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似た者同士(7月第4週)

同じクラスの藍田あいだ依子よりこ、通称よりちゃんが代表を務める、特進科2年有志の出し物は、ミステリー研究会と合同の観客参加型のドラマ上映だ。文化祭の3日間、1日1本ずつドラマを上映して観客に犯人を当ててもらう、というもの。午前に事件編、午後に捜査編、夕方に解決編を上映する。上映のない時間は喫茶にして、上映が終わった分を自由に見られるようにして、ヒントを集められるようにするらしい。



鷲巣先生に助言をもらった翌日。わたしはすぐによりちゃんに文化祭のことを相談した。


「ホント? ホントにいいの?! ありがとうヒロ! 超助かるー!」

「あ、うん。わたしでよければ」

「バッチリ! 待ってました! って感じ!」


断られたらとビクビクしながら声をかけたのに、満面の笑みで親指をたてられた。

聞けば、ドラマキャストと当日の喫茶の運営は特進科が受け持つことになっているものの、当日以外に動ける人が少なくて、困っていたそうだ。そんななか、部活もなく、夏の特別講習以外に予備校もないわたしの参加は、渡りに舟だったらしい。

中学の頃は生徒会もやってたのもあって、わたしは行事や企画の準備は結構好きな方だ。その日の放課後から、早速撮影と喫茶の計画の手伝いをすることになる。それからは、毎日放課後に残っては、やれ撮影だ、喫茶のメニューは何種類だ、脚本の読みあわせだ、とやっているうちに、いつの間にか夏休みに入っていた。

忙しくしていたせいか、あんなに色々悩んでいたことは、このところ頭を掠めもしない。それどころか、なんであそこまで悩んでたんだろう、と思えてしまう。いつの間にか、向こうが自由に動くならわたしだって好きに生きてやる、ゲームのシナリオなんてそもそも知らないんだから気にするだけ馬鹿馬鹿しい、と思えるようになっていた。

たぶん、友達の幅が広がって、いろんな考え方の人と話すようになったせいもあるんだろう。最近は今まであまり話をしたことのなかった子たちとも、放課後のファミレスや教室で、連日話し合いと言う名のおしゃべりに興じている。やっぱりみんなと協力して何かするのって楽しいなあ、と実感した。




*****




「……さん、羽鳥さん、起きて」

「うん……?」


肩を揺すられて、ゆるりとまぶたを持ち上げた。いかん、寝てた。ぼんやりと声をした方に顔を向けると、表情の薄い顔に少しだけあきれた色をのせた同級生が、こちらを見下ろしていた。


「図書館、閉めるよ」

「ああ、ありがとう。鴇村くん」


お礼を言うと、黙ってうなずき返された。

鴇村くんとは、時々図書館の3階にある自習室で顔を合わせる。といっても、目が合えば会釈するくらいで、一緒に勉強したりしたことはない。彼はたいてい閉館までいるけど、わたしは閉館前に帰るので、帰りが一緒になることもほとんどない。先月、司書の先生の急用で早めに閉めることになった日があって、その時に駅まで一緒に行ったけど、それだけだ。


「鍵、預かってるから早く出よう」

「そうなの? ごめんね。わたしが最後?」

「ああ」


周りを見れば、わたしたちのいる一角以外、照明が消えていた。体の下に敷いていた参考書やノートたちを、慌ててカバンにしまって立ち上がる。


「慌てなくていい。照明、消してくる」

「うん。ありがとう」


鴇村くんが照明のスイッチを切ってくるのを待って、2人そろって図書館を出た。鍵を返す事務室も生徒玄関も管理棟の1階なので、一緒に行くことにした。まあ、わたしのせいでお待たせしてた訳だし。


「……疲れてるのか?」

「えっ、わたし?」


ふいに話を振られたので驚いてそっちを見る。鴇村くんは、いつも通りの無表情。でも、いい人なんだよね。今日も怒りもしないし。わたしと一緒でちょっと人付き合いに不器用なだけなんだろう、と勝手に親近感を持っている。


