9. 来訪
数日後、ナディアは再びテミスリートの訪れを受けた。
「こんにちは、ナディア様」
「テミス様、お待ちしておりましたわ」
相変わらずフードを被ってお菓子持参の訪れである。今日はショートケーキらしく、机の上に乗せられたクリームで飾り付けされたケーキの上には、動物の形を模した飴細工が2つちょこんと飾られていた。
「あら、可愛らしいですわね。これもご自分で?」
「はい。ちょっとしたお祝いに」
「お祝い・・・?」
笑顔でさらりと言われた一言に、ナディアは首を傾げた。テミスリートは軽く苦笑したが、それ以上何かを口にすることは無かった。
「今日は茶葉も持ってきたのです。淹れて頂いても構いませんか?」
「え、ええ」
ケーキだけでなく、茶葉も持参らしい。特に問題も無いので、侍女に渡して淹れてもらうことにした。今日は準備が整っていたのか、瞬く間にお茶の準備ができ、侍女は退出して行った。ナディアは目の前に切って置かれたケーキとすっきりとした香りのする紅茶を交互に見やった。
「どちらも、美味しそう・・・」
「さ、どうぞお召し上がりください」
満面笑顔のテミスリートの言葉につられるように、ナディアはケーキを口にする。あまりしつこくない、それでいて淡白でない甘みが口に広がり、ナディアは思わず表情を緩ませた。
「美味しい!」
「ありがとうございます。」
純粋な賛辞にテミスリートは顔を赤らめた。
「この間のパイも美味しかったですし、本当にお上手ですのね」
「小さい頃から母と一緒に作っていたので、慣れているだけです。宮廷料理は作れませんし・・・」
気持ちを落ち着かせるように紅茶を口にするテミスリートに内心苦笑し、ナディアも紅茶に口をつける。香り同様すっきりとした苦味がケーキの甘さを消し去り、爽やかな余韻だけを残す。
「この紅茶も、初めて頂きますが、美味しいですわ。どちらから取り寄せていらっしゃいますの?」
「取り寄せているわけではないのですが・・・。もし気に入られたのでしたら、お分けしましょうか?」
「ええ、ぜひ」
「では、今度持ってまいります」
少しばかり歯切れ悪そうに返答するテミスリートに気付かないほど、ナディアはご機嫌にケーキとお茶を堪能している。その様子にテミスリートは内心苦笑した。
「・・・・・・!」
「? どうかなさいましたか?」
突然、紅茶のカップを持ったまま硬直したナディアにテミスリートは不思議そうな顔を向けた。表情が驚きから焦りに変わり、顔を赤らめるナディアに目を丸くする。
「な、何か変なものでも入ってましたか?」
「そ、そういうわけじゃなくて―――」
そのまま顔を真っ赤にして俯いてしまったナディアに、テミスリートはオロオロとうろたえた。
「誰か呼んできますか?」
「だ、大丈夫です。すぐ治りますから・・・!」
ナディアはほんのり涙目でそれだけ口にすると、両手で顔を隠した。
「(私ったら・・・! 用件も聞かずに何和んでいるのよ!)」
本来なら、もっと早くに尋ねているはずなのである。なのに、あんまりお茶とケーキが美味しくて、用件を聞くのも忘れていた自分をナディアは深く嫌悪した。
「(穴があったら入りたいわ・・・)」
貴族の女性にあるまじき失態に、ナディアはうろたえる。特に、今目の前にいるのは好きな人の弟で、自分よりずっと貴婦人らしい男性であるのだから、恥ずかしさは尚更だった。テミスリートがそれを咎めたりすることはないだろうが、自分としては恥ずかしい。
何度か大きく息を吸って気持ちを落ち着けると、ナディアはまだ少し赤い顔を上げた。
「・・・落ち着かれましたか?」
「ええ。・・・・・・見苦しいところをお見せしてしまい、失礼いたしましたわ」
再び赤く染まっていきそうな顔のナディアをテミスリートは心配そうに見やる。
と、部屋にノックの音が響いた。ナディアの身体が驚きにビクっと跳ねる。
「・・・いらっしゃったようですね」
「え、え?」
テミスリートの視線を追って扉に目を向けたナディアは、開けられた扉から入ってくる人物に目を見開いた。
「(お、王・・・?)」
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