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静かに進む日々(5月第1週)

約ひと月の間に、わたしは何度かイベント中とおぼしき天羽さんを目撃することがあった。

初めて見たのは、4月半ばにむっちゃんと並んで校門を出るところ。次は放課後に図書館の自習室で、特進科の鴇村くんと話しているところ。その次は、食堂で三鷹先輩とお昼を食べているところ。あとは、時々東庭でちょっと周りを見渡してから、そこを通り抜けて行くところ。


なぜわたしが遠目でも天羽さんを判別できるかというと、初めて見かけたその日に、むっちゃんに確認したからだ。今まで見かけたことがない上に随分可愛らしい子だったので、初見でほぼ確信したのだ。

天羽美歌嬢はピンクブラウンのセミロングに薄茶の円いたれ目、色白で小柄で華奢で、見るからにヒロインな容姿だった。エンジ色のセーラー服が大変よくお似合いでした。わたしを含む他の子も同じ制服を着ているはずなのに、なんでああも違うのか。しかも、聞こえてきた声もやわらかで、耳に心地よい高さだった。そりゃあモテるわ、がわたしの第一印象。


むっちゃんは初めこそ天羽さんを警戒していたけれど、なにもしていないのに無視するなんて感じ悪いにもほどがある、ということに気づき、普通にクラスメートとして付き合うことにしたらしい。話してみれば聞き上手で、よく気もつくし、優しいし、笑顔もかわいいしで、すっかりファンになってしまったようだ。

当然のように人当たりのいい天羽さんは、いろいろなところで交遊関係を広げている。むっちゃんも、鷲巣先生や千鳥先輩、知らない後輩と話しているところを見たというし。けれど、あからさまにいろんな男の子に愛嬌を振りまいている、って感じでもなかったようで、ひとまず天羽美歌悪女説はなかったことになった。

ただし、まだ油断はできないので、わたしとむっちゃんは、時々現状の確認をしている。

今日も我が家のリビングで、わたしの入れたお茶を片手に2人で作戦会議中だ。


「知り合ってるのが確実なのは、オレと三鷹先輩と、鷲巣先生、鴇村ときむらくん、千鳥ちどり先輩か」

「そうだね。名前がわからないのはあと2人?」

「うん。普通科の1人と、芸能科の1人だな。オレが中央棟で見かけた後輩が普通科の方かも。あと、ひーちゃんが東庭で天羽を見たってことは、残りの芸能科のやつは、そこが遭遇ポイントなのかもね」


5月も半ばになると、天羽さんは攻略キャラとはほぼ接触済みらしく、すでに何度かプライベートを一緒に過ごした相手もいる。たぶん、名前のわからない2人とも、接触済みの可能性は高い。

どうしても全員の名前を知らなきゃまずい、ってことはないけど、むっちゃんにとってはもしかしたらライバルになる相手かもしれないし、わたしもイベント中に遭遇したときに対処しやすいから、知っておいて損はないのである。


「あと、サポートキャラはうちのクラスの赤羽あかばね文乃ふみので間違いないと思う」

「うん、まあ妥当なとこだよね。クラスメートだし」


だいたいゲームのキャラクターがどこのクラスの誰かが把握できてきた。まあ、鴇村くんとか千鳥先輩とかは有名だし、名字も条件に当てはまるから予想はしていたけど。わからないのは、もう1人のライバルキャラと普通科と芸能科の攻略キャラの2人。ただ、普通科の男の子がむっちゃんが見たという男の子ならば、特徴を頼りに探すことができるし、芸能科の1人はいっそネットかなにかで探すほうが早いだろう。


