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こてつ物語10  作者: 貫雪
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 御子は千里眼のせいで、人の心の汚さも、うんざりするほどよく知っている。勿論その逆の、心の純粋さ、理屈を超えた気高さがある事も知っている。

 だから多少、人のずるさや、いい加減さ。心の奥のみっともなさは、人間臭さの表れで、その中に良心と呼ばれる良い部分をもっている事こそが、人間の素晴らしさだと思っている。


 だが、残念ながらごくまれに、そういう人間性が通用しない、自分以外に心を開くすべを知らない、本物の残虐さをもった人間もいる。

 そういう人間は限りなく孤独だ。どんなに表面をごまかして、周りとうまくやっているように見せても、本人の心が満足していない。だって、自分が一番ではなくなってしまうから。

 自己愛がすぎると、自らのプライドがこの世のすべてになってしまうらしい。しかし人の世は所詮、他者との関係で成り立つしかない世界だ。自分ひとりのための理想郷なんて何処にもありはしない。


 そんな当たり前の事が、本当に理解できない人間が、残念ながらこの世にはいるらしい。コイツがまさにそういう人間なんだろう。

 人は、孤独を恐れる。孤独からは何も生まれない事を本能的に知っているからかもしれない。それはコイツの様な異常な精神構造をもった奴でも、変わりは無い。

 どうやらコイツは社会に出て、その孤独を味わい続けたようだ。当然だ。誰にも心を開いた事がないのだから。

 生みの親さえ、自分がこの世に生まれるためだけの存在だと、本気で思っているんだから。


 だが、それがコイツの異常さに拍車をかけている。

 コイツは自分が孤独な事が理解できない。尊敬されず、あがめられる事がない事を受け入れられない。特別ではない自分が、信じられずにいる。

 どうしてこんな奴が、物やサービスを人に提供する、流通業に身を置いたのかは知らないが、それがコイツの世の中への恨みを、一層募らせる事になったようだ。


 それでも今までは、うまく仮面をかぶって、なんとかやってこれていたんだろう。真実の自分を隠し、普通の人間を演じている自分に、酔っていた節さえある。

 犯人の頭の中に声が響くのが分かる。彼の上司の声らしい。


「人の信頼を得るには、自ら汗をかくのが一番だ。余計なことは考えずに、売り場のスタッフと共に汗を流してみろ」


 その声が響くと同時に、犯人の怒りが燃え上がっていく。屈辱、恨み、悔しさに心が彩られていく。

 そして彼はその心のままに、ここにいる。ここで、自分と共に、世の中の一部を終わらせてやろうと考えている。自分の様な有能な人間を失った世の中を生きるくらいなら、自分と共に消える奴等は幸せだろうと、本気で思っているのだ。


 普通に考えれば、正気の沙汰じゃない。でも、そういう人間が、確かにここにいる。

 実は私達は、ビックリするほど不安定な社会の中にいるのかもしれない。こんな異常な人間を内封しているような、社会の中に。

 でも、だからこそ、こんな奴にみすみす人の命を奪わせてはいけない。コイツの思うところの頭を使わずに手に入れた、平凡な幸せを大切にしている人達が、この世の中を作り上げているんだから。


 コイツの世の中への恨みは、所詮、嫉妬だ。心を開き、一定の努力を惜しまなければ、誰でも手に入れられる、小さな、でも、とても貴重な幸せを、コイツはうらやんでいる。自分がその事に気がつけば、同じ幸せを手にできるのに、決してそこに目を留めることは無いのだろう。そんな事をするくらいなら、コイツは死を選ぶのだろう。


 死にたかったら一人で勝手に死ね。本気でそう思ってしまう。



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