪ロングさんにドンと肩を押されて、たたらを踏む。もう、早く解放してくれないかな。もう午後の上映当番の時間過ぎてるんだよね。
そう思ったとたん、ポケットに入れてあった携帯電話が震えた。この振動音の長さは、確実に電話だわ。わあ、なんてタイミング!
「電話ね」
「はあ……」
「出ないの?」
この状況で?! 不敵に笑う金髪ショートさんに、わたしは戸惑った。なにを考えているのかわからない先輩をわたしは思わず見返した。その間に、電話は一旦切れ、また鳴り出す。
「出なさい」
「なんで……」
「ちょっと用ができたとか言って誤魔化すのよ。余計なこと言ったら許さないから」
ってことは、まだ解放されないってことか。はあ、とため息をついて、視線は相手から外さないまま、ポケットの携帯電話に手を伸ばす。本体を見ずにフリップをパチリと開け、チラリと見た電話の相手の名前に、思わずげっ、とか言ってしまった。
「誰よ」
「あっ、ちょっ!」
予想外の相手に動揺したせいか、ロックを外して通話ボタンを押そうとしたところで、うっかり茶髪パーマさんに携帯電話を取り上げられた。
そして画面を覗きこんだ先輩は、驚きの声をあげた。
「三鷹先輩、って生徒会長?!」
「なによそれ! あんた、三鷹くんの電話番号なんて、どうやって手に入れたのよ!」
中学時代に連絡用として半強制的に、って言ったら信じてくれるんだろうか。そして、人の携帯電話を横取りして覗き込むのはアウトだと思うので、早く返して。三鷹先輩も過保護気味だから、出ないとやっかいなんです。
しかし、どう考えても力ずくじゃかなわない。どうにもできず、成り行きを見守っていたら、わたしの携帯電話を見ながらキイキイ言ってる先輩方の動きが急に止まった。そして聞こえたのは、男の人の声。
『おいっ、羽鳥! 大丈夫なのか?!』
えっ、もしかして、電話繋がっちゃってる? これはまずい。先輩たちもまずいだろうけど、わたしもまずい。昨日、羽田さんにキレたせいでこうなったってばれたら、確実にお説教コースだ。
『羽鳥、返事をしろ! さっきのは誰だ! 今、どこにい』
プツン。
反射的に携帯電話を持っていた先輩が通話を切った。
「ムカつく」
「はい?」
ぼそりと言ったのは、金髪ショートさんだった。
「あんたみたいな女子やめてるようなやつに、うちらが負けるなんてあり得ない!」
そう言って、彼女はわたしの携帯電話を床に叩きつけた。ちょっと、バキンッていったんですけど!
思わず拾おうと前に出ると、また黒髪ロングさんに肩を力一杯押し返される。予想外の行動に、わたしはそのままよろけて派手にしりもちをついた。
「あんたなんて、今さら見た目に気を使ってもムダなのよ! おとなしく引きこもってな!」
そう捨てぜりふを吐くと、わたしが呆然としているうちに、3人は第2倉庫を出ていった。当然、ご丁寧に鍵をかけて。
だけど、助けが来るのは案外早かった。ドンドンと倉庫の扉が叩かれたのは、お姉様たちが行ってしまってからたった10分後だったのだ。
『ひろちゃん! いるの? 大丈夫?!』
「え、美歌さん?」
『ひろちゃん! 怪我してない?』
「うん、わたしは大丈夫」
内心、携帯電話とタイトスカートはアウトだけど、と付け加えつつ、無事を伝える。
携帯電話は画面にヒビが入って、真ん中から折れかけてるし、スカートもさっきしりもちついたときに、ビッて音したんだよね。たぶん、スリットの縫い目辺りが裂けてると思う。うう、結構悲しいわ。
『よかった。すぐ、鍵持ってきてもらうから、ちょっと待ってね』
「うん。ありがとう」
まさか、美歌さんがわたしを探してくれてるとは思わなかった。でも、どうしてここだってわかったんだろう。ずいぶん早くない?
