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こてつ物語10  作者: 貫雪
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 御子は犯人の心を読み続けている。ハルオ達の事は、すでに片付いたと思っているらしい。下手に追い回されるよりはいいが、それで仕掛けを止めるつもりはないようだ。さらに後続が続くと思っているらしい。かなりしつこい性格なのか、人が傷つくのを心底楽しんでいるのか。

 犯人は自分の次の目標にばかり気を取られて、周りへの意識が極端に落ちている。周りは霧のように曇って見えて何処をどう歩いているのか、なかなかつかめない。


「あ、何か広い所に出たわ。今までわりと閉じられた空間を長く歩いていたのに。廊下とか……足元を気にしていたから、もしかして階段でも登っていたのかも」


「階段か。何階かは分からないか?」良平は聞いたが、


「そこまでは……。でも、匂いがする。これって化粧品の匂いだわ。たぶん一階の化粧品売り場」


 犯人の意識が視界に入ってこなくても、嗅ぎとった匂いは意外と伝わるものらしい。五感を感じ取ろうと必死なせいもあるだろうが、人の嗅覚も侮れないものだ。


「爆発物、仕掛けてるわ。外の入り口から入る人を狙うつもりみたい」


「何かあれば警察は外から強引にでも入るしかなくなるからな。それを狙っているんだろう。ハルオに知らせよう」良平はハルオへとメールを送る。


 それからしばらくは、犯人が移動し、何かを仕掛ける度にハルオにメールを送る事を繰り返した。

 御子は犯人の思念を追い続け、かなり精神力を消耗している。由美も時折疲れたように首をうなだれると、心配そうに寄り添って来るこてつに、そっと顔を寄せている。悪い感情を感じ取り続けるのは、かなり疲労を伴うようだ。真見もウトウト眠っても、何かに反応したようにすぐにぐずりだす。


 良平は歯がゆかった。女三人、こんな小さな幼子までが犯人の悪感情と戦っている。御子もこんなに長い時間、離れた人間の感情を読み続けるのは初めてのことだろう。どれだけの負担が彼女を襲っているのか分からない。自分は言われた事を、メールで打つだけで、全く何もしていないのも同然だった。


 近くで店員たちや、子供の親たちが、絵本の読み聞かせを始めている。他の大人達も見ず知らずのものたち同士、励まし合っている。こてつでさえ、由美のそばで心配そうに寄り添ってるじゃないか。

 それなのに俺は何もできやしない。こんな時、自慢の腕っ節も、ドスさばきも、なんの役にも立ちはしない。自分だって、妻や子、由美や、ここにいる人たちを守りたいのに。そんな思いから来る焦りが良平に襲い掛かった。

 俺、なんのために御子のそばにいるんだ? 一瞬、気が弱くなる。


 不意に、御子が良平に寄りかかってきた。消耗が激しいのだろうか?


「疲れたか? 真見だけでも、抱いてやろうか?」良平はそう聞いたのだが、


「違う。疲れてるのは良平の気持ち。つらいのは分かるけど、ここは頑張って。私達を守りたい気持ちを最大限に高めてほしい。良平のそういう気持ちを頼りに、私、犯人の心を追っているんだから」


「俺の……気持ち?」


「そう。言ったでしょ? そばにいてほしいって。私にとって、良平が何としてでも私達を守ろうとする温かい気持ちが、犯人の冷たい感情に立ち向かう、唯一のよりどころなの。その気持ちを弱めないで。それがなければ私の力なんて、なんの役にも立たないんだから」


「御子……」


 そうか。今、俺は揺れてはいけない。御子にとって、今は俺だけが心を預けられる存在のはず。俺の 御子と真見を守りきる覚悟が、御子を支えているんだ。俺は御子を信じ、自分の心を信じよう。


 誰かを守るために本当に必要なもの。それはきっと信念と……希望だ。



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