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誤解と困惑(8月第1週)

お気に入りが1000件をこえました。

どうもありがとうございます!


今回のお話で、やっと主要キャラクター全員と主人公の接触が終わります~。

わたしの腕を掴むのは、ギャル風メイクの派手めな女の子だ。走ってきたのか、きれいに巻かれていたであろう茶髪は所々乱れ、肩で息をしている。


「あの、離してください」

「質問に、答えてよ」

「質問って……」


キッとこちらを睨む目は、アイラインとつけまつげにマスカラで、くっきり縁取られている。メイクによる目力アップに加えて、わたしより高い身長で10センチはあるピンヒールで見下ろされたら、威圧感が半端じゃない。

しかも、質問に答えろって、意味がわからない。わたし、この人には「あんた、なんなの?!」しか言われてないんだけど。それが質問だとでも?


「あなたこそ、どちら様?」

「なっ、こっちが聞いてんのよ!」


さすがにムッときて、わざと嫌みに返したら、グッと腕をつかむ手に力が入った。力はそれほどでもないんだけど、爪が刺さって痛いんだよね。ネイル盛りすぎでしょ。跡になったらどうしてくれよう。


「はあ? 歩いてる人の腕をいきなりつかんで『あんたなんなの?』はないでしょ。あなたこそなに? わたし、あなたに何かした?」

「だって、それは……!」

「なんなの? いい加減離して。人を待たせてるの。早く買い物して戻らなくちゃいけないんだよね」


そう。わたしは今、駅ビル1階のスーパーに文化祭の買い出しに来ている。喫茶メニューの試作のために、飲み物やお菓子を買い込んだのだ。すっかり有志の一員になった鴇村くんと一緒に来たんだけど、紙コップを買い忘れたのに気づいて1人で売り場に戻った所を、この子に捕まったというわけ。


「なんで、一緒なのよ」

「はい?」

「なんであんたが修成と一緒にいるの?! 鳩谷六実を好きなんじゃないの? 修成とどういう関係よ!」


顔を赤くしながら大声で言う女の子に、わたしは心底あきれた。なんにも説明せずにあの一言で、そこまでわかるわけないじゃない。今ので、この子が鴇村くんを好きだっていうのはわかったけど。

鴇村くんは緑の黒髪を持つ美形さんで、実はものすごく人気がある。でも、他人に興味がない風だし、物静かでうるさいのが嫌いそうだから、ファンの皆さんは常にひっそり見守る感じなのだ。学外での目撃情報も少なく、あっても1人で書店にいた、とかなので、あまり声をかけられないらしい。

それが、同性の友人をすっとばして、女子と休みの日に出掛けているなんて、きっとファンの皆さんからしたら大事件なんだろう。思わず追いかけてしまう心理は、百歩ゆずって理解しよう。でも、いきなり相手の腕つかんで問い詰めてもいいとは思えない。

具合の悪いことに、ここはちょうどエスカレーター前のベンチのそばで、人目もまあまあある。さっきから通りすぎる人がちらちらこっちを見ているんだけど、この子は気づかないのかな。

疲れた気分で相手を見ていると、ふとこちらに向かってくる女の子に気づいた。てか、あれ天羽さんじゃない?


「舞ちゃんっ!」


天羽さんはそう言って、わたしの目の前の女の子の背中に手を添えた。舞ちゃんというのは、このギャル風の子の名前だろうか。


「美歌ちゃん……」

「急に走るから、びっくりしたよ!」


どうしたの? と舞ちゃんとやらの隣に並んだとき、わたしの顔を見て天羽さんは目を丸くした。


「あ、羽鳥さん?」

「先日はどうも。ええと、ミカさん?」


わたしはまだ天羽さんに名乗ってもらっていないので、迂闊に名前を呼べない。あえて疑問形で呼ぶと、それに気づいたのか、改めて自己紹介してくれた。


「あ、はい。普通科2年の天羽美歌です。よろしく」

「わたしのことは知ってるみたいだけど、一応。羽鳥弘夢です」

「うん。こんにちは」


にこっ、と天羽さんは愛想のよい笑顔で答えた。さっきまでのピリピリした空気を霧散させるような、緩い空気をまとっていて、気が抜ける。


「それで天羽さん、この人と知り合いなの?」

「うん、友達だよ。普通科1年の羽田舞子ちゃん」


……羽田舞子って、確かもう一人のライバルキャラじゃなかった? なんで天羽さんと友達になってるの? 怪訝に思ってそっちを見ると、羽田さんも天羽さんと登場に気を削がれたのか、苦い顔をしていた。