「寝ていただろう」

「ああ。まあ、最近は文化祭の準備手伝ってるから」

「文化祭? 特進科は、展示だけじゃ?」

「クラスのはね。有志で、ドラマ上映と喫茶もするんだよ」


夏休みの特別授業期間中の今日も、授業後の午後から撮影していたのだ。そのあと図書館で宿題しようとしたら寝たんだけどさ。

一応、鴇村くんも特進科だし、有志団体があることくらいは知っていたらしい。軽くうなずきながら、こちらを見た。


「羽鳥さんも、そういうのするんだな」

「うん。結構行事の準備とか好きだし」

「ふうん……」


相変わらずの無表情。でも、声色からはなんとなく、なにか言いたげな雰囲気を感じる。


「どうかした?」

「よく、そんな暇があるなと思って」


なるほど、勉強しないのかってことですか。まだ高2の夏だから、いつも通りしてれば大丈夫だと思うんだけど、鴇村くんからしたら甘いのかもしれない。


「一応勉強時間は削ってないんだよ。色々いきづまってたから、気分転換もかねてね」

「気分転換……」

「うん。やっぱりみんなでなにかやるのって楽しいよね」

「そういう、ものか?」


鴇村くんは少しだけ困ったような顔をしてこちらを見る。わたしがどう返すべきか考えている間に、彼は事務室に入ってしまった。

今のはどういうことだろう。鴇村くんは、行事の準備とか嫌いなのかな。そんな感じの人には見えないけど。鴇村くんは頭がいいから、行事の準備とかで重宝されそうなのに。

ぼけっと事務室の前で突っ立っていたら、鴇村くんが出てきた。


「お待たせ。行こう」

「うん……」


そこからは、なぜか会話が途切れてしまった。黙って生徒玄関までいって靴を履きかえ、外に出てまた肩を並べる。


「鴇村くん、は」

「ああ」

「行事とか嫌い? 文化祭とかより、勉強したい?」


なんとなく気になって聞いてしまったけど、失敗だっただろうか。沈黙が落ちる。それでも、まだ隣を歩いてくれるから、怒っているわけではないんだろうけど。


「……よく、わからない」


ぼそりと答えが帰ってきたのは、正門を出ようかという頃だった。


「わからない、の?」

「ああ。僕は中学から特進科だから、そういうのに参加したことがない」

「そっか」


わたしは高校からこの学校に入ったから、中等部のことはよくしらない。でも、高校の特進科と同様、勉強中心で文化祭とかにはあまり力を入れてないのかもしれない。もちろん有志の団体はあるだろうけど、それは自由参加だ。意識して参加するか、友達に誘われるかしなければ、関わることもない。

経験しなければしないで、特に困らないだろうけど、経験するチャンスが少ないのは残念だと思う。

話し合わなきゃとか言って半分以上雑談してて反省したり、全然接点なかった人たちとの共通点を発見したり、準備物が間に合わなくて友達の家で夜中まで作業したり、そんななかでカップルになった2人を打ち上げでからかったり、そういうのって中学高校のうちしかできないんじゃないかな。大学になると、きっと友達は興味や趣味が近い人ばかりになる。そうじゃない人とも一緒になんかできるのは、高校までだよね。


「羽鳥さんも、僕と同じかと思ってた」

「わたし?」

「ああ。たいてい勉強してて、クラスの人とふざけてるとこも見ないし。行事とか興味ないのかと」


小さく失礼でごめん、と付け加えられて、わたしは苦笑いした。だって結構当たってるし。それに、鴇村くんも自分とわたしが似てるって思ってたなんて、知らなかった。


「あー、まあ高校では勉強しよう、と思ってたから」

「高校では?」

「うん。中学では生徒会やってたの。行事の運営とか頑張ってたんだよ。楽しかったしね」


でも、生徒会とか目立つから、知らない人に嫌み言われたりとか、からかわれたりとかもした。それが嫌で、高校ではそういうのはもういいや、って思ってたんだよね。


「そうなのか」

「うん。ただ、しんどいこととかもあって、高校ではいいやって思ってたの。でもね、やっぱり始めたら楽しくて」


それに、文化祭の有志に参加したくらいでは目立つことにならない。わたしが目立つのは、先日の西庭のように、目立つ人になにかやらかしたときだ。それに気づいたら、必死に真面目で大人しいガリ勉ちゃんをしてる自分が、ひどく自意識過剰で間抜けに見えたのだ。


