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土間さんは決してそのためだけに智を強くする訳じゃない。それは分かってはいるが、その中に俺に対する父親としての想いがない訳じゃないんだ。
「お、俺、つ、強くなります。き、きっと。お、俺に刃物を持たせてくれた事、こ、後悔させません」
ハルオの言葉を聞いて、土間はちらりとハルオを振りかえり、少し、ほほ笑んだ。
ハルオにも満足そうな笑顔が浮かぶ。香もようやく安心する事が出来た。
ただし、今度は智が不満そうな顔をしてはいるが。
若い頃に幾度となくかわした一樹とのキス。ふと、懐かしい思いに駆られる。でも、
「……組長相手に、いい度胸してるわね」
唇が離れて、すぐに礼似が言った。
「覚悟はできてるさ」
「これで昔に戻ったなんて、思わないで」
「いきなり減らず口か? もう一度ふさぐぞ」一樹はそう言ったが、
「違う」
礼似の声は真剣だった。少し、一樹から離れる。
「もう、昔の私たちじゃない。一樹も、私も。昔になんか戻れない。二人とも変わっているの。昔のように安易に流されたり、立ち止まったり、時を止めるような真似、出来ないわ。これからだって変わって行く。すべて一から作り直さなきゃならない」
「それはそうだが。面倒か?」
「ええ、面倒だわ。だからずっと一人でいたんだし。それに私たちじゃ、やすらぎは求められない。傷を癒やしあえる関係にはなれない事、一樹だって分かってるでしょ?」
憎み合って、それでも惹かれあって、無理やり別れたにもかかわらず、再会した二人だ。互いの立場や性格を考えても、穏やかな日々は望めないだろう。
だが、一樹はあきれた様に笑う。
「そんなものお前に求めないのはどんな男でも一緒だ。お前の無謀さは度胸がないからだと言ったが、本当は俺のせいだ。お前、意外と臆病なんだ。俺がお前を守っちまうと、お前、安心して無謀さに拍車がかかった。だからもう、そんな真似はしない。傷を癒やすどころか、へたすりゃ真剣勝負だ。気を紛らわすには最高なんじゃないのか?」
「女組長のオトコってだけで、つけ狙われるわよ」
「光栄だね。言ってるじゃないか。覚悟はできてるって。いくらでも受けて立つさ」
ついに礼似も笑いだした。コイツ、本当にいい度胸してる。
「さすが、私のサンドバック役を買って出るだけの事はあるわね。人を見透かす所といい、面倒くささといい、気を紛らわすには最高だわ」
「サンドバック、だけにはならないさ。今度は避ける」一樹も笑う。
「あー。やっぱりあの時殴ったの、相当効いてたんでしょ? 駄目ねえ。サンドバックは不合格じゃない」
礼似がからかう。
「大した事、なかったさ。鍛え方が違うんだ」
一樹も負けずに、意地を張った。
「それにしちゃ、随分苦しそうだったわよ。本当はアザになってるんでしょ? ちょっと見せてみなさいよ」
「大した事ないと言ってるだろう? あ、こら! シャツを勝手に、めくるんじゃない!」