26
香はフロアを一回りして戻ってきた。他に爆発物らしきものは見当たらなかった。ハルオ達と落ち合うと、二人は視線こそ合わせずにいたが、落ち着いた状態で香を迎えた。
間もなく良平からのメールを受けて一階へと上がり、化粧品売り場の爆発物を探し出した。慎重に処理をすると、良平のメールに従って、次々と他の爆発物も処理をしていく。
爆発物は被害の拡大を狙ってか、ガラス製品の棚の下にわずかにはみ出したところや、トイレの片隅など、鏡や壊れ物の多い、いかにもうっかり触れそうな所に巧妙に仕掛けられていた。御子の連絡がなければ、慎重に歩いていても一つぐらいは引っ掛っていたかもしれない。
途中で人に出会う事もなかった。御子達のいるフロア以外は、皆、最初の爆破直後に脱出に成功したのだろう。少なくとも自分達は誰とも会う事は無かった。
智は不満そうながらもハルオや香に突っかかる事もなく、黙って二人の指示に従っている。ハルオが智に向ける視線が、やや、きつくなったような気が香はしたのだが、それを聞いている余裕は無い。次々と移動して歩く犯人を、爆発物に気を付けながら追わなくてはならないのだから。
すると、良平からメールの内容が変わった。爆発物は無視して、上階の子供用品売り場に来い、と書かれている。
「御子さん達が閉じ込められているところよね? 何かあったのかしら?」香が言う。
メールの短い文では詳細は分からないので、不安がよぎる。
「と、とにかく、い、急ごう」
ハルオはそう言ったが、何処に罠があるとも分からないし、階段を上がるほどに瓦礫や物が散乱して、道のりは単純ではなくなっていた。おそらく犯人とは離れる一方だろう。
それでもどうにか三人は子供用品売り場のあるフロアに辿り着いた。中から人のざわめきは聞こえるのだが、おかしな形に変形した分厚いシャッターと、防火扉にさえぎられて、フロアの中には入れない。
だが、扉の隙間から、御子が顔をのぞかせた。こてつが潜り込んだ、あの隙間だ。奥に真見を抱いた良平や由美の姿も見えた。
「よ、良かった。け、怪我がなさそうで」ハルオも御子の顔を見て安心した。
「ええ、中の人は全員無事よ」
「かなり人が中にいるみたいですね」香も隙間を覗き込む。
「三十人くらいはいると思う。小さな子どもや、年配者もいるわ」
「どこからも出られませんか?小さな子どもだけでも」香はそう聞いて見たが、
「やってみたけど、無理。この隙間からこてつが入ってきたのが精いっぱいね。避難用具も瓦礫の向こうで吹っ飛ばされたみたいだし」
御子はそう言って瓦礫の方に目をやり、ため息をついた。
「お、俺達を、こ、ここに呼んだのは……」ハルオが本題について聞く。
「やっと犯人の意識が、爆弾に向いたの。でも、分からないのよ」
「わ、分からないって、な、何が」
「意識が二つの場所に分かれてる。このフロアの真下と、屋上と。どちらかのスイッチが入れば、もう一つも爆発するらしいんだけど、犯人がどっちに向かったのかも、どっちが本命なのかも、分からないの。いくら心を探っても、何故だかそこだけ読めないのよ」
そういいながら、御子は目頭を指で軽く押さえた。今も犯人の思念を追っているに違いない。少しいらだった表情だ。