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逃げるなと言われて礼似は気づく。自分が守るべきものが突然一気に増え、及び腰になっている事に。 全く気付かなかったわけでもないが、認めたくなかったんだろう。
「……分かっては、いるんだけどね。私、ここでしか生きられないし」
「そうさ、だから俺達は一度別れたんだ。それが互いのためになるって、あの時信じたはずだ。忘れたとは言わせない」
二人が別れた時、それは礼似が自分で一樹に足を洗わせた時だった。あの時は一樹の足を洗わせるのが一樹のためだけでなく、自分のためにも必要だと思っていたし、実際、だからこそ自分はこんな世界でも自暴自棄にならずに生き抜いたと思っている。
あの時、初めて心から自分はこの世界で生きる覚悟ができた。どんな事があっても、この世界で起こるすべてを乗り越えようと言う覚悟をもっていた。
ただ、それは自分が一人で生きるための覚悟でもあったのかもしれない。
でも、今の自分はひとりじゃない。心を開く相手がいつの間にか増えてしまっている。自分一人ではコトが済まない、責任も背負ってしまった。
その中で逃げずに覚悟を持ち続ける。頭では分かっている。香にさえ言い聞かせて来た。
それでも自分が心を寄せる人間に危機が迫ってしまうと、それを守るのがこんなにも難しかったのかと、思い知らされてしまう。
「忘れちゃいないわ。でも、御子や香まで巻き込まれると、つい」
弱気な台詞が出てしまう。それを一樹に言わされているのも、悔しい。
「それを言うなら会長は、自分の妻が巻き込まれてる。土間さんだってハルオや御子さんの心配をしないはずがない。動揺しているのはみんな同じだ。それでも、ハルオ達を信じているんだ。香だって自分で判断した事だ。黙って見守ってやれ」
そんなこと分かっている。分かっていてもじりじりしてしまう。だからこそ一樹もあらためて言っているのだろう。
香だって、もう、一人走りの無茶はしない。分かってはいるのに。
「見守れば、少しは組長らしくなれるかしら?」礼似はそう聞いたが、
「大分、それらしくなれると思うぜ」
と、一樹は請け負った。
「やっぱり私、組長に向いてない」礼似はそう言って首を振った。
「何で会長はお前を選んだと思う?」一樹が質問した。
「派閥のバランス。そのためでしょ?」
「それだけじゃないさ。お前の情の濃さ。そいつは結構大事な事なんじゃないのか? こんな時に冷静でいられなくなるその情が、かえってお前に信頼を寄せさせる。しかも冷静さを失いさえしなけりゃ、お前は人の本質的な願いをくみ取る心があるんだ。お前がそれに気づいていないだけさ」
「そんなもの……。私に、いつ、あったって言うのよ」
「お前なー。俺が一番大事な時に、堅気に戻る勇気を持たせておいて、忘れちまったのか。ホントに自分の事になると、分からないやつなんだな」
一樹はそう言って、クックと笑っていた。礼似はむくれるだけだったが。