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読めない人(8月第4週)

「いただきます」

「「いただきます」」


三鷹先輩が「いただきます」と言ったので、なんとなく揃って挨拶をして食べ始める。

しかし、なんだろうかこの微妙な面子は。なんでわたしは、こんなところで三鷹先輩と天羽さんとお昼を食べているんだろうか。三鷹先輩と天羽さんは放っておいても目立つし、現にあちこちから視線が向けられているのがわかる。そんな2人と、ただの特進科の生徒が並んでいるとか、わたし、悪目立ちじゃない。


わたしは、夏休み明けすぐの実力テストの勉強をするべく、朝から図書館の自習室に来ていた。自宅でやってもよかったんだけど、エアコン故障したので、涼しいところを求めて学校まで来たのである。

そして、お昼を食べようとやって来た食堂で天羽さんに遭遇。すぐに三鷹先輩もやって来て、なぜかそのまま3人でお昼の流れである。

生徒会は文化祭の準備をしていたそうだ。話をしながら、今天羽さんがしているのは6月までならわたしがしていた作業だろうな、と思った。だけど、不思議と悔しい気持ちはもうない。もともと正式な生徒会メンバーでもなかったんだし、今は有志団体の準備が楽しいから生徒会の手伝いがなくて嬉しいくらいだ。

直接メールをやり取りするようになったせいもあってか、気づけば天羽さんを嫌いって気持ちももうほとんどないし、我ながらずいぶんな変わりようだと思う。

なにはともあれ、そういうわけで、このところ、わたしの心の平穏はおおむね保たれている。おかげで夏休み前にお役御免を言い渡されて以降、三鷹先輩に会うのは初めてだったけれど、いつも通りでいられているし。

まあ、周りからの視線に居心地の悪さを感じてはいるけれど。そんななか、まず口を開いたのは、天羽さんだった。


「そういえば羽鳥さん、眼鏡やめたの? 髪形も、みつあみじゃないよね?」

「やめたわけじゃないけど、最近はコンタクトが多いかな。髪はまあ、気分で」


夏場は汗もかくので、眼鏡は辛い。それと、今日は自宅の自分の部屋があまりに暑かったせいで、朝からずっとポニーテールだ。


「それってやっぱり、彼氏ができたから?」

「っごふ!」


そっと伺うように聞いてきた天羽さんのセリフに、お茶を吹き出したのは三鷹先輩だった。わたし? わたしは驚きのあまり天羽さんを凝視していたよ。どっからそんな話が出てきたのさ。


「先輩、平気ですか?」

「っげほ、ごほ。……ああ、まあ」


咳き込みながら涙目になる三鷹先輩を見て、なんでこの人がそんなに驚くのかと思った。というか、そのリアクションをすべきなのは本来わたしだと思うんだけど。


「天羽さん、なんでそんな話が出てきたのか聞いてもいい?」

「えっ? だって、ノンちゃんとデートしたんでしょ? メールもらったよ?」

「あー、あれか……」


言われて、先週の望くんとのお出かけを思い出した。家に帰ったあと望くんにメールをしたら、マネージャーさんに怒られた、としょぼくれた返事が返ってきた。もともと友達と2人で出掛けると説明していたらしく、うっかりわたしの名前を出してマネージャーさんに問いただされ、意識が低い! と移動中にずっと言われ続けたそうな。まあ、誘われてなにも考えずオッケーしたわたしも悪かったので、謝っておいた。

ともあれ、彼の言葉を借りるなら、デートは確かに事実である。わたしはデートとして認めていないけど。


「じゃあ、羽鳥さんが綺麗になったのは、やっぱりノンちゃんと付き合ってるから?!」

「だ、誰だ? 羽鳥、誰と付き合ってるんだ?」

「いやいやいや、なんでそうなるの? わたしは誰とも付き合ってません!」


天羽さんが嬉々としてぶっ飛んだセリフを放ち、それを聞いた三鷹先輩が慌て、わたしがバッサリ切り捨てる。ていうか、なにこのカオス。なんでこの人たちは、わたしのいもしない彼氏にそこまで興奮できるんだろう。よくわからない。


「えっ、でもデートはしたんでしょ?」

「2人で出掛けるのがデートなら、確かにしたけど。わたしは望くんとは付き合ってないよ」

「なんだ、そうなの……」


そう言って、なぜか天羽さんは残念そうに肩を落とした。あれ? 確か望くんって天羽さんの攻略対象だったよね? わたしと付き合ってたら都合が悪いんじゃないの?