「そう。羽田さん、手を離してくれる?」

「……わかったわよ」


しぶしぶという様子で離された手に掴まれていたところは、幸いにして赤くはなっていなかった。それでも、気になってさすってしまうのは、やっぱり嫌だったからだと思う。


「舞ちゃん、もしかして羽鳥さんを追っかけてきたの?」

「だってこの人、鳩谷と仲いいくせに、修成と……」

「うー、まあ、一緒にいるのが羽鳥さんだって言ったのはわたしだけど」


額を押さえながら天羽さんはうめく。なるほど、天羽さんのせいでわたしはこの人につかまることになったわけか。申し訳なさそうな顔をしてるし、悪気はなかったんだろうけど、黙っててくれたらよかったのに、と思っちゃうのはしかたないよね。


「普段1人で行動する鴇村くんと、わたしが一緒にいるのが気になった?」

「あ、うん。そうなの。えっと、それで……」

「鴇村くんとは友達だよ。今日だって文化祭の準備で買い出しに来ただけ」


聞きにくそうにそう言う天羽さんに、わたしはあっさり答えた。だってためらうようなことじゃないし。


「なんだ、そ……」

「嘘! 修成はそういうの興味ないもの。それに、あんた学校じゃあんな地味な格好してたくせに、今日は違うじゃない! 修成と会うからじゃないの?!」


なんとか穏やかに話を進めようとする天羽さんをぶっちぎって、羽田さんは再び大きな声を出す。

あんな、というのは、例のみつあみ眼鏡のことだろう。最近は球技大会での教訓をもとに、体育のある日を中心にコンタクトで通っているんだけど、まあ他学科の違う学年じゃ知らないだろうし。

ちなみに、今日だってそんな気合いの入った格好ではない。髪はバナナクリップで1つに束ねたきり、無地のTシャツにキャミワンピを重ね着してレギンスをはき、足元はベージュのバレエシューズ。飾らないといえば聞こえはいいけど、ぶっちゃけ近所で買い物レベルの格好である。まあ、このあと我が家でメニューの検討をするから、今の状況は正しく近所で買い物、なんだけど。


「休みの日くらい、好きな格好してなにが悪いの? それに、仮にデートだったとして、なんでスーパーなのよ」

「それは、これから、自宅デート、とか……」


恋する女子の妄想って怖い。

苦々しい顔で、さも嫌そうに低い声で言う羽田さんに、わたしはそう思った。だから、デートならもっと気合いいれるってば。それに、自宅デートでもスーパーで買い出しとかはないんじゃないかな。だいたい、さっき買ってた荷物を見たら、確実に2人で消費できる量じゃないのがわかるはずなんだけど。


「確かにこれからうちに行くけど、文化祭のメニューの試作だから。もうすぐ、友達とも合流するし」

「文化祭の準備なんて、信用なんない。あんたもそんなの参加するようなタイプじゃないじゃない」

「あなたにわたしのなにがわかるの? そういう思い込みは迷惑だよ」


鼻につく嫌味なガリ勉のテンプレだとでも思ってるのか。そりゃ見た目はそうでしたけど? でも、まともに話したこともない相手に、わたしはそういう人間だって決めつけられるのは不愉快だ。

あわあわする天羽さんを尻目に、羽田さんとにらみあっていると、バッグのケータイが震えた。面倒に思いながらも手に取ると、鴇村くんからの着信だった。ヤバイ、忘れるとこだった。