今のとこ、わかっているのはこんな感じだ。



【プレイヤー】

天羽美歌あもうみか

普通科2年3組。ゲームヒロイン。プレイヤーの自覚があるかは不明。



【攻略対象】

鳩谷六実はとやむつみ

普段科2年3組。ヒロインのクラスメート。ゲームの記憶をもつ。


三鷹健吾みたかけんご

普通科3年1組。生徒会長。礼儀正しく、物腰柔らかな常識人。


鴇村修成ときむらしゅうせい

特進科2年A組(国立理系クラス)。入学時から学年トップの秀才。


千鳥隆之ちどりたかゆき

スポーツ科3年1組。剣道部主将。実力は国体出場レベル。


鷲巣祐太郎わしずゆうたろう

英語科教師。25歳。普通科2年と特進科2年の土曜クラスを担当。


【サポートキャラ、ライバルキャラ】

赤羽文乃あかばねふみの

普通科2年3組。ヒロインのクラスメートで友人。サポートキャラ。


羽鳥弘夢はとりひろむ(わたし)

特進科2年B組(国立文系クラス)。鳩谷・三鷹ルートのライバルキャラ。



ひとまず、このくらいわかっていればなんとかなるだろう。どんなイベントがあるかはわからないけど、むっちゃんや三鷹先輩と普段以上の接触を避け、天羽さんがイベントになりそうな雰囲気だったらその邪魔をしなきゃいいのだ。

カップの温くなったお茶を飲み、一息つく。そして、現状確認をしながら、どことなくふわふわした空気を出すむっちゃんに、わたしは問いかけた。


「で? 遊園地は楽しかった?」

「えっ? うん、まあ……」


なんとむっちゃんは天羽さんと他の友人を含む6人で、連休中に遊園地に行ったのだ。さっきの、天羽さんとプライベートを一緒に過ごした相手、というのは、他でもないむっちゃんのことである。ていうか、女子3人と男子3人て、それはもはやトリプルデートだと思うんだが気のせいか。

わたしは行かなかったのかって? 他クラスの人たちの中に1人で入っていくほど図太くないですよ。それに、天羽さんの邪魔をする気はないし、そもそもあまり関わりたくない。

だいたい、ゲームの設定はどうか知らないけど、わたしはそんなにむっちゃんと一緒にはいないのだ。家族同然の付き合いではあるけど、趣味も行動範囲も交遊関係も違うから、休みの日は基本別行動である。特別仲がいいわけでも悪いわけでもない、普通のきょうだいみたいなものだ。


そして、わたしの問いに、はっきりしない答えを返すむっちゃんの緩んだ顔からは、相当楽しかった上に、なにかとてつもなくいいことがあった、というのが丸わかり。

あ、なんかイラっとした。

別に、わたしはわたしで楽しい休日を過ごしていたんだけれどもね。他校の友達と朝から晩までカラオケをしてみたり、学校の図書館で借りたファンタジー小説(全3巻)を一気読みしてみたり、今後のために友達から借りた乙女ゲームをプレイしてみたりとかさ。

だけど、むっちゃんときたら、あんなに先月大騒ぎをしたくせに、あっさり天羽さんと色恋沙汰を繰り広げようとしているんだから、腹が立っても仕方がないと思う。あれか、想像以上にかわいくていい子だったから、まあいっかってなっちゃったわけか? ふざけんなよ。あのとき、課題を終わらせるのに夜中2時までかかったんだからね。うかれてんじゃねーよ! 勉強しろ!


「ま、楽しかったならいいんじゃないの。もうすぐテストだけど」

「うぐっ」


わたしの告げた現実に、むっちゃんは面白いくらい顔を歪ませた。ふふん、いい気味。

そう。5月も半ばを過ぎると、1学期の中間テストなのだ。今日でゴールデンウィークも終わりだから、来週中にはテスト範囲が発表になる。わたしは普段からちゃんと予習復習をしているので、焦ることもないけど、そんなに勉強が得意ではないむっちゃんは、毎回わたしを巻き込んで大騒ぎである。ヤマをかけさせられたり、過去問の解説をさせられたりするのだ。

なぜ同学年なのに、そんなことができるかと言えば、特進科は普通科よりも全体的に授業の進度が早いからだ。つまり、むっちゃんが受けるテストの範囲は、たいていわたしは前のテストで受け終わっているというわけ。ま、もちろんタダでは協力なんてしないけどね。