「それって、噂になってた? どんなやつなの?」

「目白望くん、芸能科の1年生ですよ。背が高くて、美人な感じの子です。あーあ、羽鳥さんとお似合いだと思ったのになあ」


三鷹先輩の問いに答える天羽さんは、口を尖らせつつもどこか楽しげで、単純に自分の友人の恋愛話をしているようにしか見えない。うーん、天羽さんは、鴇村くんだけじゃなく、望くんも攻略するつもりはないんだろうか。じゃあ、いったい誰が本命なんだろう。


「羽鳥」

「へっ?」

「羽鳥は、目白を好きなのか?」

「はい?」


大真面目な顔をしてこちらを見る三鷹先輩に、わたしは首をかしげた。だから、付き合ってないって言ってるのになんでそうなるんだ。そして、なんでそんなに気にするの? わたしに好きな人がいるとなにか問題が?


「芸能科なんて、変わり者だらけじゃないか。そんなやつ相手じゃ、苦労するんじゃないのか?」

「……先輩の中で、どこまで妄想が進んだのかわかりませんが、わたしと望くんは友達です。それに、彼はちょっと変わってはいますが、いい人ですよ?」


わたしが答えると、三鷹先輩は渋い顔をした。なぜそんな顔をする。人の心配するよりも、自分のことを気にしたらいいのに。天羽さん、誰かにとられても知りませんよ?

そんな先輩の様子を見て、天羽さんは目をキラキラと輝かせはじめた。なんか、おかしな勘違いしてませんかね。


「会長、もしかして羽鳥さんのこと……」

「えっ? いやっ、違う! 違うよ? 羽鳥は妹みたいなものだから、変なやつに引っ掛かってほしくないっていうか……! 」


ほら、言わんこっちゃない。わたしに構っているからだよ。まさかの、片恋相手あもうさん別人わたしを好きと勘違いされるという事態に、三鷹先輩は目に見えて慌てた。

勘違いはかわいそうだし、天羽さんに応援とかされてもわたしに迷惑なので、先輩をフォローしておこうかな。しかし、わたしは三鷹先輩に手加減はしない。ちょっと仕返しをさせていただきます。


「わたしのこと構ってる暇があったら、自分の片想いをどうにかしたらどうですか?」

「うわわわわ、羽鳥ッ!」


わたしの意地悪発言に顔を真っ赤にした三鷹先輩は、ガタンと大きな音をたてて立ち上がった。それをポカンと見る天羽さんは、どこまでわかっているんだろうなあ。


「へえ、会長、好きな人いるんですか?」

「いやっ、その、好きって言うか、気になるって言うか。……羽鳥っ!」

「別にいいじゃないですか。ここで相手の名前を言えとか言わないですから」

「だからって……」


天羽さんに無邪気に聞かれて、またうろたえて、次いでわたしを睨み、最後にはあ、とため息を落とした三鷹先輩に、わたしは笑った。相変わらず、からかいがいのある方ですこと。


「まあ、ともかく三鷹先輩とわたしはただの先輩後輩だから。勘違いしないでね、天羽さん」

「んー、うん。わかった……」


残念そうな顔をする天羽さんに、わたしは苦笑し、三鷹先輩はなんとも言えない表情でそちらを見ていた。

そりゃあ、誤解はとけたとはいえ、自分の思い人に残念そうにされたら、複雑だろう。天羽さんの真意って、相変わらず読めないなあ。


「天羽さんは、どうなの?」

「私?」

「そう。人の話にはずいぶん食いつくけど、自分はないの? そういう話」


わたしの発言に、三鷹先輩は固まった。それをここで聞くか?! って顔だ。だって、天羽さんが誰を攻略するつもりなのか気になるし、今なら聞いても不自然な流れじゃないしと思ったんだけど、やっぱりまずかったかな?


「私、人の恋バナ聞くのが好きなんだよねえ」

「それは見てれば分かるよ。けど、人の話を聞くだけで、自分から話題提供をしないのはフェアじゃなくない?」

「それもそうだね。でも私、好きな人はいないんだよね」


困ったように笑いながら、天羽さんはそう言った。そのセリフに向かいに座る三鷹先輩が、つめていた息を吐く。その表情は、ほっとしたような失望したような、複雑なものだった。


