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物語のはじまり(4月第2週)

勢い余って短編を連載にしてみました。完結できるまで頑張ります!

「ひーちゃん、聞いてほしい話があんだけど」

「いいけど、長くなる?」

「たぶん」

「じゃ、夕飯の後でいい? さくっと食べちゃお」

「……うん」


わたしがそう言うと、目の前の男の子は強ばった表情を少しだけ和らげた。

彼は通称むっちゃん、本名は鳩谷はとや六実むつみという。むつみ、という名前の響きこそ女の子のようだが、身長175センチのまあまあ立派な体格をした男子だ。彼はわたし、こと羽鳥はとり弘夢ひろむのはとこであり、幼馴染みであり、きょうだいのようでもあり、同級生でもある。

鳩谷家は両親共に忙しい人なので、昔から、むっちゃんは週に4日はうちに預けられていた。そんなわけで、いまだにしょっちゅううちでご飯を食べては泊まっていく。今日もそうだ。まあ、今日はうちの親も遅いけど。

かつては、むっちゃんはモテるから、あんまり親しくしてると女子にやっかまれるんじゃないかとヒヤヒヤしたこともあったけど、そんなのは杞憂だった。なぜなら、こっちが必死に隠そうとしているのに、むっちゃんにはまるで隠すつもりがなかったことと、彼があまりにもおバカだったからだ。おかげさまで、わたしは高校生になった今でも、むっちゃんの保護者扱いである。むっちゃんは4月5日生まれ、わたしは3月20日生まれで、ホントはむっちゃんの方が1歳近く年上のはずなんだけど。

ちょっとおつむが足りないのはご愛敬。そして、前世ではオタクのゲーマーだったとか言っちゃう電波なところもキャラのうちである。そんなところもカワイイ! と女子に人気だというのだから顔がいいとはお得なものだ。


「んで、話って?」

「えっと。オレ、前世の記憶あるじゃん?」

「ああ、うん。それで?」


パスタとサラダの夕食をさくっと食べて、わたしとむっちゃんは食後のお茶を手に向き合った。


「思い出したんだ」

「また?」


時々、むっちゃんは前世の記憶と言うやつを思い出す。初めてそれを聞いたのは、小学校の4年生くらいのころだ。もとからある前世の記憶はあまりはっきりしていないらしいんだけど、なにかのきっかけで新しい記憶を思い出すことがあるそうな。

大抵は、ゲームの記憶とか、好きだった漫画のセリフとか、お姉さん(前世では2人姉弟だったらしい)にいじられた記憶とか、どうでもいいものだから、わたしが信じてないとむっちゃんは思っているようだ。軽い調子で話すむっちゃんにも責任はあると思うんだけとね。だけど、どうやら今回は様子が違う。


「あのさ、この世界がゲームの世界だって言ったらどうする?」

「ええ?」


今回は随分と大変で、違う意味で信じがたい記憶だ。ゲームって、RPGとか、アクションとか、シューティングとか、そういう? いやいや、ここが魔法のある世界とか、世紀末だとか、ギャング的なのが暗躍してるとかならわからなくないけど。そんなのがリアルの世界になったらヤバイよね? えっ、なに、これから宇宙人でも攻めてくんの?


「信じてないだろ?」

「いや、だってこの超平和な現実を見なよ。なに、世界対戦でも起こるの?」


不満げにこっちを見るむっちゃんにそう言い返すと、一瞬キョトンとして次に気が抜けたように笑いだした。なんなんだ。


「違うよ、そんな物騒なゲームじゃないから安心して」

「だって、じゃあなんなのよ」

「ひーちゃんは乙女ゲーってわかる?」

「えっと、あれでしょ、要は女の子向けの恋愛シミュレーションでしょ?」

「正解! ゲームしないのに、よく知ってたね」

「友達が好きなの。それで、まさかと思うけど」

「うん。この世界は、乙女ゲーの『恋してハミングバード』の世界なんだよ」


イヤに真剣な顔をしてそう言うむっちゃんに、わたしは脱力してテーブルに突っ伏した。だって乙女ゲーって、そしてそのネーミングセンスはどうした! ほんのちょっとだけあった緊張感返せ! ああ、心配して損した。