『すぐ、三鷹先輩が鍵持ってきてくれるって。もうちょっと待ってて』
「わかった。……ねえ、美歌さん」
『なに?』
「どうして、ここにいるってわかったの?」
疑問を投げかけると、美歌さんはふふふ、と笑った。
『今日は、生徒会の見回り当番で、たまたま近くにいたの。会長から電話がきて、びっくりしちゃった』
「そうなんだ、ごめんね」
『ううん、見つかってよかった』
ふいに、扉の向こうが騒がしくなった。どうやら、三鷹先輩が鍵を持ってきてくれたようだ。しばらく待っていると、ガチャンと鍵の外れる音がして、両開きの扉が開く。急に明るくなったせいで、思わず目を細めた。
「羽鳥っ、大丈夫か?!」
「よかった、ひろちゃん」
そこには、怖い顔をした三鷹先輩と、安心したように笑う天羽さんが立っていた。
*****
そのあと移動する間に、三鷹先輩がやたらと構いたがるので断固拒否したら、なんでか天羽さんに手を繋がれて、わあわあ言いながら生徒玄関前の本部に到着した。かなり目立ってたと思うけど諦めた。今にも爆発しそうな三鷹先輩が怖くて、それどころじゃなかったしね。
そしてわたしは、終始眉間にシワを寄せっぱなしの三鷹先輩に、洗いざらいしゃべった。
剣道部の1年だと名乗る男子生徒に呼ばれて行ったら、3人の先輩がいたこと、そのまま問答無用で第2倉庫に連れて行かれたこと、理不尽な怒りをぶつけられたこと、そこに三鷹先輩の電話がかかってきて、さらにヒートアップした先輩に携帯電話を壊され、閉じ込められたこと。恐らく、きっかけは一昨日手伝いのお礼にと千鳥先輩と校内を歩き回ったことと、昨日羽田さんに売られた喧嘩を買ったこと。わたしのことが気にくわない先輩が、それらを口実にお呼びだししただろうことも。
話を聞き終わった三鷹先輩が、すうっと息を吸い込んだのを見て、わたしは思わず身構えた。
「どうしてお前はそう無茶するんだ!」
「すみません……」
滅多にない三鷹先輩の怒鳴り声に、通りがかった人が何事かとこっちを見ている。一度大声を出したことで落ち着いたのか、三鷹先輩は一つため息をついて、こちらを見た。
「千鳥の件は仕方ないにしても、その後輩の件は、黙ってやり過ごすこともできただろう?」
「昨日で2回目だったんですよ。おまけに、こっちの話は一切聞かないし、悪者扱いだし、特進科のことバカにするし、腹が立ったんです」
そりゃ、黙って受け流すのが一番よかったってわかってる。やり返したって、なんにも解決しない。でも、わたしにも我慢できないほど腹が立つことだってあるのだ。だいたい、どうしていつもこっちが黙らなきゃいけないの? 向こうが攻撃するなら、わたしには応戦する権利があるはずだ。
「それにしても、そうやって1人で立ち向かっていく必要は……」
「ありますよ。これはわたしが売られた喧嘩です。友達に話しても協力は頼めませんし、三鷹先輩たちに相談なんてもっての他です。そんなことしたら火に油ですから」
あの人たちは、わたしが人気の男子生徒と距離が近いのが気に入らないのだ。そこに当人に相談してみなよ、チクってんじゃねーよ! って言われてリンチ確定じゃない。
三鷹先輩は、頼ってくれと簡単に言うけれど、頼れるときとそうでないときがある。こういう女同士のもめ事のときは、絶対に頼ってはいけない相手だ。
目をすがめて見返すと、困ったような顔で見返された。自分の発言が八つ当たりめいている自覚はある。でも、いきなり呼び出されて理不尽な攻撃受けるし、携帯電話を壊されるし、スカート破れるし、おかげで文化祭は全然楽しめないんたもん。八つ当たりしたくなるくらいにはイラつきもするさ。