「ふうん?」

「大変な分、達成感あるし。それを味わわずにいるのはもったいないと思い直したの」

「もったいない、か」


眉間にシワを寄せ、意味ありげに呟く鴇村くんに、なんとなく空気が重くなった気がした。失言だったろうかと思って、おそるおそる聞き返す。


「えっと、どうかした?」

「羽鳥さんは、勉強ばかりしているのはよくないと思うか?」

「んー、そんなことないと思うけど、どうして?」

「さっき、参加しないともったいないと言っただろう。それに先日、知人に勉強ばかりしてると、人としてダメになると言われた」


鴇村くん、そんなひどいこと言う知り合いがいるんだ。そういえば、わたしも近いこと言われてた。でも、それは既に特進科に対する悪口だよね。

確かに、勉強ばかりして周りの人との関わりをないがしろにするのはよくないことだ。だけど、うちの学校にそこまでの人はいない。わたしだって行動をともにする友人くらいいるし、当然鴇村くんもそうだ。自分のペースでちゃんと人間関係を築いている。その証拠に、クラスメートでもないわたしたちでもこうして一緒に帰って、その道すがら話しているんだから。

行事に参加しないのはもったいない、とわたしは思う。けど、それはその楽しさを知っている人の言い分で、知らない人にはその面白さもわからなければ、もったいなさもわからない。そういう人は、単にもったいない、と言われたって困惑するだけだろう。


「それで、鴇村くんはもったいないとかよくないとか思ったの?」

「いや。僕は志望校も、やりたいことも決まっている。その為に勉強を優先して何が悪いのかわからない。勉強だって面白いし、趣味を楽しむ時間だってあるのに」


ああ、なんかやっぱり鴇村くんには親近感わくなあ。別に学校外にも楽しみはあるもんね。わたしだって1人でライブとか行くし。学校の友達と遊ばなくても、本人的にはなんの問題もないのだ。

特進科の人たちは、ちょっとくらい付き合い悪くても、その人はそういう人だって思ってるし、お互い様って空気もある。外から見たら、それがもったいないことだと思えるんだろうな。


「その気持ちはわたしもわかる。行事なんて、必要最低限参加してれば内申にも響かないし。友達は学外にもいるし、1人でも休みの日はそれなりに満喫してますけどなにか? って感じ」

「そう、だよな」

「うん。そりゃあ確かに、わたしの場合は交遊関係を広げたい、ってのもあって参加してるけど」

「……そうか」


高2にもなって今さらだけどと言って笑うと、鴇村くんに納得したような、でも受け入れがたいような、変な顔をされてしまった。ま、そんなこと言われても、反応に困りますよね。

でもね、わたしと同じような学校生活を送ってきたなら、鴇村くんの交遊関係だって、わたしといい勝負だと思う。だからって、無理に友達増やせ! とか言う気はないけど。でも、もしこれで行事も楽しいと思えたら、きっと学校に来る楽しみも増えるとは思う。


「とりあえず、どっちが有意義かはわたしにはわからないけど、気になるなら、鴇村くんも参加してみる?」

「え?」


あまり強引にならないように、努めて明るく、軽い感じで言ってみた。当然ながら鴇村くんは驚いたのか、瞬きを繰り返している。


「今週は、特別授業の後に毎日撮影してるよ」

「けど、途中参加なんて」


ためらいがちにそう返しつつ、鴇村くんに嫌そうな様子は見えなかった。

さて、学校の最寄り駅は既に目の前で、わたしと彼は反対方向なので、そこでお別れ。

そこでわたしは考えた。だったら、もう少しだけ押してもいいんじゃないかな、と。もしこれで鴇村くんが参加してくれたら、本当に助かる。現状、キャストを除く撮影スタッフが2人(監督兼カメラ1人と、その他雑用兼記録係のわたしのみ)とか、人手不足が深刻なのにもほどがある。


「わたしも途中からだったし、人手が足りないから、大歓迎だよ! よかったら、明日の午後、西庭に来てみてね」

「え、本当に?」

「うん。じゃ、もしかしたら、また明日、ね?」

「ああ、うん……」


戸惑う鴇村くんを尻目に、わたしは笑顔で改札をくぐった。完全に言い逃げだけど、許してほしい。だって断られたら凹むんだもん。



そしてその翌日。撮影に出る直前に鴇村くんに呼び止められたわたしは、笑顔で彼に向かい合ったのだった。



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