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文化祭1日目(9月第2週)

「い、いただきます……」

「ああ」


わたしがたこ焼きに手をつけたのを見て、千鳥先輩も焼き鳥を1本手に取った。


しばらく、2人して無言で口を動かす。もともと共通の話題も多くないので、当然か。前に連雀くんと3人で帰ったときは、結構話せたと思ってたけど、あれは連雀くんがうまく話題をふってくれていたんだろうな。

なんとなく、千鳥先輩の方を見たら、ちょうど口許を指でぬぐっているところだった。あー、実に様になる仕草ですね。これ、写メ撮ったらファンにいい値で売れるんじゃ、なんて考えが頭を掠めて、現金な自分に呆れた。


「もういいのか?」

「へ? あ、ああ。はい、全部はちょっと多いです」


わたしの手には、初めに取ったたこ焼きのパックがまだ乗っている。この前にお団子とかき氷も食べてるし、さらにフランクフルトを食べたら、半分くらいしかお腹に入らなかった。

わたしが苦笑いで返すと、じゃあもらう、と言って千鳥先輩はたこ焼きを取り上げた。


なんでわたしは千鳥先輩と2人、まあまあ人通りのある西庭でたこ焼きやら焼き鳥やらを食べているんだろう。


ほんと、なんでこうなった?




*****




四季が丘高校の文化祭は3日間の日程で行われる。1日目の今日は平日の金曜日で、在校生と理事など一部の学校関係者のみに解放されている。


ちなみに、わたしも参加する有志のドラマ上映喫茶のブース名は、D‐カフェに決まった。因みに、Dは言わずもがなディテクティブのDである。喫茶の衣装は、白のシャツに黒のパンツかスカート、そこにカフェエプロンという、シンプルなスタイルである。上映や解答用紙の回収、ヒントの提示など、ドラマに関わる係は、喫茶要員と区別するために、エプロンの代わりに黒のネクタイを締める。

わたしは2日目に喫茶、3日目にドラマ上映の当番だ。1日目の今日はもっとも人手が少ない日なのもあって、準備期間に頑張ったわたしは、本日の当番は丸々免除されている。まあ、可能な限り宣伝はしてくれと言われたので、喫茶の衣装を着て、チラシを持ってはいるけれど。


「しかし、みんな当番とか……」


比較的仲のよい友人は、今日から当番に入っていたり、彼氏と回る約束をしていたりで、現在、わたしはまさかのぼっちである。1人で文化祭を回るとか、寂しいにもほどがある。こんなことならお店の隅っこにでもいたらよかったんだけど、ついでに宣伝してきてね! と言われたら、出てこざるを得なかった。


しかたがないので、偵察もかねて一通りブースを冷やかすことにした。ただ、各クラスの研究成果とか、美術部とか、写真部とか、展示系のブースはいいんだけど、模擬店系のブースに1人で入ると視線が痛いのなんの。微妙にひそひそされるしさ。

うっかり、友達少ないけど、別にいないわけじゃないんだからね! とのどから出かかってしまった。



「羽鳥?」

「へ? あ、千鳥先輩」


キョロキョロしながら1人で廊下を進んでいると、濃紺の袴姿の千鳥先輩が現れた。彼は球技大会以降、時々校内とかで見かけると声をかけてくれるようになった。なんでも、人の顔と名前を覚えるのは得意なんだそうで。忘れてくれてよかったのに……。

それにしても、先輩は相変わらず凛々しい。手にはチラシを持っているから客引き中のようだけど、そのオーラのせいか若干周りが引きぎみです。それで客引きできてますか? しかも、この格好で客引きなんて、そろそろお昼だし、暑くなってきたのに大変だろうな。


「1人で宣伝か?」

「冷やかしがてらですけどね。あ、これどうぞ」

「この前の、ビデオのか」

「そうです。喫茶もやってますので、よかったらいらしてくださいね」


営業笑顔でチラシを渡すと、千鳥先輩はうなずいた。友情出演だったので一言二言のセリフだったんだけど、覚えていてくれたらしい。


「ああ。羽鳥、暇なら剣道部、よっていかないか?」

「はあ、そうですねえ。何やってるんですか?」

「茶店だ」


ああ、それで胴着か。和風に走ったのね。

まあ、特に目的もなかったし、せっかくの先輩直々のお誘いだったので、促されるままに教室に入った。


「「「「らっしゃいあせー!」」」」

「おおう……」


一歩中に入った瞬間、まるで、体育会系居酒屋のようなノリの挨拶が飛んできて、思わず身を引いた。いや、剣道部だから体育会系ではあるんだけど、茶店というには若干空気が殺伐としている。そしてそのせいか、お客さんが1人もいない。


