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「よっし、落札額に問題は無いようね。例の企画会社へのリベートは二割半の予定だっけ?」
礼似はこてつ組の組長室で、書類の束をかきわけながら大谷に聞く。
「そうだ。こっちのわがままに付き合わせた割には、抑えた額で承諾してくれた。その代わり諸手続きの際の役人への圧力はきっちりかけておくが」
大谷が礼似の探していた書類をサッと取り分け、渡しながら答える。
「そうみたいね。でも、ここは三割に上げて。あっちに他意は無いのは分かってるけど、カネの事でケチらない方がいいわ。今後のために色を付けたってことにしておいて」
礼似が金額にペンでチェックを入れた書類を一樹が受け取る。
「分かってるさ。そのために最初の額を抑えたんだ。トータルではほぼ予定通りの額に収まったが、広告会社はウチの息のかかっている所を使わせた。あそこはウチへの上納金もいいから、ウチにとってはむしろプラスになった」
一樹はその書類をファイルに挟みながら言う。
「さすがにあんた達は抜かりがないわ。でも、これでようやく一段落ね。大谷、御苦労さま。もういいわよ、あんたも自分の舎弟達の事が心配でしょ? 顔、出して来たら?」
礼似はちらりと一樹の顔を見てから、大谷にそう促す。どうやら一樹に大谷抜きでの話があるらしい。
大谷も二人の昔の仲は知っているので、特に追求する事もなく、
「そうだな。じゃあ、組長。また明日よろしくお願いします」と、形ばかり軽く会釈をして部屋を出た。
「で、香の周りは問題ない? 組で余計な動きは無さそう? ……大谷の舎弟達も」
大谷の足音が離れて行ったのを確認して、礼似は一樹に聞いた。
「問題ないね。これだけお前の足場が固まってしまえば、香を使ってどうこうしようなんて気は起きないさ。なんせお前は会長さえもこき使うんだ。さすがは美人局の礼似、会長にまですり寄って落とせるんだから大した女だ。組長の地位まで手に入れやがったって噂がすっかり広まってるのさ」
「はんっ!そんなもんで組長の地位が手に入るって思ってるんだ? おめでたいわねえ。いつからこてつ組の組員って、そんなに質が落ちたのかしら」礼似はやや、あきれ顔だ。
「そりゃ、お前が女だからさ。半分以上、やっかみだよ。こんな世界だ、女に指図されるなんて、癪で仕方がないのさ。だからお前が実力でのし上がったなんて誰も思いたくない。女の武器に敵わなかったんだって事にしないと、沽券に関わると思っているのさ」
「別に実力なんてないけど。コケンねえ……。そういえば会長はあの料亭の女将とも色々あるって噂が立ったけど、それも多分女将の実力に嫉妬して誰かが流したんでしょうね。会長、奥様にベタ惚れだもの。考えられないわ。あの女将もかなりの切れ者だし」
知らぬが仏。会長の実際の顔を知るものなど多くは無い。会長の由美やこてつに対するオロオロぶりを見たら、皆、驚き、あきれることだろう。
「そんなもんさ。男の発想なんて単純なもんだ」
「単純だからいいように扱われちゃうのに。まあ、その方が可愛げはあるけどね。でもこの分なら香の事は安心だわ。ハルオとの付き合いもいい方向に事が運んでいるし」
「いい方向?」
「その女将からこの間、電話があってね。香の手くせが、すっかり影を潜めたみたいなの」
「ほう?」
香のスリの腕前は一樹も自らナイフをスられてよく知っている。