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「余計な御世話だ。お前こそちゃんとその傷、隠せるんじゃないか。ハルオの前で隠さないで店では取り繕うって、金ずるになるオヤジでも漁ってるのかよ」
「それこそ余計なお世話よ。こっちは客商売なの。仕事でなけりゃ、こんな傷隠す必要なんかないわよ。ハルオはあんたなんかと違うの。大体、華風に入ってもハルオの事に突っかかるなんて、あんたもいい根性してるわね」
「どういう事だよ。ハルオと華風と、なんか関係あるのか?」
香はこの言葉を聞いて疑わしそうな表情をする。こいつが本当に華風の組員なら、日が浅いとはいえ、ハルオが土間さんの子かもしれないと言う噂を耳にしないなんて事があるんだろうか?
「あんた、本当に華風にいるの?」
不審な目で、そう問いかけられて智は少しひるむ。
「いるぜ。だからアツシさんのそばについてるんじゃないか」
嘘はついてない。置いてもらっているのは事実だ。だが、香の様子を見る限りこの話題を引っ張るのは何だかまずそうだ。要らぬ墓穴を掘りそうな気がする。
「それに一応、遠回りに褒めてんだぜ。傷が隠れりゃ、お前、ルックス悪くないじゃん。ハルオなんかの相手はもったいないな」少し気取った声で、そう言ってやる。
「それはどうも」
そう、そっけなく言いながら香は自分のお茶を入れている。智の方には見向きもしない。
智はカッとなった。このところのイライラしている上に、この間の様子じゃハルオが相当惚れ込んでいるらしい香が、こうも自分に関心のない態度をとると、無性に腹が立ってくる。
「おい! こっち見ろよ!」そういいながら香の肩をつかもうとして、素早く香にかわされる。
智はそのまま前につんのめってしまった。くそ! こいつはやたらとすばしっこいのを忘れてた!
「このアマ!」そう叫んで再び香に向かおうとした時、
「おい! 何やってる!」戸口にアツシが現れた。
「なんでもないです。こいつが一人で暴れてただけ」香はツンとして言う。
「……女将さんがそれで結構、と。今夜二時に組長に電話を下さるそうです」智はアツシに腕をつかまれながらふくれっ面で伝言を言う。アツシはため息をついた。
「悪いね、香。俺のカバン持ちが馬鹿をやったようだ」アツシは智の腕をつかんだまま言った。
「カバン持ち?」香は智を見て、やや軽蔑的な笑いを見せる。しかしアツシは、
「ほら、ちゃんと頭を下げろ」そう言って智の頭に手をやって、押さえつける。智は抵抗も出来ずにいたが、急に香がテレビに目をやり、少し呆けた声を出す。
「なに、これ? 駅前のデパートよね?」
二人もテレビに目をやると、よく見慣れた駅前のデパートがテレビに映し出されている。ただ、その様子が尋常ではない。デパートの建物の上階部分が、えぐられたように崩れていて、白煙をもうもうと上げているのだ。
三人があっけに取られてテレビに見入っていると、香の携帯が鳴った。
「か、香! た、大変だ! え、駅前の、デ、デパートが……」
電話口からハルオのどもり声が聞こえる。
「うん、今テレビでやってる。何があったのかしら?」
「そ、そのデパートに、み、御子と良平が、い、いるはずなんだ!」ハルオが叫ぶ。
「御子さん達が?」香も思わず叫んだ。
「お、俺達、い、今デパートに、む、向かってるんだ。か、香は?」
「仕事中だけど、すぐ行く。女将さんに許可をもらうわ。そっちで待ってて!」
香が部屋を飛び出すのを、智とアツシは唖然と見送った。