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「消火剤!」香がそう叫ぶと、こてつ組の組員が、消火器を箱の中に向けてレバーを握った。
消火剤は勢いよく、箱に向かって噴きつけられた。その勢いで箱の中からいくつかの紙袋が飛び出す。その飛び出した袋も、消火剤の泡にどんどん包まれていく。
犯人は顔色を変えて立ち上がり、ハルオを振りきって紙袋に飛び付いた。
消火剤の泡を払い落しながら、紙袋をかき集める。おそらくこの袋の中に、火薬が詰まっているのだろう。しかし紙袋はかなり湿ってしまったはずだ。大きな爆発は起こりにくくなったはずだ。
「いい度胸しているな。こんな乱暴な真似して、振動で起爆するとは思わなかったのか?」
本人は落ち着いて笑って見せているつもりだろうが、その顔にははっきりと動揺がうかがえた。
「お、脅したって、む、無駄だ。お、俺達、そ、そんなに馬鹿じゃない」ハルオが睨む。
「良く言うぜ。そんなに言葉をどもらせているくせに」犯人がせせら笑う。
「ど、どもり癖はもとからだ。お、お前のような奴が、と、取っておきにしている爆弾が、か、簡単に爆発したりするもんか。か、確実にお前の手に渡るまで、ご、誤爆する事がないって事は、け、見当がついた」
犯人は「フン」と鼻を鳴らすと、
「だが、俺の方が上だ。お前らの思うようになる俺じゃない」
そう言ってかき集めた紙袋を箱へと戻し、入ってきた入り口とは、別の扉から突然外へと走り出した。
ハルオ達も慌てて後を追う。犯人も必死なせいか、意外とすばしっこい。
屋上の出入り口にでも向かうのかと思ったのだが、犯人は屋上の真ん中あたりへと走って行く、備え付けられている梯子の様なものを登って、さらに上に向かって行く。何をしようというのだろう?
誰もがその意を計りかねる中、犯人は何か大きなタンクの上へと上り詰めた。火薬の箱を小脇に抱え、ポケットからライターを取り出す。
「これで俺の勝ちだ。この火薬も、すべてが湿ってしまったわけでもないだろう。最後の運命は、やはり、俺の手の中にあったな」そう言ってハルオ達全員を見下ろしている。
「諦めなさいよ。もう、その火薬、爆発したって、それほどの威力は無いでしょ? あんた一人が爆死するのがせいぜいよ。バカなこと考えるのはやめて、さっさと自首でもしたら?」
香は犯人にそう、語りかけた。しかし、
「自首?そんな気、はなっから、さらさらないね。このタンクの中身、何だか知ってるか?コイツは燃料タンクだ。この下のレストラン街の暖房や、給湯は、コイツで賄われている。コイツごと爆発すれば、それ相応の威力はあるはずさ。やっぱり俺は、お前らより一枚上手だったのさ」
燃料タンク。それには気がつかなかった。火薬さえある程度処理すれば、安全だと思っていたのに。確かにこっちの考えが甘かったようだ。ハルオと香は目を見合わせた。
「そっちこそ舐めるなよ。ハッタリは通用しないぜ。俺、以前はそういう機械も扱ってたんだ。この手のところのボイラーは、電気か、灯油を燃料にしているところがほとんどだ。引火しにくく、安全性が高いからな。そいつの中身はおそらく灯油だろう。そんな、揮発性や発火点の低い燃料じゃ、湿った火薬の爆発程度じゃ、引火なんかしない」
嘘かまことか? こてつ組の若い組員の言葉に、ハルオ達は希望を持った。この言葉を犯人が信じてくれれば、気が、そがれて諦めるかもしれない。
「揮発性は低くても、燃えるものは燃えるさ」
犯人もそういいながらも、顔つきに戸惑いが浮かぶ。若い組員はさらにたたみかけた。
「知ってるか? ジャンボ機の燃料だって、特別に精製した灯油を燃料に使ってるんだ。それだけ灯油は引火のしにくい燃料なんだ。もう無駄だ。諦めろ」
ハルオ達はそのまま犯人と、睨みあっていた。