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こてつ物語10  作者: 貫雪
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 人の言う事に聞く耳を持たない智を、一人にするのは気が引けたが、それでも智を香から離すとハルオはホッとする事が出来た。

 土間さんが智をよこしたのは、智をそれだけ信用しようとしているのだろうか? 確かに智は反射神経も、集中力も、悪くは無かった。ようは物事を舐めてかかるから、判断が甘くなったり、動きが鈍ったりして、自らピンチを招きがちなのが問題なんだろう。俺と違って度胸もあるし、土間さんが鍛えてみてもいいと言う気になるのは、分かる気がする。何より、積極性があるし。


 そうだ。刃物嫌いで、香にドスを預けてしまう俺なんかよりは、ずっと、鍛えがいがあるに違いない。

 刃物が好きじゃないのは俺の性分。土間さんは刀使いだ。俺は長さのある刀は身体になじまないし、実の息子だからって、合わないものを無理やり押し付けようとしないのは、土間さんの正しい判断だ。

 土間さんが智の方に目をかけるのは、刀使いとして当然じゃないか。

 小さな子供じゃあるまいし、親の愛情を比べるなんて、馬鹿げている。


 だが、智の神経が自分よりも香に偏ってきている事に、ハルオは気がついた。

 気がつかない訳がない。智はハルオの前で香を脅してみせた。あれは俺に対して脅すと言うより、香を黙らせようとした行動に思えた。智にとって、俺の態度よりも香のちょっとした言葉の一つ一つの方が、よっぽど気にかかっているらしい。


「か、香。お前、さ、智が気になって、しょ、しょうがないんだろ?」

 そんな事聞いている場合じゃないのに、つい、口に出た。香はあきれた顔をする。


「怒ってんのは、そのせいなの? ハルオって結構やきもち妬きだね。一樹さんの時といい」


「そ、そう言う事じゃ、な、ない。わ、分かってんだろ? ど、土間さんも、あ、あいつは、き、気にしてる。お、俺だって、き、気になる。ちょっと前の、か、香にそっくりだ。あ、危なっかしくて、しょ、しょうがない」


 そう。ハルオは香の気持ちがよく分かった。ほんの少し前の自分の愚かさを、香は智に見ているに違いない。智が自分を軽んじたり、物事を甘く見たりするたびに、昨日の自分を見るようで、放っておけない気持ちになっているんだろう。

 ハルオだって少し前まで香をそういう思いで見ていたのだ。そして、それが魅力的でもあった。


「ハルオこそ分かってんなら聞かないでよ。土間さんはハルオを信頼して智を任せたのよ。それに私、あいつがバカやりそうになるたびに、自分を思い出して、顔から火が出そうなくらい恥ずかしいんだから」


 そこまでは仕方がない。自分だって一緒だ。問題はその先だ。


「お、俺は、あいつ、き、嫌いだ。か、香の傷を、あ、あんな脅しに使うなんて」

 嫉妬丸出し。みっともないとは思うが、言葉が苦々しげになるのはどうしようもない。


「ハルオったら、まだこの傷のこと気にしてんの?」

 香は少しおどけた調子で言った。それはもう、終わった過去の事だと強調するつもりで。


 ところが、香の言葉を聞いたハルオの顔色が、はっきりと変わった。要らない事を言ったと顔に書かれている。視線さえもそらし、唇をかむ。これには香の方が面食らった。


「き、気にしちゃ悪いか? さ、智は馬鹿素直だから、ああもはっきりと態度に出すんだ。他の奴等は口にしないで、香をそういう目で見てるんだ。それを悔しく思うのはどうしようもないだろう?」

 ハルオのどもりが止まった。


 悔しい? ハルオの方がこの傷の事で、苦しんでる?

 香は驚いた。そして自分のあさはかさに気づく。


 この傷は私にとっては勲章。そう宣言して、香は傷を隠すのをやめた。その方がハルオも気に病まなくて済むと思っていた。



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