表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こてつ物語10  作者: 貫雪
18/58

18

 皆、すっかり浮足立ってしまい、殆んどパニック寸前の様相だ。こういう時に一番怖いのはパニックから冷静さを失う事。群集心理が働いて、どんな事態が起こるとも分からない。しかしここで落ち付けと言うのはかなり難しい。騒いだからと言ってどうなるものでもないのだが。

 しかしまずいな。周りがこんな状態では、御子の集中力にも影響があるだろう。御子は大丈夫だろうか? 良平は御子達のいた場所へと戻って行く。すると突然、場違いな声がフロア中に響いた。


「ワン!」


 その、甲高い鳴き声に誰もが耳を疑い、そして鳴き声の聞こえた方向に視線を向けた。


「ワンちゃんだー」子供の一人が嬉しそうに声を上げる。何人かの子がその方向に駆け寄って行く。


「こ、こてつ? なんで……」由美でさえ、呆然としていた。


 こてつも由美の姿を見つけたらしく、あの、ひしゃげた防火扉の隙間から懸命に中に入ろうとする。 子供達もこてつの顔や前足を遠慮なく(!)引っ張り、こてつを中に入れようとしていた。

 決してスリムとは言い難い体型のこてつだが、子供たちに引っ張られて、無事フロアの中に入ると、嬉しそうに由美の元に駆けつけた。大勢の子供達もその後を追って行く。


 こてつは唖然とする由美の前に、こてつらしくペッタリと座り、いかにも頭をなでてくれ言わんばかりの笑顔を向けた。すると由美より先に子供たちが次々とこてつに抱きついてくる。


「かわいー」


「ふわふわしてる」


「あったかいねー」

 子供たちは片っ端からこてつをなでまわしている。


「こてつ。あの車の中から出てきちゃったの?」

 由美は思わずこてつに聞いたが、勿論こてつに返事が出来る訳もなく、

「このワンちゃん、こてつって言うの?」


「こてつ、お座りー」


「ねえ、こてつ。お手してよ、お手」

 と、子供たちの方がはしゃいでいた。


「ね、こてつはおばちゃんに会いに来たの?」由美のすぐ隣にいた子が、そう聞いた。


 由美はあらためてこてつの顔を見る。いつもと同じ、屈託のない(いささか無さすぎる)笑顔だ。


「ええ、ええそうね。偉いわね。ありがとう。こてつ……」由美はこてつを思い切り抱きしめた。


 こてつは一層の笑顔になって、嬉しそうな表情をする。すると子供達は「可愛い、可愛い」とはしゃぎ出す。さっきまでのピリピリとした空気が、こてつの登場でかなり和やかになっていた。何よりも子供たちの表情が違う。大人たちの緊張から来る、激しい不安が、目の前の愛くるしい生き物によって、大きく和らいだのが分かる。


「犬でさえ入ってこられたんです。警察や救助隊だってバカじゃない。きっと、犯人の隙を突くなり、捕まえるなりして、救助に来てくれるはずです。子供たちだって、こんなに元気じゃないですか。大人がうろたえてどうするんです。私達も信じて待ちましょう」


 男性店員がそう言うと、もう、誰も苦情を言うものはいなかった。パニックは起こらずに済んだのだ。

 御子と良平はホッとして顔を合わせた。また、同じような事が起こらない内に、早く犯人の裏をかいて、爆発を阻止しなければ。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