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「せ、せっかく、は、初めて、お、親子三人で出かけるんだ。ゆ、ゆっくりしてくれば、い、いいのに」
ハルオは御子にそういったが、
「乳飲み子抱えてると、そう言うわけにもいかないの。すぐに帰るから、あとをお願いね」
そう言って御子は良平と共に駅前のデパートに向かった。
出産祝いのお返しや、お礼はみんな済ませていたつもりだったのに、あらためて確認し直すと、数件だけ漏れがあった事に気がついた。
ネットショッピングやカタログから選んで注文してもよいのだが、このところ組の周辺しか出歩く事のなかった御子が、
「ねえ、お宮参りも近いし、思い切って真見を連れてデパートまで出かけてみない?」と、言いだした。
確かにこれから長い子育てだ。こういう機会に息抜きをする癖を付けておいた方がいいかもしれない。この子を育てるには何より御子の精神状態が健康であることが一番大切な条件になるのだから。
組長も良平も、御子が余計な負担やプレーシャーを感じることなく、真見を育てる事の大切さを分かっている。むしろ、御子が真見のことしか頭に無くならないようにしているのはいいことだ。二人とも二つ返事で賛成した。短い時間とは言え、良平は初めて三人での外出も楽しみだ。
そんな訳で、御子と良平は真見を抱いて、駅前のデパートまでやってきた。
必要な品は贈答品コーナーで簡単に決めた。本当ならすぐにでも帰れるのだが、二人とも気になる売り場があった。上階にある、子供用品売り場だ。
夜ではあるが、デパートの閉店まではまだかなり時間がある。今のところ真見がぐずる様子もない。
必要なものはだいたいそろえてあるのだが、デパートではどんな物が売っているのか、覗いてみたくて仕方がない。ほんの数か月前まで見向きもしなかった売り場が、今や、どの売り場よりも魅力的に思えるのだから不思議なものだ。
「お参りに便利なものがあるかもしれないし、ちょっとだけ、いいかしら?」
「まあ、ちょっとだけなら」
行くのは御子の育った神社なのだから、組のすぐ近所。何が必要ってわけでもないが、ついついそんな事を言いあって、二人は子供用品売り場へと向かう。
ところが売り場のある階でエスカレーターを降りたところで、女性に声をかけられた。
「あら、御子さん。まあ、真美ちゃんも連れているのね」
黄色い声に顔を向けると、そこにいるのは由美だった。手にはデパートの紙袋を下げている。
「奥様もお買い物ですか?」
聞きながら二人は何だか由美の姿に違和感を持った。何かが物足りないような。
「ええ。この奥のペット用品売り場で、こてつにレインコートを買ってあげたの」
そうだ。こてつの姿がないのだ。いつの間にか由美のイメージは、こてつとセットになってしまっている。
「あの、今日、こてつ君はお留守番ですか?」思わず御子が聞いて見る。
「下の駐車場の車の中でね。だって、デパートはペットを連れて入れないもの。残念だけど」
「ちゃんと我慢なさるんですね……」
そんな事当たり前なのだろうが、何だか由美にはデパートの中だろうと、こてつのリードを引いて歩きそうなイメージが、すっかり出来あがってしまっている。
「お二人は……。ああ、真美ちゃんのためのお買い物ね? ここは子供用品売り場……」
ボン!
突然の巨大な爆発音と振動に、由美の声がかき消された。