「だからって、誤解をとくとかやり方はあるだろ。やり返したら、後から後悔して、傷つくのは羽鳥じゃないか」
きっと、三鷹先輩は中学の時のことや、7月のことを言っているんだと思う。
中学の時は、三鷹先輩に憧れた女子生徒たちが、生徒会室を毎日毎日覗きこみ、女子役員が異常に敵視される状態が続いていた。我慢できなくなったわたしが、真正面からぶつかっていって、相手とつかみ合いになったのだ。先生には喧嘩両成敗とか言われてわたしも反省文を書かされ、相手には悪口を言いふらされた。7月のは、言わずと知れたお弁当事件だ。
どちらも、最終的にはわたしが悪口を言いふらされ、割を食っている。確かに傷ついたけど、それより腹が立った。そんなに見た目が大事ですか、地味な人間は交遊関係も地味でないとダメですか、本気で勉強することがそんなに悪いことですか、ってね。
できるだけ穏便に、平和に過ごしたいとは思っているけど、ただ黙って攻撃を耐え続けられるほど人間ができてないんだよね。
「じゃあ、先輩。わたしと縁を切ってくれますか?」
「なんでそうなる?!」
「一番簡単で、根本的な解決法ですよ。あの人たちは、わたしが三鷹先輩たちに近づくのが許せないんだから、近づかなきゃいいんです」
ね? と聞き返すと、先輩は眉尻を下げて、口をつぐんだ。
これは、今まで言ったことなかったけど、ずっと考えていたことだ。言ってしまえばこんな風に相手を傷つけるし、わたしだって悲しいのはわかっていたから、言わなかっただけだ。でも、やっぱりそろそろ限界かなとも思うんだよね。
「口でいくら友人以上の関係じゃないって言っても、行動が伴わなきゃ納得なんてしてもらえないんです。ま、美歌さんレベルの美少女だったら違うんでしょうけど」
実際、天羽さんはそういう被害を受けたって話は聞かない。たぶん、彼女には勝てないってわかってるんだろう、見た目的にも、中身的にも。
すると、三鷹先輩は絞り出すようにいつものせりふを言った。
「羽鳥だって、かわいい……」
「だから、それは身内の欲目的なものですって」
「そんなことないっ」
またかと思って受け流したら、今まで黙ってこちらを見ていた天羽さんが急に声をあげた。
「美歌さん?」
「ひろちゃんはかわいいよっ! 今は地味かもしれないけど、誰にも文句を言わせないくらい、かわいくなれる!」
ぐっと拳を握ってそう宣言した天羽さんに、わたしと三鷹先輩は、ぽかんとそちらを見上げた。
「そしたら、三鷹先輩とも他の人とも縁を切る必要なんてないでしょ? だから、そんな寂しいこと言わないで!」
「いや、でも……」
わたしにそんなポテンシャルはない、と言おうとしたら、今度は三鷹先輩がいきなり立ち上がった。
「そうだよ。羽鳥なら大丈夫だ。俺ももっと考えるし、今回のこともちゃんと対処する。だから、簡単にそんなこと言わないでくれ」
必死な顔で言われたら、さすがに申し訳なくなった。簡単に言った訳じゃないけど、確かに自分のことしか考えていない選択だしね。なにが大丈夫なのかはよくわからないけど、そこまで言うなら、一度くらい様子を見てみてもいいのかもしれない。
「……わかりました。でも、わたし、今まで以上に先輩に関わるつもりはないですよ?」
「ああ。そんなことしたら、状況を悪くするだけだもんな」
やっと笑顔を見せた三鷹先輩と、満足そうに笑う天羽さんに、笑い返す。そして、着替えを保健室から借りたわたしは、やっと文化祭の人の輪の中に戻ることができたのだった。
切りもいいので、年内の投稿は今回で最後とさせていただきます。
次回は1月7日です。
本年も、ありがとうございました。
お話はやっと折り返しに来たところです。
引き続き、よろしくお願いいたします!