「ひーちゃん、来週から放課後勉強教えて」

「まだ早くない? てか、天羽さんと勉強したらいいじゃん。そういうイベントあるんじゃないの?」


これは昨日までやっていた乙女ゲームの知識である。秀才キャラの男の子と、放課後の教室で2人きりになるのだ。そして、わからないところを教えてもらおうと声をかけたら肩が触れて、顔をあげると思ったより顔が近くて……ってシチュエーションでね。いやあ、うっかりイヤホンつけてやってたらえらいめにあったよ。フルボイスってすごいねー、声優さんのいい声ってすごいねー、って感じ。わたし、声フェチって訳でもなかったはずなんだけど、1人で真っ赤になったもん。衝撃のあまり、ソファーから落っこちたからね。


「オレ、勉強苦手なの知ってるよね?!」

「うん。だから教えてもらえば?」

「天羽美歌は成績普通の設定だし。それに、転校生に教えてもらうとかカッコ悪くね?」

「だからって、付け焼き刃でどうにもならないでしょ。現実を見なよ」


どうでもいいけど、一緒にテスト勉強するのは決定なんだ。正直に言ってしまえばテスト勉強のときだけ格好をつけても、普段の授業態度とかで底が知れちゃうと思うんだけど、気づいてないみたいだから言わないでおいてあげた。ていうか、少なくとも人生2回目のはずなのに、なぜむっちゃんはわたしより勉強ができないんだろうか。転生チートって言うんだっけ? そういうのないのかな。


「頼むよー。スワンのスペシャルショート買ってくるからさあ」

「んー、しょうがないな。じゃあまず範囲のノートと過去問は用意してあげよう」


スワンのスペシャルショート! 今回は、最初から随分大盤振る舞いだわ。それほどに天羽さんの前で格好をつけたいか。そりゃあかわいい女の子に、すごーい! って言われるのは嬉しいんでしょうけどね。

ちなみに、スワンのスペシャルショートとは、行列のできる洋菓子店スワンの、わたしが大好きなスペシャルショートケーキのことである。いつもは最後の手段で、テストのヤマを教えてほしい時にむっちゃんが出してくる賄賂だ。


「ええっ? いつもみたいにヤマは教えてくれないの?!」

「なーに言ってんの。普通に勉強しなきゃ身につかないってば。ヤマは最後の手段でしょ?」

「でも、スペシャルショートなんだよ?」


ああ、そうやって楽しようとするから高校生2回目なのに、この人は勉強が苦手なのか。不満げな顔をするむっちゃんに、わたしは思わずため息をついた。


「ヤマだけ覚えたら、それ以外のとこ聞かれたとき困るんじゃないの?」

「あ、そっか……」


今気づいた、と言わんばかりに目を丸くしている。おいおい、大丈夫か。そんなんでホントに天羽さんにいいとこ見せる気だったの?


「テストの3日前になっても、本当に無理そうだったら教えてあげる。それでいいでしょ?」

「うん、わかった」


たぶん、いや確実に泣きつかれると思うなあ。仕方ないから、準備しておいてあげるか。

言っておくが、別にケーキにつられた訳ではない。むっちゃんは身内だから、勉強はある程度自力でできてほしいけど、追試になるのはかわいそうとも思うのだよ。それに、試験できなかったって愚痴を聞くのは結局わたしだし。それを考えたら、試験勉強の協力くらいはしてあげてもいいと思うんだ。むっちゃんのためにも、わたしのためにも。


後から思ったんだけど、仮に天羽さんが自分がプレイヤーだって自覚がある人だったら、むっちゃんと同じように前世の記憶がある人の可能性が高いんだよね。そしたら、彼女も高校生2回目だから、勉強もすごくできる人かもしれない、ってことに気づいた。むっちゃんの言うように、ゲームの設定上ではあくまで普通の成績だったとしてもね。

とはいえ、わたしは彼女と一緒に勉強する予定もないから、別にどうでもいいんだけれど。仮にむっちゃんが天羽さんにお馬鹿さんをさらすことになっても、わたしは知らないぞ、っと。



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