「なんだ、じゃあいいや」

「えっ、なにがいいのさ! なんもよくないよ!」

「いや、だって乙女ゲーなんでしょ? わたしには害もなさそうだし、いいかなって」


ずず、と手元のお茶を飲みながらそう言うと、むっちゃんはえええっと情けない声を出した。


「よくないよ! オレが攻略されちゃってもいいわけ?!」

「へえ、むっちゃんは攻略キャラクターの一人なんだ」


確かにむっちゃんは、ビジュアル的にぴったりかもしれない。地毛のはずなのに赤茶の髪をツンツンと立てて、長めの前髪をピンでとめ、焦げ茶のやや釣りぎみの目は、いつもキラキラしているのだ。明るく元気な同級生か後輩キャラってとこか。


「そうだよ! オレとか、三鷹みたか先輩とか、鷲巣わしず先生とかもそうだよ! ねえ、ひーちゃん助けてよ!」

「別に女の子と恋愛するだけなんだからなんの問題もないじゃん」

「先生はまずいでしょ?!」

「えー、よくある話だよ。現に数学の相川先生とか奥さん元教え子だし。むっちゃんは生徒なんだから、余計なんともないでしょ」

「そ、それはそうかもしれないけど。……あっ、ちょっとちゃんと聞いてって!」


もういいでしょ、と席を立とうとすると、がしっ、と手を捕まれた。困ったように眉根を寄せて、じいっとこっちを見ている。これは、ちゃんと聞くまで離してもらえないパターンだな。仕方ない。さっき立ち上がった椅子に座り直すと、今度は両手を捕まれた。


「頼むから、全部話すからせめて相談に乗って!」

「わかったよう」


こう見えてむっちゃんは結構心配性でしつこいので、気がすむまで話を聞くしかない。ただ、あんまり説明が上手じゃないむっちゃんの相談は、聞くだけで骨がおれる。


結局、むっちゃんの話はトータル3時間に及んだ。夜7時から10時まで、途中5回ほどお茶を入れ直し、3回はトイレに立ったのだが、途中でやめてくれることはなかった。普通科のむっちゃんと違って、特進科のわたしには3科目も課題があったのに。


まあ、それは置いておいて、要旨をまとめると、次にようになる。もう箇条書きでいいよね?


その1

この世界は乙女ゲーム『恋してハミングバード』の世界そのもの、あるいはそれに酷似した世界である

その2

主な舞台はわたしたちも通っている私立四季が丘学園高校とその周辺で、攻略対象は学園の生徒と教師である

その3

ヒロインは2年の1学期に普通科に転入してくる。デフォルト名は天羽あもう美歌みかで、攻略期間は1年間(この子がむっちゃんのクラスに転入してきたそうだ)

その4

攻略対象の名字には鳥の名前が入っており、通常モードで普通科3人、特進科1人、スポーツ科1人、芸能科1人、教師1人の計7人(自分と三鷹先輩と鷲巣先生以外の名前は思い出せなかったらしい)

その5

サポートキャラ1人、ライバルキャラ2人は女子で、名字に羽の字が入っている

その6

結末はバッドエンド、友情エンド、ノーマルエンド、ハッピーエンド、逆ハーレムエンドの5つ(逆ハーレムエンド以外はそれぞれ攻略対象ごとにもパターンがあるらしい)

その7

元のゲームは17歳以上対象で、結構きわどいやり取りも多い(むっちゃんはこれが嫌らしい)


ちなみに、なんで男の子のむっちゃんが乙女ゲーを知っているかと言うと、前世でお姉さんに無理矢理借し出されたかららしい。彼女もいないむっちゃんに、これで乙女心を学べ! とか言ったそうな。ただ、一通り全キャラを攻略したところで心が折れたらしく、その上、せりふの恥ずかしさにかなりスキップしたから、記憶はかなり曖昧だそうだ。

