彼女はライバル(天羽美歌視点)
このお話は、天羽美歌視点のお話です。
暗くも重くもありませんが、今後の展開についてのヒント、ある意味ネタバレのようなものが含まれます。
天羽美歌嬢がなにを考えているのか、どんな人なのか、謎のままにこの先の連載を楽しみたい、という方は、お読みにならないほうがよいです。
読まなくても、次のお話には繋がります。
そんなの気にしない、という方で、今までの彼女の行動の理由が知りたい、という方はどうぞスクロールしていってください。
では、どうぞ!
「えっ、なんでえ?!」
スマホで現在の各キャラとの好感度をチェックしていた私は、予想外の事態に思わず声をあげた。
とあるキャラ、それもライバルキャラの女の子の好感度が異常に低いのである。ライバルなんだから、多少低くて当然だけど、まだまともに接触したこともないのにもう既に底辺レベルって、いったいどういうこと? もしかして、彼女の幼馴染みである攻略キャラがなにか私のことを言ったんだろうか。仮にそのせいで好感度が下がっているんだとしたら、私は彼を恨むよ。
私の今の名前は、天羽美歌という。乙女ゲーム『恋してハミングバード』の主人公である。
あ、ちょっと! あいたたた、って顔しないでよ、本当なんだから。その証拠に、私の記憶通り、今の私はピンクブラウンの柔らかなツヤツヤセミロングに、まあるい茶色の目、全体に標準よりも小さめだけどメリハリのある体に、色白の肌と薔薇色の頬を持つ、完璧ヒロインな容姿なんだから。
私には、前世の記憶がある。前世の私は、完璧なオタク女子だった。マンガもゲームもアニメも大好き。少年漫画から少女漫画、萌え系、青年誌、レディコミ系までなんでもござれ。カップリングだってノーマルどころか百合も薔薇もどんとこい、という超雑食だった。
とにもかくにも、魅力的な登場人物たちが、色恋沙汰を繰り広げる、というのが大好きだったのだ。たぶん、こんなきゅんきゅんする恋をしてみたい! っていう憧れが強かったんだろうなあ。
そんな感じだったので、私は特に恋愛シミュレーションにドハマりした。しかも、ギャルゲーも乙女ゲーもBLゲーも、評判がいいものはやりまくった。その中でも『恋してハミングバード』は、特にやりこんだゲームだった。このゲームは設定のリアルさが売りで、実はあまり奇抜な設定のキャラがいない。それゆえ、主に非日常を求めるゲーマーからは物足りない、という評価を受けていたが、私のようなリアルの恋愛に夢を見るゲーマーにはたまらないものだったのだ。だって、身近にこんな人がいて、こんな恋をできたらなあ、なんて想像しただけで身もだえしそう! おまけにライバルキャラとも交流できて、その子達との友情エンドもある。このライバルたちがまたかわいくていい子で、もう、こんな子が友達だったら毎日楽しいのになあ、と夢想した。
そんなわけで、全員のルートをクリアしてすべてのエンドを見たし、当然特殊条件下でしか出現しない隠しキャラも攻略済。追加ディスクでの別シナリオも完璧にクリアし、全てのイベントとスチルをコンプリートした。
つまり、今の私はオタク女子が好きだった乙女ゲームのヒロインに転生したという、ありがちなパターンなわけだ。
でも、この事実に気づいたのは、実は中学の頃。なんとなく、今の自分と前の自分の記憶が混じっている、って感覚はあったから、薄々、自分が前世持ちだという自覚はあった。でも、ここがはっきりゲームの世界と同じ世界だと認識したのは、ある攻略キャラの存在に気づいたからだった。私はそのキャラがすごく好きで、いっそ中の人にまで恋する勢いだった。もしかして、私が彼の恋人になれるかも?! と大興奮した。しかも、彼がいるなら他のキャラたちもいるはずで、うまくいけば、彼らと楽しい高校生活を送ることも夢ではないのだ。
だから私は決めた。私が恋をするのは、大好きだった彼1人だけ。そのためにも、他のキャラたちとは仲のよい友人を目指そう、と。第一、元来のオタクである私には、同時に何人も攻略するような真似は到底不可能だ。そんなことをすれば、彼らを傷つけることにもなるかもしれない。そもそも、ここはゲームの世界とはいえ、今の私は生きた人間だ。この先もこの世界で生き、年をとっていく。下手なことをすれば、生きにくくなるのは私。
だから、逆ハーなんてもってのほか。たった1人の恋人以外は、友人でいいのだ。全員と親しい友人になるのは難しいかもしれないけど、でも絶対にやりとげてみせる。せっかく、私の好きな人たちとお近づきになれるチャンスなんだし。
「ううう、なんでだー」
ゴロゴロとベッドの上で転がりながらうなる。
実際に会ったキャラたちは、ゲームのときの性格と少し変わっていたり、より現実的な人物設定になったりしていた。