「じゃあ好みのタイプとかは?」

「自分をしっかり持っている人?」

「顔は?」

「うう、突っ込むね、羽鳥さん。芸能人なら、烏丸玲音くんとか好きだよ」

「ああ、俳優の? この前も言ってたね」

「うんっ。かっこいいよねー、正統派な二枚目、って感じで」


割と最近メールでその話をしたのを思い出した。まあ、確かにかっこいいんだよね。綺麗だけど男らしいし、声も素敵だし。

でも、好きな人はいないって本当なのかな。仮にいたとしても、三鷹先輩の手前、好きな人がいるなんて言えないとは思うけど。

もし、本当だとしたら……まだ誰を攻略するか決めていないだけ? それとも、やっぱり逆ハーでも作るつもり?まさか、誰も攻略するつもりがない、とか? いや、まさかね。


「ちょっ、え? 天羽と羽鳥って、そんなに仲よかった?」


すると、今まで見ていた三鷹先輩が慌てて口をはさんだ。そういえば、わたしが天羽さんとまともに話すようになったのって夏休み以降のことだから、三鷹先輩はわたしと天羽さんに交流があることを知らないのか。


「こないだ、友達になったんです!」

「まあ、時々メールしたりはします」


胸を張って言う天羽さんと、真顔で言うわたしを交互に見て、三鷹先輩は不思議そうな顔をして、ふうんとうなずいた。


「心配しなくても大丈夫ですよ? 三鷹先輩の恥ずかしい話とか教えたりしませんから」

「当たり前だろう! 」


わたしのセリフにすかさずつっこみを入れる先輩は、いじられキャラの苦労人にしか見えない。この人を恋愛対象には、いまさら見れないな。


「……なんかいいなー、会長がうらやましい」


横から聞こえたセリフに隣を見たら、天羽さんがほほを染めてこっちを見ていた。いやいや、なんでその表情でそのセリフ?


「は? なんで?」

「だって、私と羽鳥さんより、会長と羽鳥さんの方がよっぽど友達っぽいんだもの。いいなあ」


えーと、それは何? わたしと三鷹先輩が仲がいいから、三鷹先輩・・・・に嫉妬してるってこと? 本当によくわからない人だな、天羽さん。


「いや、まあ付き合いもそれなりに長いしね」

「やっぱり、時間か。……うー、羽鳥さん、愛称で呼んでもいい?」

「ええぇ」


真剣な顔をした天羽さんの口から出てきた言葉があまりに予想外で、想像以上にまぬけな声が出た。

本当に、わたし何かしたかな? 天羽さんにこんなに好かれる覚えがまるでない。真面目な話、裏とかないんだよね?


「時間はこれから重ねるとして、まず愛称で呼ぶことで距離を縮めたいなって。いや?」

「や、嫌って訳でもないんだけど」


まるで口説かれているようなセリフまわしで、なんとも答えにくい。天羽さんは、なんでそこまでわたしと仲良くなりたいのか。このままだと、周囲の男性陣から嫉妬を買ってしまいそうだ。

ちらりと三鷹先輩の方を見ると、案の定、笑顔が少しひきつっていた。まあこの状況じゃあ、天羽さんは自分よりわたしと仲良くしたい! って言ってるようなものだし、素直に笑えないのもうなずける。


「じゃあ、ヒロちゃんて呼んでいい?」

「えっ、う、うん。いいよ」


そんな先輩の様子を異にも介さず、笑顔の天羽さんはわたしの愛称をご提案。まあ、特に奇抜でもないので素直にうなずくと、天羽さんは今日一番の笑顔を見せた。


「ありがと。私のことも名前で呼んでくれるとうれしいな」

「あー、じゃあ、美歌、さん?」

「はいっ! えへへ、うれしいなー」


わたしに名前を呼ばれて、にこにこ笑う天羽さんは、本当に目の保養レベルに愛らしいんだけど、これってやっぱりまずくない?

そうっと周囲をうかがうと、やっぱり視線を感じるわけで。うっ、けっこうこっち見てる人いる。ひそひそしてるのは何、どういう意味? 悪口? また悪口ですか? あああ、やっぱりこういうの耐えられない!


「あの、美歌さん。わたし、そろそろ行くね?」

「あっ、ごめんね。なんか引き留めて」


そう言いながら寂しそうな天羽さんに笑顔を向けて、疲れたように笑う三鷹先輩に挨拶をすると、わたしは食堂を出た。


天羽さんが嘘をついているようには見えなかったけど、言っていること全部が本当と言われても信じがたい。中途半端に仲良くなってしまったから、客観的に見れなくなっている気がする。友達になってって言われたとき、きっぱり断ったらよかったのかな。でも、それでまた悪く言われるのもいやだし。ああ、自分の八方美人で打算的な思考回路が憎い……。



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