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「な、何であんな真似をする」ハルオは智に問いただす。
「あの女、あんまりうるさすぎるからだ。本気じゃねえよ。脅しただけだ」智はむっつりと答えた。
「あ、当たり前だ。本気だったら、お、お前、ただじゃおかない」
「そのナイフで俺を刺すか? いいぜ。そいつは親父のナイフだ。それで殺されるんなら本望だね」
智はニヤニヤしながらそう言う。
「お、俺は自分のドスしか握らない。そ、それも、香に預けてある。で、でも、さっき香はドスを渡さなかった。俺がお前を傷つけるのを嫌がったんだ」
智はあっけにとられた。
「預けてる? バカか? あんた? 自分の身を守る物を人に預けてんのか。あいつもまるで刀持ちの小姓だな」
「お、俺のドスは、み、身を守るための物じゃない。か、香を守るための物だ。その香が、お前を心配したんだ」
「俺を? まさか?」智は小馬鹿にしたように笑う。
「お、お前、分かってないんだ。か、香はお前の動きも判断力も、あ、甘い事に気がついてる。し、信用できないって言ったのはそう言う事だ。さ、さっきもお前が飛び出すのに気付いて止めただろう? お、お前を心配して様子をうかがっていたからだ。お、俺より、お前を心配したんだよ。こ、この場で多分、一番不慣れなお前を」
「そんなの……余計な御世話だ」
「ま、まったくだ。でも、か、香はそう言う娘なんだ。お、俺が誰かを傷つけるのを嫌う。か、香を守るよりも、じ、自分が守ろうとした子供を俺に守らせようとした事もある。き、気は強くても、そういう優しい娘なんだよ。そ、そういう娘にあんな真似するもんじゃない。か、香は刃物使いが本当に嫌いなんだ」
「あんな傷もってりゃ、そうだろうな」
智がそう言った途端、ハルオが真っ赤な顔で智につかみかかった。我慢も限界だ。
「それだけじゃない! お前に何が分かる! それに、あの傷は、俺のせいで付けられた傷なんだ。俺が刃物を持ったばかりに。それでも俺を信頼してくれてるんだ。俺はあの傷を見る度に、切なくて……いとおしくなるんだ」
ハルオがこぶしを握り締める。智は殴られると思ったが、
「……やめた。香が悲しむ」
そう言って智を離した。
「それに土間さんがお前を信用しようとしてる。お前を華風に置いているのは、土間さんか?」
「そうさ。……稽古の一つも、つけちゃくれないが」
「でも、お前を置いているんだよな……」ハルオの目が暗くなった。
「おい、あんたは組長のなんなんだ? みんなお前の事を意識しているようだが」智は聞いてきた。
「土間さんは俺に刃物を持たせてくれた人だ」
そして、いずれコイツにも稽古をつけるつもりだろう。そうでなければ刃物を持ちたがるコイツを組においては置かないだろうから。
あの人の稽古は特別だった。俺が実の息子だから命懸けで稽古を付けてくれたんだと、心のどこかで思っていた。だが……。
「あんた、どもらずに話せるじゃないか」智がようやく気がついた。
「頭にきているからだよ。お前は馬鹿すぎるし、土間さんはお人好しだ」
それに、香は優し過ぎる。ハルオはそんな言葉をのみこんだ。