失敗したなあ、と思ったときには遅かった。どうやら、男子剣道部のみの出店らしく、飾り気もかわいらしさもない上に、なぜか胴着なのでむさ苦しい。これでお客様じょしが来ると思ってた方がおかしい。


そこにうっかり入ったものだから、客が全然来ないのでアドバイスを! とか言われ、意見を言ったらじゃあ手伝って! と言われ、お客さんが来たら来たでなんとも手際が悪くて回らないので、バックヤードをお手伝い。

巻き込んだお詫びとお礼に、千鳥先輩にごはんをおごると言われ、断れずに今に至る。


わたし、なにやってんだろうなあ。うーん、頼まれたら断れないタイプ、って訳でもないんだけど、でも長いものには巻かれちゃうんだよ、年長者とかね。


「羽鳥」

「あ、はい」


自分の残念さをしみじみ噛み締めていたら、ふいに名前を呼ばれた。そっちを見ると、千鳥先輩にずい、とチョコバナナを差し出された。


「あの?」

「これ、食べないか?」

「あー、えっと……」


わたしも仮にも女子なので、甘いもの用の別腹はある。と言っても正直そんなにお腹に余裕がないので、全部は厳しい。でも、千鳥先輩はもしかしたら甘いものがあまり得意じゃないのかもしれない。そうだとしたら、まだ焼きドーナツもあるのに、これを押し付けるのは余りに酷だ。それに、わたしのために買ってくれたのかも知れないし。


「残していいから」

「はあ、じゃあ……」


いろんなことを考えてしまって、結果、わたしは仕方なく千鳥先輩からチョコバナナを受け取った。


しかし、この状況。周りにはどう見えているんだろう。

少なくともわたしは、千鳥先輩が女の子と2人、連れだって歩いているところを見たことがない。きっと、他の人もそうだろう。でなきゃ、2人で食べ物を買って回っているときに「それ、彼女?」なんて3回も聞かれることないと思う。先輩は否定していたけど、それで黙ってくれる人がどれだけいるかわからない。

それに、さっきから西庭を通りすぎる人たちが、こちらを見てはびっくりした顔をして、一緒にいた人同士でひそひそしている。

お互いにほとんど話すこともなく食べているから、いい雰囲気には見えないと思うけど、また変な噂とかたったらやだなあ。誰か知り合いが通りがかって、声をかけてくれたらいいのに。


わたしは、チョコバナナを3分の1ほどかじってため息を落とした。


「羽鳥、やっぱりもう無理か?」

「えっ? ああ、えと、あと半分、くらいなら」


心配そうに言われて、慌ててそちらを見て返した。ふいに視線を真正面から受け止めてしまった。人間って誰かと目があってしまうとなかなかそらせないのはなんでなんだろうね。案の定、目をそらすのは失礼かも、なんて考えちゃったわたしは、深い暗闇のような色をした千鳥先輩の目を真っ直ぐに見返して、視線をはずせなくなった。

千鳥先輩は、黒曜石みたいに艶やかな黒の髪と同じ色の鋭い目をした精悍な武士のような感じの人だ。そんな人に真っ直ぐ見られたりしたら、なんの心当たりもなくても緊張してしまうじゃない。だけど、それで心臓が大きく音をたてたことに気をとられたのがいけなかった。


「じゃあ、半分は俺が食おう」


そう言うと、千鳥先輩はわたしの右手ごとチョコバナナを引っ張って、豪快にかじりついた。


「あとは食えるか?」


千鳥先輩は何でもないように言ったけど、まだ右手を捕まれているわたしは、ぽかんと口を開けて固まっていた。驚きのあまり、うっかり右手の力を緩めてしまって、チョコバナナがぐらりと揺れる。とっさに千鳥先輩か上から手を握りこんでくれなきゃ、そのまま地面に落下コースだ。

