8. 懇願
「(王の・・・弟君・・・)」
ナディアは思わずまじまじとテミスリートを見つめた。言われてみれば、纏っている雰囲気はエルディックに良く似ている。声も女性にしては低めだ。とはいっても、男性の声にしては高いため、言われなければ判らない。その上外見だけ見れば、男性にはとても見えない。むしろ、嘘をついているとしか思えないテミスリートに、ナディアは聞き返してしまった。
「本当に・・・?」
「ええ。・・・・・・病死した王子の名前、ご存知ですか?」
「確か・・・アルテミス・エルド・アトランド様・・・―――!」
口に出してみて、ナディアは納得した。
「今の名は、王が付けて下さった名前なのです。呼ばれてすぐ分かるように、愛称が変わらないようにと」
「(王公認とはいえ、男の方が後宮にいるのって・・・大丈夫なのかしら?)」
後宮には、王以外の男性の立ち入りは認められていない。近衛騎士も女性であるし、使用人も女性である。男性の後宮への侵入は死刑とも言われているくらいなのだ。ナディアの思惑を知ってか知らずか、テミスリートは話を続けた。
「まあ、色々事情がありまして・・・。他の方には秘密にしてください。ナディア様には王から話があると思います・・・多分。」
だんだんと微妙な顔になっていくテミスリートの変化に気付かぬまま、ナディアは不思議そうな顔を向ける。
「なぜ、私に打ち明けてくださったのです?」
「・・・未来の義姉上には知っておいて頂きたかったですし・・・」
「え?」
テミスリートからポツリとこぼれた内容に、ナディアの目が点になる。
「それに、ナディア様は私と王が恋仲だとお思いのようでしたから、誤解を解きたかったというのもあります。・・・・・・中庭に、いらっしゃいましたよね?」
どうやら気付かれていたらしい。ナディアは顔を赤らめた。
「・・・お気づきでいらっしゃいましたのね」
「王は気付いておりませんから、気になさらなくても大丈夫ですよ」
・・・フォローになっていない。ナディアの顔は更に赤くなる。それを見て、テミスリートは困ったように微笑した。そして、ナディアが落ち着くまで冷めてしまった紅茶を堪能することにした。
「(兄上が寵愛なさるのも、分かる気がするな)」
貴族の女性が、ここまで感情を表に出すのは珍しい。貴族同士のやり取りには長けているという話だが、生来素直な性分なのだろう。野心を押し隠し、正妃の座を狙う側室が多い中で、正妃の座に興味がなく、使用人たちからも慕われている彼女はエルディックにとっても心地よい相手だったのだとテミスリートは思った。
長年国のために努力をしていて、恋をしたこともないエルディックが初めて傍にいて欲しいと望んだ女性。
それを守るのは自分の仕事だ。無論、エルディックの口下手からも、である。
テミスリートはこっそりとため息をこぼした。
「・・・少し話を戻してもよろしいですか?」
「え、ええ・・・」
まだ顔が赤いが、少し落ち着いた様子のナディアに、テミスリートは真剣な面持ちで話を続けた。
「王は、ナディア様に嫌われたとお思いになって、毎日泣いていらっしゃいます。・・・そこで、もしナディア様が王をお嫌いでないなら、王にそのことを直にお伝え頂きたいのです」
「それは構いませんが・・・」
流石に愛の告白は出来ないが、嫌っているわけではないと告げるのは難しいことではない。しかし、エルディックの訪れがない今、手紙以外でそのことを伝える方法はないのだ。眉を曇らせたナディアに、テミスリートはにこりと笑った。
「王に訪れて頂けるよう、私のほうで手配させていただきますから、心配なさらず」
「(・・・心配だわ・・・)」
嫌な予感がひしひしとする。毎日エルディックが来るというのなら、テミスリートが自分の元へと行くよう伝言することは難しいことではないと思うが、どう考えてもテミスリートの様子ではそれだけでは済まなさそうである。
「大丈夫です。悪いようには致しません」
言葉と表情が一致していないテミスリートに、ナディアは表情を硬くした。
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