深淵の魔術師 3
ローリエを摘んで家に戻ると不審な空気に気付く。
僕は懐から魔力水薬を取り出しそれを飲み干すと
ドアをゆっくり回し、開けた。
「すまんな……留守だったものでな。待たせてもらっていた」
彼は魔族の士官でグエインと名乗った。
体長3mを超す体に漆黒の鎧を身に纏い、
僕の部屋の真ん中に立っていた。
彼は国境周辺の魔族を指揮する部隊長だが、
その実力は魔族の中でもトップクラスだ。
そんな奴が前線で指揮を執るなんておかしな話だが
魔族の事情なぞ僕の知った事ではない。
「……殺されに来てくれたのか?」
僕は本気だ。
「よせ、俺と本気でやり合ったらお前も只では済まないぞ」
構わないさ。
「話をしに来た」
話?
「お前を魔族の士官として迎えたい」
冗談だろ?
「本気だ。お前の母親の事は知っている……残念だったな」
……。
「だが、これは戦争だ。お前に限らず世界で同じ事が起こっている」
そうだな。
「お前に魔族の一軍を預ける。それで人間を守るのもよし
殺すのもよし。どうだ? 悪い話ではないだろう?」
それでお前に何の得がある?
「お前が俺の味方になる」
……。
「どうだ人間?」
グエイン。といったな。
お前は2つ勘違いをしている。
1つ目は僕に魔族の一軍を預けたところで
人間を守りも殺しもしない。
その一軍が壊滅するだけだ。
2つ目はそんな事をしても
僕はお前の味方などには、なりはしないという事だ。
「……灰は灰に、塵は塵に――!」
僕は呪文を唱える。
魔力水薬が効いてる。体に魔力が漲るのを感じた。
「き、貴様っ!」
僕に召喚された幾つもの黒い槍が
グエインに向かい飛んでいく。
不意打ちになすすべなく、その体を貫かれるが
彼はまだ死んでいなかった。
「人間の分際で、只で済むと思うなよ」
「お前も言っただろう? これは戦争なんだ。と」
グエインは素早く身を翻し、窓から飛び出した。
が、逃がしはしない。
時間魔法で彼の動きを止める。
不自然にも窓枠辺りで微動だにしないグエインの体に
黒い槍を放つ。
しかし突然の目眩に
目標がずれて黒い槍はグエインの腕を掠めただけだった。
それと同時に時間魔法の効果が切れ、
彼は外に飛び出し逃げて行った。
手が震える。
魔力水薬を使ったとしても時間魔法は
体の負担が大き過ぎた。
――・――
魔族は敵だ。
人間も敵だ。
殺して
殺して
殺し尽くして
僕も死ぬ
それが運命だ。
それが運命だと思った。
彼女に……出逢うまでは……。