36
こてつ組の組長室で、礼似はテレビに見入っていた。その画面の中が突如、騒がしくなる。
突然の衝撃音に続いて、画面越しにレポーター達の慌てふためく姿が写り、カメラが切り替わると、 そこには壊れた窓ガラスと、もうもうと立ち煙るほこりが映し出された。
画面の中で叫ぶレポーターを横目で見ながら、礼似は御子達に電話をかける。しかし通話は繋がらなかった。土間のかけたハルオや智の番号も同様だ。
食い入るように画面を見つめる礼似に、一樹が
「あそこは御子さん達のいるフロアじゃない。大丈夫だ」と、言う。
「ええ、分かってるわ。それに、ウチの若い奴等が図面を渡した事は確認できてるし、ハルオは危機回避能力が抜群に優れてる。ただ……犯人は動き始めたようね」
礼似は画面から視線を外さないままそう言った。
犯人は最初の爆発から今まで、派手な動きは控えていた。それが、窓ガラスを吹っ飛ばすなんて目立つやり方を選んでいるのだから、何か明確な意思の表れに思える。そろそろ本気になったのかもしれない。礼似は息を飲んで画面を見つめた。
「お前を行かせる訳にはいかないが、どうしても我慢できないなら、俺と大谷が行って来るが?」
一樹の言葉に礼似は一瞬黙り込んだ。画面から目を離し、一樹を見る。土間や大谷も同様に一樹を見た。しかし、
「ううん。黙って待つわ。待つと決めたら待つ。組長が危険にさらされる人間を増やしたんじゃ、お話にならない」
そう言って礼似は再び視線をテレビ画面へと戻した。
「任せた以上、連絡が取れようが、取れまいが一緒よ。下手に犯人を刺激する方が怖い。そうでしょ? 土間」
「え? ええ」急に返事を求められて、土間が慌てた。
「でも、さっきまで分かっていても我慢できないって、言ってたのに。どういう風の吹きまわし?」
土間が意外そうに言うと、
「やれることはやったから。助っ人も送ったし、料亭の女将から詳細図も手に入れた。それも確実に御子やハルオの手に渡っているわ。私、これから学ばなきゃならないのよ。人に任せながら、全力を尽くすって事を。今までみたいに何でも最後は自分でケツを拭けばいいってもんじゃない。任せた事の責任を、自分の心で受け止める、その覚悟を学ぶの。そのための全力は尽くした。御子達は私の手なんか望んでいない。必ず自力で帰って来るわ」
礼似は最後の言葉に力を込めて言った。それを聞いた土間もほほ笑んだ。
「礼似。あんた、いい組長になれるわ」そう言って礼似の肩を、ポンっとたたく。
「土間に太鼓判押してもらえるんなら、心強いわ。そうよ、私、いい組長になるわ。ならなきゃいけないんだから」礼似も土間に笑い返した。
「今頃御子だって、動けなくて相当じれてるわね。ねえ? 御子が無事に戻ったら、今日は飲み明かそうか?」土間がそう言うと、
「クラブ・ドマンナのお酒、サービスしてくれるの?」と、礼似が聞いた。
「調子に乗らない! あれは商売用だっていつも言ってるでしょ? 私が自腹切って買うわよ。あんたの組長就任祝いにね」
「いいわね。じゃあ、御子が帰ってくるのを楽しみに待ってましょ」
そう言って二人は視線を画面に向けた。鳴らない携帯を固く握りしめながら。