「……もしもし」

『羽鳥さん、なにしてるの? 篠崎と藍田さん、もう来てるけど』


若干とがった声で言われて、わたしは大いに慌てた。いや、怒ってはないとは思うけど、確実にイラっとしてるよね。


「えっ、ごめん! ちょっと、もうちょっと待って、すぐ紙コップ買って戻るから!」

『いいよ。僕が買ったから』

「すっ、すみません!」


いい声で呆れたように言われるとすごく凹む。胸にずしんとくるよ。電話口なのに思わず頭を下げてしまいそうになる。


『今どこ?』

「えっと、エスカレーターの……」

『ああ、いた』


場所を問われて辺りを見回しながら話していると、プツンと通話が切れる。ふと振り替えると、天羽さんと羽田さんの向こうに鴇村くんがいた。


「で、羽鳥さん何してるの?」

「いや、その……」


口ごもるわたしを見、それから天羽さんと羽田さんを見て、鴇村くんは首をかしげた。


「舞子や天羽さんと知り合い?」

「あー、まあ、今日から?」

「はあ? なにそれ。……もしかしてまた舞子か」


誤魔化すように言うと、鴇村くんは明らかに顔をしかめて羽田さんを見た。こんなに鴇村くんの表情が動くところ始めて見たよ。できたら、明るい表情が見たかったけど。


「ちょ、どういう意味よ!」

「羽鳥さんをつかまえて、また言いがかりでもつけたんだろう? この前、篠崎にも突っかかってたよな。舞子は僕に友達をなくしてほしいのか?」

「だ、だって!」


篠崎くんとは鴇村くんのクラスメートで、中等部からの友人らしい。特進科には珍しく、お祭り好きを絵にかいたようなにぎやかな人で、今回の有志にももちろん最初から参加している。鴇村くんがわたしに誘われて有志に参加したと聞いて、散々邪推して鴇村くんを突っつき、3日ほど無視されて激しくへこんでいたのは記憶に新しい。

確かに普段の鴇村くんのイメージからしたら、想像がつかないタイプの友達だ。ホントに友達なの? と疑いたくなるのもわかる。

わたしは、あれはあれで結構仲がよくて楽しそうだと思ったけど。


「羽鳥さん、早く行くよ。君が来ないと僕らは動けない」

「う、はい。ごめんなさい」


なんにも返せなくなった羽田さんにため息を落とすと、鴇村くんはもと来た方に体の向きを変えてわたしを促した。それを呼び止めたのは、天羽さんだった。


「待って、あの、羽鳥さんと鴇村くんは、文化祭の有志に参加するの?」

「そうだ」

「そっかあ。文化祭、楽しみだね」


鴇村くんが答えると、なにが嬉しいのか、天羽さんはパアッと表情を明るくした。しかし、羽田さんはまだ納得いかないようで、眉間にシワを寄せている。


「修成、本気なの?」

「なんなんだ。この前、勉強ばかりするな、周りも見ろと言ったのは舞子だろう。そのくせ、僕が行事に参加すると文句を言うのか?」

「う、けど……」


なんと。鴇村くんにひどいことを言った知人というのは羽田さんらしい。そんなことを言っても平気ということは、長い付き合いの知り合いなんだろうか。もしくは、今まで言いたくても黙っていたとか?

どちらにしても、鴇村くんが文化祭の有志に参加するという結果に納得はしていないようだ。もしかして、彼女が見てほしかったのは、周りのクラスメートじゃなくて、自分のことだったんじゃないかなあ。こんなにわかりやすいし。


「付き合っていられないな。行こう、羽鳥さん」

「えっ、あ、待って!」


真っ赤になってうつむく羽田さんを置いて、さっさと歩き始める鴇村くんに、わたしは慌てて続いた。

途中で振り返ると、羽田さんを慰めるような天羽さんの姿が見えた。


「……悪かったな」

「えっ、なにが?」

「あいつ、舞子になにかおかしなことを言われなかったか?」

「ああ、あー、大丈夫だよ。別に」

「そうか」


ここでうんと言ったところで、誰の得にもならないので、適当にはぐらかす。早足で進む鴇村くんにどうにか追いついて隣に並ぶと、まだ不機嫌なようで、いつもの2割増しで怖い顔をしていた。


「あの子、鴇村くんの友達なの?」

「舞子は、友達とは違う。小学校のころ学童で一緒だった、古い知り合いだ。昔は、あんな感じじゃなかったんだが」

「ふうん」


小学校からギャルって子も、なかなかいないだろう。しばらく会わなかったうちに変わってしまった幼馴染みに戸惑っているのかな。あれ? てことは、鴇村くんも満更ではないんじゃない? 羽田さんに言われたことを気にして有志に参加したくらいだし。

そういえば、天羽さんは羽田さんを慰めてた。てことは、羽田さんが鴇村くんとくっついてもいいと思ってるのかな。だとしたら、天羽さんは逆ハー狙いじゃないってことかもしれない。


「羽鳥さん、どうかした?」

「ううん、なんでも。さ、急ごうか」


考えてもよくわからないし、今は目の前の文化祭のことを考えよう。もしかしたら、天羽さんはそんなに嫌な人じゃないかもしれない。それがわかっただけで、よしとしよう。



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