表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こてつ物語10  作者: 貫雪
8/58

8

「智、風呂は沸いてる? 今日は早めに用意しておくように言ってあったわよね?」

 土間は玄関で靴を磨いている智に声をかけた。


「はい。沸かしてあります」智は相変わらずのむっつり顔で答えた。


 智はこの華風組に来てからと言うもの、ずっと機嫌が良くなかった。それはそうだろう。ここにきてからと言うもの、毎日雑用に使われてばかりいるのだから。

 本当は刀の素早い使いこなし方を教わって、誰よりも強くなりたいがためにここの門をたたいたと言うのに、刀を教わるどころか稽古場に近寄らせてももらえない。

 いや、彼はここに組員として受け入れられてさえいなかった。組長である土間が、自分と杯を交わさなければここの組員にはなる事が出来ないのだ。


 どうにかここに置いてもらってはいるものの、いまだに自分は居候扱い。朝の掃除のとき以外は事務所にすら入れてはもらえない。

 やらされるのは掃除や洗濯、組に関係のある店への伝達や使いに出されるような事ばかり。それさえも店の裏口で従業員に頭を下げ、時には野良犬のように追い返されたりする。相手にどんなに尊大な態度を取られても、決して口答えをするなときつく言いつけられている。出来なければすぐ、ここから追い出すと言われてしまう。


 街の不良で通っていた時は、これでもそれなりに「顔」が通用した智だったが、華風組に来てからと言うもの、誰に対しても頭をさげっぱなしで、ロクに存在を気に留めてさえもらえずにいる。これで機嫌がよくなれるはずはなかった。


「そんなふてくされた顔で返事しないの。今夜からあんたに雑用係より、マシな仕事を覚えさせるわ」


「え?」

 智は心が躍った。やっと組員として認めてもらえるのだろうか?


「智、あんた、アツシさんの仕事をよく、観察しなさい。彼はウチの懐刀。彼の仕事を見ていれば、ウチの方針や幹部達の考え方がよく分かるはずよ」


 膨らんだ期待が一気にしぼむ。自分がここに求めている事はそんな事じゃない。そう、言葉にしたいのは山々だが、自分はここの組員としてさえ認められていない。組長の温情でここに置いてもらっているだけの身だ。この人に出て行けと言われたら、今までの我慢は水の泡になってしまう。


「観察と言うと、俺、アツシさんに付いて歩いていればいいんですか?」


「そう、アツシさんの言う事をよく聞いて、なるべく彼の役に立つように行動しなさい。いわば、カバン持ちってところね」


 雑用係よりマシになっても、所詮はカバン持ちか。これじゃいつ、組員になれるのだろう? いや、たとえ組員になれなくてもいいから、ドスや刀を握らせてもらいたい。しかし、刀嫌いのこの組長じゃ、そんなのいつになるか分からない。 もしかしたらアツシさんに取り入った方が、事は早いかもしれないな。


「分かりました。アツシさんのお手伝いをします」


「あら? 案外素直ね。じゃあ、今日はあんたが先に風呂をすませなさい。今夜アツシさんは料亭で土木関係者と会うからあんた、そこについて行くのよ。くれぐれもアツシさんの顔を潰すようなことのないようにね」


「俺が先に風呂、使ってもいいんですか?」普段は智が一番最後に使っている。


「相手方に失礼のないようにしなきゃならないからね。ちゃんと髭も剃っておくのよ。さあ、早くして」


 きっちり小言も聞かされて、智は土間に風呂場へと追いやられた。

 面倒だが仕方がない。組長を説得してもらえるように、まず、アツシさんから先に味方になってもらおう。

 自分の卑屈さ加減が少々嫌になるが、智は土間に言われたとおり、アツシのもとに従う事にした。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