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こてつ物語10  作者: 貫雪
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 その様子は、御子の脳裏にも、犯人の視点越しに見えていた。それ以上に犯人の心情がはっきりと心に浮かびあがってもいる。


「犯人とハルオ達が顔を合わせてる。こてつもいるわ」

 御子が屋上の状況を伝える。良平と由美が息を飲んだ。


「犯人、確実に動揺してるわ。ハルオ達は犯人を追いこんでる。これで犯人が諦めてくれるといいんだけど」御子はそう言って、希望を持とうとしたが、犯人の次の言葉は、それを裏切っていた。


「それなら、予定変更だ」そう言ってほくそ笑む。


「そんな一般的な雑学、俺には通用しない。俺はここの事は良く知っているんだ」

 そう言うとそのままタンクの裏側に飛び降りる。ハルオ達も慌てて裏へと回った。


「やだ……。犯人、まだ手があるんだわ。大きな缶の蓋を開けてる」


(こいつがあってよかった。さあ、いよいよフィナーレだ)


 犯人が一気に高揚するのが分かる。心臓が大きく高鳴っているのを、本人も自覚している。

 回ってきたハルオ達に向き合うと、何かのバルブの様なものを回す。そして、缶をひっくり返すようにして、中身をまいた。その飛沫が大きくバルブにかかる。


「これは汚れ落としに使っているシンナーだ。燃料タンクのバルブも緩めた。確かに灯油は引火しにくいかもしれないが、ここまでやればどうなるかは誰にもわからない。この下にはレストラン街の厨房に続く、いろんな配管もめぐらされている。火を付ければ、何が起こるか分からないさ。こんな事をする奴なんて、俺以外にはいないだろうからな」


 犯人は自慢げに、とうとうと述べた。まるで演説でもしているような口ぶりだ。


「あんた、最初から、このタンクを狙って、屋上を選んだの?」

 香の苦々しげな言葉に、犯人は言葉を発することなく、薄く笑って見せる。


「よ、よせ。そ、そんなことしたって、き、きっと犬死にだぞ」ハルオはそう言ったのだが、


「やってみなきゃ分かるまい。どうせ俺はここで死ぬ。だから最後の賭けさ。俺一人が死ぬのか? それともお前らも道連れか? どっち道、お前等は、俺の実験に付き合うよりどうしようもないんだ。お前等は俺の最後の遊び道具だ」


 ハルオ達は犯人に向かって語りかけている。バカな真似はよせとか、そんな考えはつまらないとか。

 だが、犯人にはその声は届いてはいない。いや、聞こえてはいるのだが、それが心に届かずにいる。

 それを御子は犯人の感情から感じ取っていた。すでにハルオ達は、犯人の興味の外の存在になってしまっているのだ。


(これでやっと終わる。……終わらせる事が出来る)

 

 犯人に初めて、やすらぎの心が生まれた。

 その目はすでにハルオ達を見てはいなかった。屋上からの街の夜景が見渡されている。


(ああ、こんな、くだらない奴らの作った世界でも、終わりは結構綺麗に見えるもんだな。今まで気にとめた事なんかなかったんだが)


 そんな事を考えながら、しばらく夜景に見とれている。


 そうよ。コイツがくだらないと思っている世界は、本当はこんなにも美しい世界なのよ。今、やっとコイツはそれを理解した。人の営みが作り出す世界の、美しさを。御子は犯人の心に向けて、思わず心で語りかける。

 だから、この世界を壊そうなんて考えないで。人の命を奪おうなんて……自らの命を粗末にしようなんて考えないで。あんたは人生のいい所を、まだ、何にも知っちゃいないんだから。


 しかし御子は知っている。この語りかけが一方通行である事を。御子は人の心を読み取ることはできても、自分の心の声をこの能力で届けることは出来ないのだ。

 犯人の視線が上空へと移る。犯人の心が驚くほど透明に、穢れのない物に変わって行く。


(俺がここを選んだのは、タンクがあったからじゃない。俺の最後には……夜空を眺めて迎えたかったからだ。この星空の下で、すべてを終わらせたかったからだ)



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