しかし、なにが起こったのか理解できない。いや、見てはいたけど、これはいったいどういうこと? なぜわたしの手をつかんだの? ていうか、人が食べてる途中のものを横から食べるって、お行儀悪いですよ。それに、こういうことってあまり親しくない人とはしないよね。親しくてもわたしはしないけど、男子は違うものなのかな。いずれにしても、わたしと千鳥先輩の関係を誤解されるような行動は控えていただきたい。まだ、手も握られてるし。


「どうした、大丈夫か? 暑いのか?」

「え、えっ、いえ?」


9月とはいえ、まだ真夏のような気温だから、暑いと言えば暑い。でも、今のわたしが暑そうに見える、つまり顔が赤いのは、間違いなく千鳥先輩のせいだ。そういえば、文化祭準備中の雑談で、学校のイケメンたちの話になったとき、千鳥先輩は恋愛方面に鈍い人だって聞いたなあ。それなのに、律儀でフェミニストな性格ゆえ、無意識に女の子にフラグを立てる、天然タラシだとも言われているらしい。

そんなわけで、まるでわたしの動揺に気づいていない様子の千鳥先輩に怒るわけにもいかず、一方で笑顔を返すこともできずに、とりあえず平静を装うことにした。でも、すぐに頭を切り替えられるわけがないので、まずは深呼吸だ。はい、吸ってー、吐いてー。


「ふー……」

「羽鳥?」

「大丈夫です。なんでもないです。あの、手を離してもらっても?」

「ああ、そうだな」


先輩の手がするりと外れて、思わずほっと息をついた。幸いなことに、千鳥先輩に手を捕まれてから離してもらうまで、西庭を通った人はいない。誰にも見られてない、よね? そわそわと思わず辺りを見回してしまう。


「ひろちゃーん!」

「っ! あ、……美歌、さん」


ぐるりと視線を巡らせると、ちょうど入り口で天羽さん、もとい美歌さんが手を降っている。その姿を見て、わたしはヒヤリとした。まさか、見られてた? どうしよう、千鳥先輩も美歌さんの攻略対象なのに、これってまずいよね。

わたしはすごく逃げ出したいのに、美歌さんはこちらに歩いてきた。しかもなんか笑顔だし。あ、後ろにむっちゃんもいる。むっちゃんは、なんか微妙な顔してるのは、せっかく美歌さんと2人だったのを邪魔したせいかな。


「ひろちゃん、千鳥先輩もこんにちはー!」

「こんにちは」

「ああ」


美歌さんはわたしと千鳥先輩の前に立ち止まると、にこりと笑った。


「2人とも、よかったらこれからうちのクラスに来ませんか?」


2人で何してたのー? とか聞かれたらどうしようと思ったら、なんか普通に誘われた。正直ほっとしたけど、ちょっと怖い。だって、人のコイバナが大好きだと言って憚らない天羽さんだ。根掘り葉掘り聞き出そうとしては不思議はないと思うんだよね。


しかして、その予想は大当たりだった。部活の方に戻ると言って、千鳥先輩が西庭を出ていったとたん、天羽さんはわたしの腕をがっちりつかんだ。


「で? で? 何してたの? 何話してたの?」

「お昼食べてただけだよ」


あんまり大きい声なので、通りすがりの人たちがちらちらこっちを見ている。ああ、もうため息が出るわ。


「ひーちゃん、千鳥先輩が好き、とか?」

「なんでそうなるかな……」


複雑そうな顔をしたむっちゃんがトチ狂ったことを言い出した。なんか、先週も誰かと似たようなやりとりをした気がするんだけど。


「頼まれて剣道部を手伝ったから、お礼にってお昼おごってくれただけ! ほらっ、もう行くよ!」


なんでか食い下がろうとする2人にきっぱり言いきって、わたしはとにかく西庭を出ようと歩き出した。

わたしが嫌がってることを察してくれたのか、2人はそれ以降千鳥先輩の件には触れなかったけど、なんかやっぱりもやもやする。天羽さんは、なんでわたしが千鳥先輩と一緒にいるのを見て喜ぶの? 本当は、天羽さんはこの世界がゲームらしいなんて知らないのかな。でも、それにしては上手く攻略対象と繋がってるよねえ。なんか鴇村くんにも、目白くんにも、三鷹先輩にも、特に興味なさそうな感じだったけど。男の子たちより、むしろわたしとか、羽田さんの方に興味を示していたような気さえする。


本当によくわからないな。そのうち、ゆっくりむっちゃんと話し合う必要があるかもしれない。



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