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「手くせなんて、大抵は何か満たされない事が引き金になって起きるのよね。香は母親譲りの腕を持っているから余計に手が出やすいんだろうけど、コントロール出来ない訳じゃない。それでも仕事中に手が出ていたのは精神的なものがあったんだと思う。若い娘にはありがちな事だしね。でも、律儀者のハルオとの付き合いで、かなり安定したみたい」
「良かったじゃないか」
「そう、良かった。ここひと月で香と真柴組との距離も縮まったし。御子達にとっても香は家族のような感覚になったはずだわ。私もひと月くらいでそう思ったもの」
礼似の目がふと遠くなった。香が部屋に押し掛けて来た頃の事を、思い出しているのだろう。
「礼似、お前わざと連日ここに泊りこんでいたのか?」一樹がその目をのぞきこむように見て聞いた。
礼似は少し、躊躇した。
「まあ……ね。今の私の身じゃ、香がそばにいたからって守ってやれるとは限らないし、あの子の生い立ちや境遇を考えたら、真柴の方があってると思うしね」
「香を真柴にやるつもりか?」一樹は真っ直ぐに聞いてきた。
「このままハルオとの付き合いが深まれば、自然にそうなるわよ」
「その割に、きっちり釘は刺していたな。あの二人が、そう、軽い付き合いをする事は無いって分かっているはずだろ?」
香に電話した時には一樹もそばにいた。その時の事を言っているのだろう。
「あれはハルオをからかっただけよ」
「何の意味もなくか? お前らしくもない。香を真柴にやる気ならハルオとの付き合いが深まった方が、かえって都合がいいはずだろう?」
「何が言いたいのよ」遠回しな言い方に礼似はいらだった。
「香はお前に憧れてこてつ組に入ったんだろ? ハルオとのよほど強いつながりがなけりゃ、そう簡単にこてつ組から……お前の元から離れることは無いんじゃないか?」
「そんなことないわよ。あの年頃の娘が姉貴とオトコを比べたら、オトコを取るに決まってんじゃない」
礼似は吐き捨てるような口調になった。
「なあ、つまんない意地を張るのはよせよ。お前、ハルオに嫉妬してんだろ。本当はお前の方が寂しいんじゃないのか?」
「私、そっちの趣味は無いんだけど」
「ごまかすな、っての。香はお前にとってやっとできた家族だ。お前には他に家族と呼べる人間はいない。香に安定した場所を与えてやりたいのも本音だろうが、いざ、離れそうになると寂しくて手放し難くなる。違うか?」
礼似はついに黙り込んだ。一樹に礼似の嘘は通用しない事は分かっているし、一樹だって知っている。
「まるで娘を嫁にやる、父親みたいだな」
「あんまり人をからかわないでよ」
「からかっちゃいないさ。俺だって泉を嫁にやる時は寂しかった。なまじ血がつながっているだけに往生際が悪かったんだ。相手の男の方が、ずっと長く泉を見守っていたのにな」
「そんなの、時間の長さの問題じゃないわ」
一樹は軽く首を振った。
「時間だけじゃない。俺は泉を一度は見捨てている。血のつながりに甘えて。あっちはその間中泉に寄り添っていたんだ。違いは明白じゃないか。それでもいざとなったら手放すのがつらくなったんだ。タチが悪い」