まあ、そんなことよりわたしが最も気になるのは5番目なんだけどね。

むっちゃんいわく「ひーちゃんは、オレと三鷹先輩ルートのライバルなんだよ!」だそうで。

確かにわたしの名字は羽鳥で羽の字が入っているけどさ。ライバルキャラなんてめんどくさいんですけど。ちなみに、むっちゃんルートでは保護者的な意識から、ヒロインを試すような真似をし、三鷹先輩ルートではわたしは中学時代から先輩に憧れていて、それゆえ急接近したヒロインにちょっと陰険な嫌がらせをしたりするらしい。

確かに、むっちゃんのことは心配だし、三鷹先輩は中学で一緒に生徒会やってから、その有能さと人格者ぶりは尊敬している。だけど、かといってわたしにはヒロインを邪魔するつもりはない。だって、どういう恋愛をするかは本人の自由じゃない。こっちに火の粉が飛んでこない限り、傍観することが間違いだとでも言うのか。


「ひーちゃん冷めすぎ! せめてビジュアルだけでもどうにかしようよ!」

「みつあみ眼鏡のどこが悪いのよ」


わたしは学校ではそこはかとなく実用重視の格好をしているのだ。下ろすと胸まである焦げ茶の髪は猫っ毛で、ふわふわして邪魔なので、緩くみつあみにしている。当然のように近視だから、眼鏡もしている。コンタクトにしないのは、授業中に目にごみでも入ったら痛くてたまったもんじゃないからだ。


「ゲームだと、ひーちゃんはクールビューティー担当なの! みつあみほどいてコンタクトにしてよ!」

「そんなの知らないし。いいでしょ、楽なんだから」

「よくないってば! だいたい休みの日はちゃんとするのに、学校ではどうしてそうなの?」

「学校は勉強するとこなんで」


そりゃ休みの日くらいかわいい格好で出掛けたいもの。

コンタクトもするし、ちゃんとヘアアイロンも使うよ。うちの特進科なんて、見目に気を使うより成績を気にする世界なんだから別にいいでしょうよ。

うつむいた時に髪が顔にかかる心配もないし、コンタクトがずれて痛むこともないから、みつあみ眼鏡って勉強するには最適なんだよ。ちゃんと清潔感は保ってるんだから文句言われる筋合いありません。


「もうちょっと真剣に幼馴染みの危機に対して対策考えてくれてもよくない?!」

「わーかったわよ! じゃあ、もしむっちゃんの意に沿わない方向になりそうだったり、無理強いとかされそうだったりしたら、ちゃんと相談にのるし、対策も考えるから! それでいいでしょ?!」


いいかげんしつこいむっちゃんに怒ったわたしは、バン、とテーブルに手をついて立ち上がった。


「う、うん。でも……」

「大丈夫よ! ヒロインの、天羽さんだっけ? 彼女が自分がゲームのプレイヤーだって意識してない可能性もあるんだから。意識してたってこれは現実よ? そんなにひどいことはできないでしょうよ」

「そうかなあ」

「良識のある子ならね。万が一の時はわたしも協力するから。大体、その子とは今日初対面だったんでしょ? だったら、どんな子か見極めてからでも遅くないと思うけど?」

「そ、そっか」

「そうよ。普通にいい子の可能性もあるわ」


そう力強く言い切ると、むっちゃんはやっと納得したような顔をしてうなずいた。

ああもう、やっと終わった。げっ、もう10時半だよ。課題終わるかな。

まあ、でもなんとか巻き込まれるのは回避したし、これで安心して自分の目標に集中できるわ。

え? わたしの目標? 国立大法学部一発合格ですけどなにか?

恋愛とかは二の次でいいんです。

気が向いたらしてもいいと思うけど、普通の高校生っぽいのでいいです。ドラマチックさとか別にいらないと思ってます。



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