それをつまらないと見るか、現実なんだから当たり前と見るかは人それぞれだと思うけど、少なくとも私にとっては好ましいことだった。だって、極端な性格の人とか、重たい背景のある人とか、一緒にいて疲れるじゃない。もともとそんなにコミュ力高くない私には、ヒロイン補正があったとしてもさばくのが難しいと思う。
話がそれた。ともかく、例のライバルの子も、ゲームでは結構自己主張も強くて出張ってくるキャラだったのに、この世界の彼女は、平和が一番、我関せずという性格になっているらしい。シナリオ通りなら、遅くとも4月の終わりには会っているはずなのに、5月半ばになる今も、彼女と話したことはない。
「まずは接触、だよね」
それも、できるだけ感じよく。ようし、頑張ろう! 1人ベッドの上で握り拳を作り、私は決意した。
*****
「あ、ひろちゃん、おはよ!」
「美歌さん。おはよう」
微笑みと一緒に返ってくる挨拶に、思わず顔が緩む。ひと月前には回復不可能一歩手前だった好感度も、ついに友人レベルになった。挨拶すれば当然返ってくるし、冗談を言えば笑ってくれる。焦げ茶の猫目がきゅーって細まってかわいいんだよね。いっそ猫耳としっぽ付けた…………危ない危ない! 今の私は明るく可愛らしいヒロインなんだった。オタクは封印しておかなきゃいけない。でも、機会があれば是非してもらいたい。
それにしても、頑張ったかいがあったものだ。最初の接触が最悪な印象だったからか、こちらから積極的に関わろうとするとうさんくさそうな顔をされたけど、正直に友達になりたい、って言ってよかった。夏休みの1ヶ月をかけて、ちょっと強引かなってくらい会う機会を作ってよかった。
ひろちゃん、こと、羽鳥弘夢ちゃんはかなり警戒心が強い子で、男の子たちと仲良くなるよりもよっぽど頑張らなきゃいけなかった。でも、野良猫を手懐けるみたいでその分楽しかった。うふふ、かわいい女の子と友達になれて、私は満足だ!
なにより、今後、彼女のコイバナを聞けるであろうことが嬉しい。彼女がこの夏休みまでの間に、いくつかゲームのイベントを発生させていること、これからも彼女の身にイベントが起こることを、私は知っている。
加えて私は、ヒロイン補正の1つとして相性占いアプリでキャラたちの好感度メーターをチェックできる。つまり、ゲームキャラのうちで彼女が今、誰に一番気持ちを寄せていて、誰に想いを寄せられているかも私は知っているのだ。もちろん本人にそんなことは言えないけれど、ラブストーリー好きなので勝手に想像してによによしてます。
正直、コイバナは人のを聞くのが一番楽しいよね! 乙女ゲームだって、画面の向こうでやってるから客観的に見れて楽しいのだ。自分がその渦中に置かれると、それどころじゃなくて大変だもの。
「文化祭、楽しみだねっ」
「今日の午前は通常授業だよ?」
「でも、午後から準備だし、それから前夜祭だもの!」
「そうだけどねえ。2年3組は縁日だっけ?」
ちょっと呆れながら言うのも、真面目で冷静な彼女らしい。そして、私のクラスの出し物を覚えててくれたのがうれしい。もちろん、幼馴染みの六実くんから聞かされているってのもあるとは思うけどね。
「そっ。射的とか輪投げとか缶倒しとかね。よかったら遊びに来てね〜」
「そうだね。美歌さんもうちの喫茶においでよ。出演してくれたし、割引くよ」
「わあい。絶対行くね!」
文化祭は攻略対象の男性キャラとのイベントもあるけど、女の子に誘われたら断れない。
女の子ってそれだけでかわいいよね! え? 考え方がおばさんくさい? しょうがないじゃん。前世と今世の年齢を足したら…………だもん。女子高生を満喫しているけど、トータルすると結構いい年なんだよね。前世の自分と今の自分は別だと思ってるから、精神年齢は年相応かちょっと上くらいの自覚はあるけど。
ともあれ、ゲームのイベントだったとはいえ、自分が出演したドラマは恥ずかしくて見られない。けど、1日目と2日目のドラマなら大丈夫だろう。台本は読ませてもらったけど、実際のドラマがどうなってるか気になるし。
彼女たちの喫茶の衣装は、シンプルに白シャツに黒のボトムとカフェエプロンらしい。ひろちゃんも鴇村くんも、似合いそうだよね。絶対に写真撮らせてもらわなきゃ。
「じゃ、またね」
「うんっ。遊びに行くからねー!」
生徒玄関でわかれると、私は上機嫌で自分のクラスへ向かう。
さあ、これから楽しくなりそうだ。自分のイベントもこなしつつ、ひろちゃんや舞ちゃんに起こるイベントも、できたら観察していたい。ああ、わくわくしちゃう。
この世界が現実だとはわかっているけど、イベントをできるだけ回収したいと思っちゃうのは、ゲーマーの性なのかなあ。ちょっと後ろめたい気持ちはなくもないけど、せっかくだから楽しまなきゃ損だよね。




